最終決戦 (急)

いや、序破急にしても急すぎるだろ(

―――――――

 簀巻きにされたジョニーとマタミンは、決戦の場に付くとその縄を解かれ、地面に降り立つことを許された。


 自分の足で立って、地下闘技場を見たジョニーは、まるでケーキの型のような形をしているなと思った。


 円盤状の地面は直径が50メートルほどはあるだろうか。そしてその外周は高い金属製の壁で覆われている。塀の高さは3Mはあるだろうか?塀の表面にはつかむ場所はなく、これを登って逃げることは、とてもできそうにない。


 塀の向こう側には観客用のベンチがあり、階段状に10数個の段差が用意されていた。かなり多くの観客が、ここで試合を見ることができるのだろう。


 しかし急な開催であったので、ベンチに観客はいない。

 本来、熱狂に包まれる決戦場は、今はひっそりと静まり返っている。

 ここはある種の神聖さを感じる、静謐せいひつな空間となっていた。


 いや、観客は必要ない。

 これはあくまでも、ジョニーとマタミンの個人的な戦いだ。


 この戦いは、見世物やショーではない。父のかたきを討つための戦いだ。この個人的な戦いに、決着を見届ける立会人以外は必要ない。


 ジョニーは屍鬼神によって、地下闘技場の円周の東側に降ろされていた。


 自身の決心を確かめるように、彼は足場を踏みしめる。

 その地面には、戦いで零れた血を吸わせるための、きめ細かい砂が巻かれていた。明らかに暴力のノウハウを持つものが作ったものだ。


 これから起きる流血の予感に、ジョニーの心は震えた。


 魚や豚肉のドリップとはワケが違う。

 自身と相手が流す血によって、これからこの地面は血に染まるのだ。

 そう思うと、なんだか背筋が薄ら寒くなる思いだった。


 向かい側には、セコンドである3人の冒険者に囲まれているマタミンが見えた。

 奇妙な親しみを感じ始めているその敵に向かって、ジョニーは不敵に笑う。


「オレとアンタ、最期の場が地下闘技場とは、お似合いじゃないか」


「フン!ここが最期になるのはお前だけだ」

「わしは払った厚生年金の元を取るまで、死ぬ気はないぞ」


「ヘッ老害がいってくれるじゃねぇか!」


 口撃はそこそこに、戦いの準備が始まる。


 ジョニーのセコンドはミタケだ。

 彼女はジョニーの拳に鉄製のぶっといトゲの付いたボクシングローブと、鋼鉄製のふんどし、そして彼の頭に、ハードレザーでつくられたヘッドギアを被せる。


 ヘッドギアはゴワゴワで、汗を吸わずに非常に不快だ。

 できれば早めに戦いを終わらせたい。ジョニーはそう思った。


 ジョニーが戦いの用意を終えると、サカキのばーちゃんが非常に良い空気を吸ってそうな顔で、ゴングをカーンと鳴らした。


 まるでそのゴングの音が、二人に目に見えない力を注ぎ込んでいったようだった。

 地下闘技場の中心に向かって、勢いよく進む、ジョニーとマタミン。


 そしてふたりの拳が交差する。


 ――が、最初の一撃は、どっちも空振って当たらなかった。

 なぜならば、ふたりとも非戦闘職だからだ。


 板前であるジョニーはもちろん、マタミンも、さほど戦闘の経験はなかった。


 そもそもジョニーの板前スキルは、食材ではない人間には効果を発揮しない。

 そのためこの戦いは、純粋な素人同士の戦いとなった。


「うぉぉぉ!」

「死にさらせええええええ!!!」


 マタミンのパンチがジョニーの鋼鉄のふんどしをとらえる。

 彼はダーティープレイに専念し、執拗に金的を狙っているのだ!


 マタミンはランクこそS級冒険者だが、実際は椅子を温めるのが仕事のようなものだ。彼は生まれてこの方、まともに争いなどしたことがない。


 しかしマタミンは、従業員に対する暴行はしたことがある。

 抵抗できない相手、弱いものいじめに関しては、彼は達人級だ。


 その経験からマタミンは、とにかく敵の弱点を狙うことにした。

 まずは圧倒的有利を作る。そのための金的だったのだ。


 しかし鋼鉄製のふんどしを狙ったことで、それがかえって彼の拳を痛めることとなった。あまりの硬さに手をひっこめるところを、ジョニーに狙われた。


 その顔面にトゲの付いたグローブがヒットし、その顔面が鮮血に染まる。

 血に染まったアゴ肉を震わせたところで、第一ラウンドが終わった。


「良いのが入ったなジョニー!」


「ああ、次で終わらせてやるぜ!!」


 水を受け取り、それを飲み干すジョニー。

 他方、マタミンのセコンドは少し様子がおかしかった。


「おやおや、これは重症だ、緊急手術が必要ですな!」


 1分しかないラウンドの間でそんなムチャクチャな事を言いだしたのは、他でもない。「快楽卿」の二つ名をもつ冒険者、ジョイガイだ。


「待て待て!手術なんかできるか!ワセリンかなんかで血を止めろ!」


 慌ててジョイガイを止めようとするマタミンだったが――


「おちつきなよマタミン。ぶっちゃけ男、それもオッサンなんかにコレをしたくはないけど、まあこの際仕方がないよね」


 光の戦士の異名を持つ冒険者、ナデポがマタミンの頭を撫でると、彼はその頬を染め、大人しくなった。

 「いうことを聞いてくれるよね?」とナデポがいうと、マタミンは夢見る少女のように「うん」と言って頷いた。


 正直キモかった。


「まずは痛覚を遮断しますか。これをしないと始まりませんからな」


 快楽卿はそういって、鉛筆みたいな太さの金属製の釘を取り出すと、ハンマーを使って釘をマタミンの頭蓋骨に打ち込んだ。


<カンカンカン!>

 

「アッアッアッ!!」


 釘が前進するたびに、マタミンの体がビクンビクンと痙攣する。


「ひとまずはコレでいいでしょう」

「ナデポの精神的麻酔、そして私の肉体的麻酔があれば、マタミンは痛みを恐れること無く、この戦いに望めます。実に素晴らしい」


「そしてオレ様の治癒魔法があればこんな傷、手をかざしただけで治るぜ」


 リサイクラー・ジュンが手をかざすと、無数のトゲがぶっ刺さり、鮮血に染まっていたマタミンの顔が元通りになる。


「よし、いけ!マタミン!」


「はいご主人さまぁ♡にゃーん」


 ナデポの精神操作、そして快楽卿の肉体操作に加え、ジュンの治癒。

 セコンドに付いた彼らの支援は完了した。


 その結果、マタミンはクソキモい戦闘マシーンと化したのだ!


 地下闘技場の中心で、第2ラウンドが始まった。

 先ほどのラウンドではジョニーが有効打を与えたが、今度はマタミンの側が優勢となった。


 快楽卿の手術で痛みを感じなくなったマタミンは、真正面からジョニーのパンチを食らい、頭蓋骨を陥没させ、あばら骨を折られても、腹の肉を揺らして彼に迫ってくるのだ!


 ジョニーのストレートを胸に喰らい、血反吐を吹き出しながらも、マタミンは打ち返してくる。まるでゾンビのようだった。


 骨を折らせて肉を断つ、実にアンフェアなトレードだ。

 しかしその戦闘スタイルに、ジョニーは次第に消耗していく。


「クソ!このままじゃジョニーがなぶり殺しにされちまう!」


 このままではジョニーが負けてしまうと思ったミタケは、ゴングの前に座っているサカキのばーちゃんに、あることを聞いてみた。


「サカキのばーちゃん、ここって厨房あるか?!」


「そりゃあるさね、地下闘技場では観客に軽食をだすからねぇ」


「よし、場所を教えてくれ!」


「それなら――」


 サカキはミタケに、地下闘技場にある厨房の場所を教えてくれた。

 食材としてはインスタントのものばかりだが、今でも使えるものはあるらしい。

 いや、インスタントならかえって好都合だ。とにかく時間がない。


「ありがとうな!サカキのばっちゃん!」


 ミタケはサカキの返事も聞かず、厨房に走った。

 そう、彼女はジョニーのために、バフ料理を作ろうとしているのだ!

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