右ストレート。
異世界に来てからやっと目にした最初の街。暖かな村も捨て難いが、やはり都会とは人を惹きつける物である。
文明は地球のそれとは及びも付かないだろうが、スキルと言う不思議な法則が存在する世界である。ならば俺の想像を超える様な物だってあるはずで、この湧き上がるワクワクした気持ちは仕方のない事なのだろう。
身分証も無い身柄であるから入場には多少揉めると覚悟したが、どうやら竜樹とは俺が思うよりもずっと貴重なものらしく、俺の意思に反して多大な
「あっけなかったな」
「んっ」
ユニコを運転して前を行く馬車の後ろを走る。
目的地は分からないが、なにやら大量の荷物を積んでる馬車である。ならば荷物を捌く場所に向かうはずで、そこが何かしらの商店ならそれでよし、違うならばそこで改めて竜樹を売却出来る場所を聞けば良い。
そう思ってトロトロと走る馬車について行く。
車窓から見える街並みはファンタジー映画に出て来るような物であり、同時に映画なんかの『綺麗』な部分だけを見せるそれとは違って汚い物も全てが等身大だった。
木造のアパートメントらしき建物の窓から裏路地に捨てられる汚物や、道に転がる馬糞が一周まわって良い味を出してる。ただ猛烈に臭いので辟易する。
道行く人々は慣れ切っているのか、誰もそれを気にしない。衛生観念が終わってると思うが、上下水道が完全に完備されてる国の出身である俺こそが異端なのだろう。
ただ、それと同じくらいに異世界情緒溢れる光景には胸が踊る。と言うか、そんな部分をしっかり楽しまなければ損過ぎてキレそうだ。
訳も分からずに異世界へ放り出された身の上で、衛生管理がゴミの街で生きて行くとか冗談じゃない。
ならせめて、クソでかい大剣を背負って歩く獣人や、いかにも魔法使いですと主張するローブを着た人物が闊歩する街並みを楽しまねば損である。
そんな気持ちを胸に進むこと三十分程、目の前の馬車が大きな建物近くに停まったので、俺もユニコを近くに停車した。
大通りは歩道と車道が区別される事もなく、ただ広い通りの端に寄せるだけ。
徒歩も馬車も入り乱れて進む道だからこそ速度が遅いのだが、そもそも馬車と言う乗り物はそこまで早くない。だからこんな交通網でも問題にならないのだろう。時速数十キロを余裕で出せる車が異端なのだ。俺と一緒だな。
異形かつ異質な乗り物は周囲の視線を
「ユニコ、載せた竜樹に何かする奴が入ればクラクションを連打して教えろ。お前本体に何かされた時も同じだ」
ただの車じゃなくゴーレム化してるユニコにそう指示を出すと、極短く「パッ!」とクラクションで返事が来る。その音に周囲は驚くが、やはり気にしないでおく。
と、そうすんなり行かず、たまたま近くに居たらしい兵士的な人に詰め寄られた。
「これは契約スキルでゴーレム化した乗り物なんだ。音を鳴らしたのも俺の指示に対する返事で、攻撃の意思なんて無い」
証明する為にユニコに声をかけ、クラクションで返事をさせる。
「ほ、本当にゴーレム……! では、少なくともレベルの壁を超えているのですね」
……………………レベルの、壁? とは、何ぞや?
分からないが、どうやら常識らしいので聞き返すことはせずに曖昧に頷いた。当たり前の常識を知らずに聞いてくる男とか不審でしかない。
兵士が仕事に戻るのを見送ったら、目的の建物に向かう。そこは二階建ての木造建築で、イメージとしては小規模のホームセンターを二段重ねにしたような見た目だ。
入口は開きっぱなしで、どうにも商売をする様な建物には見えない。出入りする人物も武装してる者の方が多く、当てが外れたかと思うが仕方ない。
この世界に来てからずっと仕方ないとばかり考えているが仕方ない。だって俺はこの世界について何も知らないのだから。
建物に入ると、中には酒場的な場所と役所の様なカウンターが見えて、俺はそれを見てピンと来た。
「ここ、アレじゃないか。冒険者ギルドとかそう言う感じの……」
手軽なファンタジーを提供する創作物に於いてメジャーな施設として描写されるアレで、異世界を題材にする作品と言えば八割方登場する
「ふむ? とりあえず適当なカウンターにでも並べば良いのかね」
ネリーを抱っこしたまま進むと、すぐに行く手を阻まれた。誰だお前は。
「おいおい兄ちゃんよぉ〜、子供連れでこんなとこ来ちゃダメだろぉ〜?」
目の前に居るのは顔を赤らめた黒髪短髪の酔っ払いで、革製の軽鎧を身に付けた中肉中背の男。見るからに三下感が溢れて自己紹介の必要性も感じない。
名乗らずともきっとザコスケとかカスノリとかクズミヤなんて名前なんだろう。違う名前だったとしてもルビでそう振ってあるに違いない。
そろそろ異世界の理不尽にイライラがピークに達していた事もあり、俺は問答を一切経ずに右ストレートをぶち抜いて男の顔面を潰してやった。
仮に相手の方が高レベルで強い可能性もあったが、街中だったらボコられても殺される事は無いだろう。俺の方が強かったなら、最初にカマす事で後のトラブルを遠ざける狙いもある。
そうした打算も少しあって躊躇いなく暴力へ訴えた訳だが、幸いながらやはりザコスケはザコスケだった。一撃で吹き飛び他の武装した人間に激突しながら床に転がって気絶した。
ぶつかられた男も、俺ではなくぶつかって来た男に対してキレ散らかし、倒れ伏した相手の顔面を三度ほど踏み付けてからその場を去った。
その様子を囃し立てる者、無視して無いものと扱う奴、賭けの対象にしようとしたが一瞬で終わってつまらんと顔に出す馬鹿、様々居るが、止めに入るような手合いは一切居ない。
なるほど、ここはそう言う世界で、そしてこの建物はそう言う者が集う施設らしい。
理解したなら後は早い。カウンターにさっと並んで順番を待ち、その間は腕の中で俺にしがみつくネリーを可愛がる。
しばらく待って順番が回ってきて、受付のお姉さんが俺達に笑いかけた。
金髪のストレートロングが眩しい綺麗な女性だ。制服らしき物も良く似合ってて、自分がもしウブな少年だったら一目惚れでもしていたに違いない。
「いらっしゃいませ。どのようなご要件でしょうか?」
その笑顔は主にネリーに向けられてる。当たり前だがむさ苦しい男達よりふわふわした幼女を眺めてる方が楽しいだろう。
そんな考えで少し苦笑を漏らしつつ、俺は自分の要件を手短に伝える。
「変な事を聞くが、ここは竜樹の買取は出来るかな? 外に丸太で用意してあるんだが、この街は初めて来たからどこに売って良いのか分からないんだ」
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