最終決戦 (結)
地下闘技場の厨房に駆けこんだミタケは、棚を片っぱしから開いて中を確かめる。
しかし、その棚の中にあったのは、インスタント食品や調味料ばかりだ。
普段人の出入りがない地下闘技場に、新鮮な野菜など、あるはずがないのだ。
★★★
乾麺の袋を手にしたウチは、表情を固くする。勢いに任せてしまったが、たったの数分で料理をつくるなんて、どうやればいいのだろう?
厨房にコンロはあるが、悠長に火を使っている時間はない。
幸い、ここに備え付けとしておいてあるポットにはお湯が入っているようだ。
ウチはこれを使うことに決めた。
「とにかく時間がねぇ!お湯だけで作れるバフ料理を考えるんだ!」
棚の中をひっくりかえし、そこからお湯だけで調理できそうなものを探す。
「チキンスープのまぶされた即席麺か、悪くなさそうだ」
オレンジ色のパックに入った、味の付いた即席麺があった。
それを包装から取り出すと、そのまま小さなボウルの中に放り込む。
チキンスープの味が付いたラーメン。
まずはこれをバフ料理のベースとしよう。
「まだ何かないか……おっとこれは、災害用食品?何が入ってるんだ?」
棚の奥を再度探ると、ある物に気付いた。
それは「災害用」と書かれた、ホコリっぽいダンボール箱だ。
その箱を開けて中を見ると、自然と口の端と頬を持ち上がった。
「おおコレは……よし、コレなら行けるぜ!!」
彼女が箱から取り出したのは「アルファ米」だ。
お湯で戻す米飯で、災害時のインスタント食品としてはありふれたものだ。
だがその風味は失われており、米飯単体として食べるには不味い。
なによりアルファ米は、その食感が致命的なまでに不快なのだ。
とはいえ、これに米の甘みがあることは確かだ。
彼女はこれをラーメンの「具」にすることを思いついたのだ!!
「しかし、これだけではまだ弱いな。いや、調味料はたくさんある、いくぜ!」
彼女がボウルに放り込んだ、チキンスープ味の乾麺と米の飯。
これらの間には、巨大なブラックホールが広がっている。
そう、今のままでは、両者に味のつながりが存在しない。
当たり前だ。彼らは別々の存在。混じり合うことを想定されていない。
このふたつは、あまりにも味がかけ離れている!!
しかしミタケは、この味の暗黒空間を渡る天の川、銀河の橋を調味料によって作ろうとしているのだ!!
「まずはカレーのルゥを削って入れるとするかぁ、チキンの味の上に、カレーを入れりゃ、だいたい美味くなるだろ。ついでにナンプラー、ホットソースで味を引き締めてっと……」
ジョニーの厨房の手伝い、その手ほどきによって、ミタケの料理スキルは常人よりも高いレベルにある。しかしそのスキルもこの短時間では使いようがない。
ただの板前では、試みるよりも先に、出来っこないと言い出したであろう。
しかし料理に対する先入観の少ないミタケは、かえってコレがうまくいった。
ジャンクにジャンクな食材を重ね、調味料によって味覚の違法建築を始める。
チキン味のラーメンと米の間に横たわる、無限にも思える暗黒空間。
しかしそこに、刺激的なカレー味の橋、レインボーブリッジのできあがりだ!!
ミタケの手によって、本格的B級ジャンク飯が、たちまちのうちに完成した。
スパイシーな香りを立ち上らせるボウルを持ったミタケは、決戦の場へと戻ろうとするが、あることに気がついた。
「さすがに飲み物無しで流し込めってのはつらいよな、なんかもらってくか」
備え付けの冷蔵庫の中をあさるミタケ。そして何かを見つけたようだが――
「コーラか?うわ、賞味期限が去年の夏だよ。絶対炭酸抜けてるよなー……」
「でも他にないし、これでいっか」
冷蔵庫から炭酸の抜けたコーラとB級ジャンク飯を手に持ち、彼女は決戦のバトルフィールドへと戻った。
戦いはちょうど、第2ラウンドが終了したところだった。
体力を使い切ったジョニーは息切れし、ぜぇぜぇと肩で息をしている。
彼女は冷えたコーラとB級ジャンク飯を彼に手渡してそれを勧めた。
「ジョニー、急に連中が来たから、まかないの飯が、まだだったろ?」
「ほら、食いな!」
「ぜぇ、おっサンキューだ、ぜぇ、ミタケさん」
――オレはミタケから料理を受け取った。
受け取ったボウルには不思議な見た目のものが入っている。
米の浮いたラーメン?この香りは……カレーか。一体どんな味なのだろう。
オレはハシをカップに入れる。面を持ち上げると、黄土色のスープに米が絡んでくる。ラーメンと米か、炭水化物と炭水化物が被ってしまっている。
……まあ、ありものを組み合わせたなら仕方がないか。
オレは米の絡んだラーメンを、口の中に運ぶ。
その時だった。周囲から大量の武装したインド人が現れた。
彼らは米だ。頭に米の被り物をしているから間違いない。彼らはその手に唐辛子の剣、ソースの鉄砲に、大豆の手榴弾を携えている。
インド人は麺を敷いて作られたカーペットの上を、一台の原付でもって走り抜ける。しかし彼らはそのたった一台の原付に、ピラミッドを逆さまにしたような組体操の形で乗り付ける。まさに奇跡的なバランスだ。
走り抜けるインド人達は、オレの目の前を走り抜けるが、口の中のものを咀嚼すると、そのまま空中にほぐれるようにして消えていった。
麺と米のコンビネーション。
反りの合わない二人が、カレーをきっかけに出会ってしまった。
インド人、ありがとう。
オレはカレー味のラーメンライスをもっさもっさと口に運ぶ。
炭水化物と炭水化物を重ねるのはどうかと思ったが、今オレの身体はエネルギーを求めている。そう、これは純粋なエネルギーだけを求めた戦闘食だ。
瞬く間にオレの身体に力が満ちて火照っていく。
オレはキンキンに冷えたコーラで、灼熱のラーメンライスを胃に流し込む。
コーラはすっかり炭酸が抜けていて、一気に飲めるようになっていた。
なるほど、さすがミタケさん、心憎い気遣いだぜ。
★★★
「オイオイオイ、アイツ死ぬわ」
言葉を発したのはマタミンのセコンドの、リサイクラー・ジュンだ。
「試合中に飯を食うとかアリエネー。普通に動けなくなんだろ」
しかしその言葉に反した内容を、快楽卿ジョイガイは語り始めた。
「いえ、そうとは限りません。炭酸抜きコーラとは、たいしたものですね」
「炭酸を抜いたコーラは、エネルギー補給としては最適です。なにしろ手術後に使う点滴と、その成分はほとんど変わりませんからね」
「実際ポル・ポト派が制圧したカンボジアでは、ジュースを点滴に使うということが平然と行われていました」
「点滴に起因する感染症で死ぬものはいても、ジュースで死んだものはいません」
「なんでもいいけどよぉ、相手は俺らがオモチャにしてるマタミンだぜ?」
「死ぬまで戦うコイツに、勝てるわけねぇだろ?」
「いえいえ、それだけではありません。ボウルに盛られているのは、米とラーメン、そしてここまで漂ってくる香りから察するに……カレーですか」
「炭水化物と炭水化物。米は即効性のエネルギーとなり、ラーメンはその消化速度から遅効性のエネルギーとなります」
「そしてカレーによってミネラルのバランスも良い」
「それにしても、試合中だと言うのに、よほどお腹が減っていたのでしょうか」
「アレだけ補給できるのは、板前の超人的な消化力という他はないですね」
★★★
「――よし、と」
オレは冒険者カードのバフ欄を確認することはしなかった。
それはなにか、彼女の料理を試すような真似に思えたからだ。
オレの腹の中に入ってきた、彼女の想いやり。
負けてほしくないという希望、のぞみを感じた。それだけで十分だ。
オレは立ち上がり、目前のマタミンへと立ち向かう。
そして次の瞬間、それは起きた。
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