デスイタマエとの戦い(序)

料理するかクソバトルするか、どっちかにしろよと怒られそうですが

今回はガチ料理回です。

――――――――――――


 ジョニーとミタケは、何も知らないままに決戦の場に戻った。


 4人の審査員の前に、ジョニーとデスイタマエ、二人の板前が料理を手にして揃った。まさに今、最後の戦いが始まろうとしていた。


 ここで負ければ、ジョニーは包丁を折ることになる。

 なんとしても負けられなかった。


「さて、どちらの料理から先にいただきましょうか?」声を上げたのは、美食ギルドから来た山原雄海だ。その提案に対して味王が答える。


「ここはデスイタマエさんの料理からいただきましょう。ジョニーさんがデスイタマエさんの課題にどう答えたのか?お楽しみは後にとっておくということで」


「なるほど、異論はありませんな」


 ぶっちゃけ料理のことがよくわからないマタミンとハーケンの二人は、それっぽくコクコクとうなずいていた。


「おっと、ジョニーさんとミタケさんも席にどうぞ。食べもしない料理に勝敗を決められるのは、本意では無いでしょう?」


「まぁ、喰えるなら何でもいいぜ!」

「もーミタケさんったら~あ、せっかくなので頂きます」


 二人は割と軽い感じで、審査員と同じテーブルについた。


 デスイタマエは審査員たち、そしてジョニーの前にも料理の入った小ぶりの鉄なべを並べていく。ジョニーにはそれが「味噌煮込みうどん」のようにみえた。


 黄土色の濁ったスープの上には鮮やかなニンジンと長ネギが添えられ、ゴボウやダイコン、里芋といった根菜類が、鍋の底に沈んでいた。


 何よりも特徴的なのは、その麺だった。

 短く、幅広で、うどんというにはあまりにも大きすぎるのだ。


「ほう!これは『おっきりこみ』ですな」


 料理を目の前にして、最初に声をあげたのは山原雄海だった。

 彼に声に対して、デスイタマエは短く「左様」と言って同意した。


「おっきりこみ?なんだこれは、まるで切り忘れたうどんみたいだ」


 本当に食えるのか?とばかりにハシで麺を持ち上げたのはハーケンだ。

 言われてみれば確かに、切りそこなったうどんにも見える。


 ここで唐突に山原雄海が語り出した。


「お二人はお存じない様子ですので、説明差し上げましょう」


「この料理は、『おっきりこみ』と言う、グンマーの名物です。その名前の由来は麺を『切って入れ、切って入れ』してどんどん食べる事からで、火の通りやすい平打ち麺と一緒に、グンマーの季節の野菜や根菜を、味噌で煮込んで頂く料理です」


「うむ、『おっきりこみ』のなによりの特徴は、この麺でありますな」という味王の指摘に、山原は「その通りです」と答える。


 料理対決特有の、クソ長ったらしい説明シーンが始まると見て取ったハーケンは、横にいるマタミンにこっそりと耳打ちした。


(おい、説明が長くなりそうだぞ、今のうちにアレを)


(でも今入れたらバレねぇか?)


(大丈夫だ。このパターンだと、今画面には料理のドアップが映ってるはずだ。俺たちがすることに、誰も気づきはしねぇさ)


(画面?何のことだハーケン?まぁいいか……)


「たっぷりと入った具材の旨味がダシとなって、この薄く大きな麺にしみ込んでいくのです。それを統一するのはこれまた味噌なのですが……ほうやはり」


(きゅぽん。……サーッ)


「これは……十石味噌じゅっこくみそですな」


 それを聞いたデスイタマエは、山原に向かって満足げに頷いた。


「さすがは山原様。その通り、これは十石味噌じゅっこくみそという麦みそです」


「グンマーは山深いうえ、モンスターが大量に存在しますので、昔から米が取れない場所でした。そのためグンマー人の主食は『麦』だったのです」


「米が収穫できないグンマーには、ナガノから毎日十石(1.5トン)もの米が運ばれてきました。そしてその道は十石峠と言われるようになりました」


「この十石味噌は、その十石峠に由来しています。麦を主食としていたグンマー人にとって、米は貴重だったため、麦を使って味噌を作り出したのです」


「この『十石味噌』は、グンマー人の魂とも言える味噌なのです」


「ねぇ、そろそろ食っていい?のびるよ?」


 料理を前に長々と説明されて、しびれを切らしたマタミンが声を上げる。確かに彼が言う通り、ちょっと伸びてきて、鍋の表面が乾いてきている。

 

「これはいけません、せっかくの麺料理ですし、温かいうちに頂くとしましょう」


「食ってから喋ればいいのに」

「そういうなマタミン、彼らはこれが仕事だ」

「俺は普通のうどんが良かったなぁ」


 そういうマタミンとハーケンがすすりだす。すると――


「これは……!なんだこの……素朴な味は!」


「なんつーか、決して美男子じゃねぇけど、優しそうで、好感が持てる面構えっつーの?そんな感じのする味だ!」


 味噌に使った麺をすする二人は、「おっきりこみ」の味に魅了された。


 この鍋料理は、決して高級でもなければエレガントでもない。


 郷土料理。つまりはご家庭の味の延長にあるのが、この「おっきりこみ」なのだ。

 しかし二人は、とっつきやすくも親しみやすい、その味に魅了されたのだ。


「何だこれは……腹があったまるぜ!それにこの香りは何だ?」

「なんていうーかよぉ、ずーっと曇りの日が続いて、ようやく晴れた日の陽だまりに出た時みたいな感じだ!」


 それを聞いたデスイタマエは、我が意を得たりと言った風で口を開いた。


「そう、それが麦みその香りなのだ」


「やべぇ!また説明が始まった!!」


「だが聞いてもらうぞ。ページを埋める為にもな」


「くそ、デスイタマエのやつ、なんて非人道的な理由で説明をしやがる……!」

「ジョニーも無駄に三転リーダとか使って、露骨に文字数稼いでるけどな……?」


「さて麦みそは、米みそに比べて香りが良いと言われている。これは麦と米とでは、そのでんぷんの含まれる量の違いから、こうじの生み出す香り成分に違いがでるからだ」


「食べると麦の芳醇な香りが口の中に広がるのが解るだろう?」

「実際には味噌こうじの生み出しているアルコール成分の仕業なのだがな」


「この深い味わいは、大豆と麦に含まれるたんぱく質、そしてそれを分解する麹の力が大きく働いているのだ」


「ジョニー、こうじってなんだ?」

「あー、ようは菌だよ。こうじ菌が米とか麦とかを食べて、アルコールだったり、甘味を出したりするんだ」


「じゃあこの麦味噌って、こうじのウンチで出来てるのか?」


 ミタケによる斜め上の理解に、ぶーっと盛大に噴き出してしまった。


「まぁ……分解なんだけど、そういう事だな」

「そういわれるとすごい喰いずらいんだけど、ミタケさん?」


 ミタケのせいでジョニーは、目の前の料理に手が付けられなくなってしまった。


「あ、そうだ。食べたそうならあげますよマタミンさん」

「まだ全然口付けてないので、どぞ」


 ジョニーは、空の鍋を前にこちらを見ていたマタミンに、自身の鍋を差し出した。

 さきほど殺象剤を入れた鍋が、毒を入れた本人のもとに帰ってきてしまった。


 だらだらと脂汗を流し出すマタミン、どうしたらいいのか全く分からなかった。


(おいどーすんだ、ハーケン!失敗したぞ!)

(クソッこれは予想外だ……!)


「……何か我の料理に問題でもありましたかな?」


 そういってデスイタマエが鍋を見る。

 「おっきりこみ」が残ったままの鍋を見たデスイタマエは、ぽつりと言う。


「……お残しは許しまへんで?」


 マタミンがこれはアイツの鍋、と言おうとしたところで、ジョニーがしれっと自分が食った鍋と取り換えていたことに気付いた。


 今ジョニーの目の前には、マタミンが空にした鍋が置いてある。


(あの野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)


 デスイタマエの包丁でみじん切りにされるか、毒の入った鍋を喰うか、マタミンの選択は二つに一つとなった。

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