現実。



 ガードナーのフロントガラスから覗くのは、横倒しになって壊された馬車と、大量の血痕。


 盗賊が馬車を壊すのか? と思ったけど、略奪の最中に抵抗されて、その流れで馬車が横倒しになって壊れたんだと思えばおかしくも無いか? それとも誤って壊してしまったから腹癒せに横倒しに?


 背の低いネリーからはロクに見えてないだろうが、俺の頭はネリーより高い位置にあるので大体見えてしまってる。


 倒れた馬車に寄り掛かる形で絶命してる人の一人が、ネリーと良く似た薄桃色の髪だった。斬り殺されてるその凄惨な姿からは性別も分からないが、あれがネリーの親だってことは想像に難くない。


 他にも護衛らしき死体が二つと、もう一人の親らしき死体が一つ。計四つの死体がそこにある。


 さて、この現実をネリーに見せるべきか否か。考えてみても答えは出ない。


 こうして現実を知ってしまったからには、黙っているのも不誠実な気がするし、こんな小さな子供に現実を叩き付けるのも鬼畜の所業に思える。つまるところ、どちらを選んでもヒトデナシのそしりは免れないだろう。


「ネリー。この先に、とても嫌な物を見付けた。君は見たいか?」


 なので直接聞く。俺はどうやらデリカシーなんて気遣いとは対極に居る人間らしい。


「…………ぃゃ、な?」


「そう、嫌なものだ。ネリーがこれを見たら泣いてしまう様な物を見付けたんだ。見た方が良いとも言えるし、見ない方が良いとも言える。俺は判断出来ないから、ネリーが決めてくれるか?」


 何も分かってない五歳くらいの子供に選択肢を委ねる。これもこれで鬼畜の所業だろうか。つまり何を選んでも俺は鬼畜にされてしまう負け確のクソイベントって事だ。


「これを見ないで『無かった事』にするなら、俺と一緒にずっとお父さん達を探すことになる。逆に、これを見たらもうお父さん達を探せなくなる。どっちが良い?」


「……………………ゎかんにゃぁ」


 俺が問うと、服をギュッと掴んでムズがるネリー。そりゃそうだよなぁ。


「……おとうしゃ、おかぁしゃ、もぅあえなぃ?」


「…………そうだな。どっちを選んでも、ネリーはもう、二人には会えないと思う」


 ネリーも後を追えばその限りじゃないかも知れないが、その選択肢を出すのは鬼畜を超えてただのクズだろう。親に会いたいならテメェも死ねだなんて、どんなメンタルしてたら口に出来るのか。


「おとちゃ、おかしゃ、ぃたぃいたぃ……?」


「そうだなぁ。多分、すごく痛い痛いだったと思うぞ」


 俺の下手な言葉のせいで、ネリーはもう何となく理解してしまってるんだろう。鼻をすすりながら震え、ただ声を押し殺して唸るように泣いている。


 大泣きしたって良いのに、強い子だと思う。クソトカゲに蹴り転がされただけでブチ切れて相打ち上等の特攻仕掛けた馬鹿とは大違いだ。


「なぁネリー、これを逃したらもう二度と伝えられないと思う。だから、お父さんとお母さんに挨拶するか?」


「……………………………………ぅん」


 結局、ぼかしてたのに選択肢の片方を提示してしまう俺は、優柔不断と指をさされても仕方ないと思う。


 ネリーを抱えたままガードナーから降りて、血みどろの馬車に近寄る。


 凄惨な現実を見たくない気持ちが強く出てるネリーは、錆び付いたブリキの如く首が動かない。それでも必死に、少しづつ顔を動かしてを見た。


「……おかぁ、しゃぁ」


 声が一段と湿って、飽和する程に悲しみが練り込まれた一言に胸が締め付けられる。あのクソ共はもっと痛め付けてから殺すべきだったと後悔する。


「この人が、お母さんなのか?」


 馬車に寄り掛かる薄桃色の髪を血で汚した亡骸は、母親らしい。もう声も出せずに嗚咽だけを漏らすネリーの頭を撫でながら、一度彼女を地面に下ろした。


「じゃぁ、こっちはお父さんなんだな。こんな所で寝てると寒いから、ちゃんとお墓を作ってあげような」


 地面にうつ伏せで横たわる非武装の遺体を抱き上げ、馬車に寄り掛かる母親と並べる。


「さぁネリー、お別れを言おうな。俺はネリーのお父さん達がぐっすり寝れる様にお墓を作るから」


 嗚咽を噛み殺そうとして、何度も失敗しては悲しみだけが口から漏れ出すネリーを抱き締め、精一杯優しく頭を撫で付ける。


「お父さんとお母さんを守ろうとしてくれた護衛の人も、ちゃんと寝れる様にしてあげないとな」


「…………ぅぁっ、ぁぁう」


 しゃくりあげ、それでも話をしっかり聞いて何度も頷くネリーの背中をポンポンと撫でる。普通なら泣き叫んで喚き散らし、現実を拒否して何も聞き入れなくなっても不思議じゃない。と言うか年齢的にはそうなるのが正しいとさえ言える。


 でも、この子はちゃんと現実を見て、しっかりと悲しんで、それを飲み込もうとしてる。こんな五歳児が本当に居るのかよと、目の前に居るのに疑いそうになるほど、この子は強くて、そして賢かった。


「召喚、タイタン」


 召喚術でタイタンを呼び出し、街道の脇に墓穴を掘らせる。超大型のショベルなら一撃で掘れるだろう。コマツくらいの規格ですら若干やり過ぎだが、生憎と今はショベル装備の奴がタイタンしか居ないのだ。


 墓穴の用意は終わった。タイタンの有り余るパワーで生い茂る草ごと盛大に掘り返し、獣に掘り返されない様に3メートルほどの大穴を準備した。


 後は、ネリーが別れの挨拶を済ませれば埋葬出来る。


 見れば、冷たくなった両親の前に膝を折って静かに泣くネリーが居る。まだ別れには時間が必要だろう。俺はその間に、横倒しにされた馬車の中を確認する。


 馬車が壊れてしまったからだろう、盗賊達は積荷を根こそぎに出来なかったらしい。馬車が健在ならそのまま乗り去れば良いが、壊れたなら馬を奪って乗せられるだけの荷物しか奪えない。


「これもネリーの財産で間違いないからな。ガードナーに積んでおこう」


 どうか、あの幼い女の子に幸せを。これからの門出に、亡き両親の加護があらんことを。


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