デスイタマエとの戦い(急)

 審査員たちの前に、ジョニーは皿を並べていく。しかしマタミンとハーケンが脱落したことで、審査員はたったの2人になってしまった。


 この料理勝負は、これ以上やる意味はあるのだろうか?


 いや、重要なのは料理勝負ではない。

 デスイタマエにバフ料理の可能性を示すことに意味があるのだ。

 美味しさを保ったまま、バフ効果を発揮できることを彼に示さなければ。


 ジョニーは審査員とデスイタマに、金色のスープを盛り付けた。

 そのスープの美しさは、まさにこの世のものとは思えなかった。


 白い深皿に注がれたスーブの色は、言葉で言えば黄金色だが、そんなに単純な色ではない。赤みを帯びた複雑な濃淡を皿の浅い部分と深い部分に作っているのだ。


 ジョニーのコンソメスープは、その色だけでも十分に楽しめる一皿だった。


「ほう『獣たちの礎』で取れた素材の料理とはこちらですか」

「ジョニーさんはドラコツを使ったコンソメスープを作りましたか」


 第一声を上げたのは味王だった。彼は料理についてのウンチクを披露し始める。


「この香りは――ドラコツの香りですな」


 ドラコツとは、トンコツのドラゴンバージョンのことだ。

 長らく「漆黒の黒」で働き、底辺の扱いをされていたジョニーには知る由もないことであったが、ドラコツは美食家の間では高級食材として有名だった。


「ドラコツは鶏ガラに似たスパイシーさを持っていますが、それ以上に牛肉のようなジューシーさがあります。コンソメスープに使うには最適の素材です」


 ジョニーは内心、「そうだったのか!」と味王の解説に驚いた。

 彼からしたら、そこらへんにゴロゴロ転がっていた骨を煮込んだだけだ。


 ジョニーにとっての高級食材とは、量は少ないのにやたら高い調味料、オイスターソースとか、タバスコのようなホットソースのことを指すのだ。


「うむ、通常のコンソメスープのように、牛肉や鶏肉、豚肉をそれぞれ足して煮込むと、味は豊かになりますが、それ以上に雑味が増えてしまいます」


 味王の解説に、山原が乗っかるようにして続ける。

 ウンチクの大洪水にジョニーはもうお腹いっぱいだった。


「さすがは板前といったところですか」

「食後にスープを出すという気遣いもうれしいものですな」


「ハハハ、左様ですな!」


 美食家たちはそう言って笑った。

 ジョニーはそれに補足するかのように言った。


「デスイタマエが俺たちを送り込んだ『獣たちの礎』には骨しか無かったんで、そうするしかなかったんですよね。だからこのスープには、きっとオレだけじゃなくて、彼の気遣いも含まれてますね?」


「――ふん勘違いするなよジョニー。」


「オレは美食家の腹に苦しい思いをさせて、後の手番になった者の判定が不利になるようなことはしたくなかっただけだ」


「ってことは……デスイタマエはジョニーにも気遣ったってわけだな?」

「なんだ、デスイタマエって良いやつじゃん!!」


 そう言ったのは、しれっとテーブルに付いていたミタケだ。


 彼女の言葉を聞いたデスイタマエは「か、勘違いしないでよね!」と反応するが、オッサンのツンデレなんて一体誰が喜ぶんだろう。


「さて、それでは実食と参りますか」

「食後にコンソメスープというのは、なにやら奇妙なものですが……」


 スプーンを手にとった美食家たちが、コンソメスープを口に運ぶ。


「コレは――!」


 二人はハッとなってあたりを見回す。

 すると、周りの様子が、がらりと変わっていた。


 彼らが今いる場所は、グンマーの荒涼とした大地ではない。


 恐竜のいた時代、白亜紀グンマーの緑豊かな姿が、周囲に広がっていたのだ。

 濃密なジャングルがいっぱいに広がり、ティラノサウルスといった恐竜が野原を歩いていた。


 コンソメスープに宿る野性が、彼を古代のグンマーにタイムスリップさせたのだ!


「これは、そうか……ただのドラゴンの骨をダシに使ったのではないッ!」

「ジョニーくんは獣たちの礎にのこされていた、古代竜の骨を使ったのだッ!」


 そのとき、黒い影がテーブルに覆いかぶさる。


 彼らが何事かと見上げると、そこに居たのは赤いドラゴンだった。


 その竜は、まるで甲冑のような鱗と甲殻を持っている。巨竜はその蛇のような細い瞳孔を持つ瞳で彼らを見据えていた。


 その竜の威厳ある姿に、美食家たちはひれ伏すしかなかった。


 いま目の前にいるのは、ドラゴンの中のドラゴン、神竜「バハムート」に違いない。伝説の存在が今まさに、彼らの眼前にいたのだ!


 だらだらと汗を流しながら、まさか、まさかと思った。

 このダシに使われていうドラゴン、その存在とはもしや――ッ!


「グァァァァァ!!」


 バハムートが魂が消え入るほどの、恐ろしげな雄叫びを上げた。

 すると彼らの座っているテーブルごと、地面が剥がれて持ち上がるではないか。


「な、何が起きているのだぁーッ!」


 持ち上がった地面は、バハムートと共に雲を突き抜け、はるか空の上まで上がる。

 突き抜けるような青空のもと、美食家たちの眼下には、雲海が広がっていた。


「グルルル――カァッ!!」


 喉をならしたかとおもうと、バハムートはそのアゴをカッと開く。

 すると、赤い巨竜の開いた口の中は、まばゆいばかりに青白く光った。そしてそれに続いて、光の線がバハムートの口に集まっていき、大きな光の玉を作っていった。


「これは、これはまさか、バハムートが放ったという伝説の――」


 キィーンと激しい耳鳴りが味王を襲う。

 バハムートの口の前に、あまりにも高出力のエネルギーが集まっているため、周囲の気圧が変化し、鼓膜を激しく押しているのだ。


 刹那、カッ――と光が破裂した。


 伝説上のドラゴン、バハムートが放ったというブレス『ペタフレア』が二人を襲った。熱を持った光の奔流がテーブルを瞬く間に焦がし、いや、蒸発させる。


 古代竜が放った熱線は、人の身ではとても耐えられるものではない。

 二人はその身を手でかばうようにして守るが、光の氾濫に呑まれていった。


「うぼぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 伝説の巨竜の吐息で。二人の魂までもが灰になる瞬間に、それは起きた。

 オレンジ色の何かが飛来して、竜の体躯を貫いたのだ。

 それは古代竜の甲殻を穿ち、破片となったウロコを、雲海へと散らばらせた。


 ぴたりとバハムートの放つ光線が止んだ。

 二人の美食家は、何が起こったのかとそれを見た。そして驚愕した。


 巨竜の巨体に突き刺さったモノ、それは野菜だ!

 先端にニンジンの穂先を持った槍が巨竜の身体に突き刺さっているのだ。


 そしてそれを成した存在が、二人の目に入った。


 それはドラゴンを狩ることを、何よりも至上の誉れとする存在だった。

 そう、ドラゴンスレイヤーとして語られ、今となっては書物の中にしか存在しない者たち、すなわち……「竜騎士」だった!!


 そういえば聞いたことがある。

 中世、サムライがこの国にまだ多く居た時代、グンマーには「竜騎士」たちが多く住んでいて、槍技の研鑽に励んでいたと。


 しかし、彼らは本来出会うはずのない存在だ。


 バハムートは遥か時の彼方にいた存在だ、竜騎士もそれほど昔ではないとはいえ、サムライが居た時代など、ゆうに300年は昔の話だ。


 ――しかし、彼らは出会ってしまった。

 そう、コンソメスープの中で!!

 

 出会ってしまえば、彼らは戦う宿命にある。

 そう、彼らはコンソメスープの中で、戦わなければならないのだ。


 ニンジンの槍を持った竜騎士が、野性味あふれるバハムートの味と戦っている。

 しかしその戦いは拮抗している。


 バハムートは口から幾重にも散らばり、空気を切り裂いて重奏する光線を放つが、竜騎士もさるもの、タマネギのマントを翻すと、空中を足場に飛び上がり、致命的な光線の一撃をかわした。


 そして槍を抱いた竜騎士は、バハムートの心臓めがけて、そのニンジンの穂先を突き立てる――


 巨竜と竜騎士は、お互い抱き合うようにして、地上まで墜落していった。

 そして地上で大きな爆発が起きる。その閃光は二人の美食家を包み、溶かした。


 気がつくと、二人は空になった皿を前に、スプーンを握りしめていた。

 そして気がつくと、片方の手に何かが握りしめられていた。


 それは赤い、赤いウロコのかけらだった。


「これは、勝負あったかもしれませんな?」

「えぇ、私も同意見です」


「――この料理勝負の勝者は、板前のジョニーとします!!」




―――――――――――――

さすがに怒られるだろコレ(

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