「完璧な」スープ

「よし、まずは煮込むぜ」


 俺はシチューポットを取り出して、そこらへんの石でつくったカマドの上に置く。するとミタケが首をひねって、俺をしげしげと見た。


「どうしたミタケさん?」


「……ジョニー、さっきまで鍋なんか持ってたっけ?」


「ミタケさん、ははぁ、さては料理番組を見たことがないな?」

「下ごしらえをした肉や野菜、ボウルや鍋をどこからともなく取り出すのは、料理人の基本スキルだぜ」


「そうなの?!アレって本当に取り出してたの?!」


「ああ。熟練の調理人なら、煮込んだという過程をすっとばして、完成した料理だけを取り出すこともできる。オレはまだその域に達してないけどな」


「それ料理じゃなくてもっと別の事に使った方がよくない?」

「ラスボスとかが使う能力じゃん」


「そうだな、料理というラスボスを未だに俺は倒すことができない」


「料理は倒すんじゃなくて食うもんだからな?」

「そろそろオニの作る骨スープ説明してもいい?」


「ああ、いいぜ!」


「じゃあ、水を張った鍋に火にかけて、切った野菜から入れていってくれ。火加減はウチが見るから、ジョニーは切る役な?」


「おう」


 俺はグンマーの活きのいい野菜を細かく切って、鍋に入れていく作業を始めた。


 まだウネウネうごめいているニンジンやタマネギを、包丁で刺してトドメを刺す。

 そしてそのまま細かく切って、水の張った鍋にぽんぽんぶち込んでいく。


「次はどうするんだ?」


「骨の髄を袋に詰めて、煮立った鍋の中に入れて、出汁をとるんだ」


「へぇ、なかなかにオニはわかってるじゃないか」


「だろぉー?」

「料理人には負けるかもしんないけど、オニは食いモンにはうるさいぜ!」


「後はどうするんだ?」


「これだけだ」


「マジかよ」


「後は煮る!ひたすら煮る!そしていい感じの色になったら飲む!以上!」


「いやでも……これは、そうか」


「どうしたんだジョニー?」


「いや、この料理、コンソメスープに似てるなと思ってな」


「コンソメスープ?コンソメってあのポテトチップスとかの?」


「そうそう、そのコンソメ」

「あれはこうやって、肉や野菜を煮詰めて、そのダシで作るスープなんだよ。歴史的にもかなり古いスープで、コンソメは「完全な」とか「完璧」って意味なんだ」


「へー、じゃあポテチのコンソメは、ポテチ『完璧味』っていうことか?」


「そうそう、しかしそうか……デスイタマエはこれを俺に伝えたかったのかもな」


「どういうこと?」


「オレたち冒険者は、モンスターの命を奪ってそれを食っている」

「食う事で、お互いの命をつないでるんだ」


「ツカレタヨーネがいっていただろう?板前なら死体に困らんって」


「あれは確かに正しいんだ。死霊術を使うネクロマンサーと同じく、俺たち料理人は、死体から新しい命や、今ある命を繋いでいく存在なんだ」


「いやだから、食材を死体っていうのやめろや」


「そしてバフ料理に魅入られ、暴走してしまった料理人たちはそれを見失った。命を無駄に使うことに躊躇ためらいが無くなったんだ」


「デスイタマエが言うように、当時の料理人はバフ効果のためなら何でも食わせようとしたんだろう。それこそ、石や木でも」


「冒険者にとっての毎日の楽しみだった食事が、『食べなければならないもの』に変わって、おいしくないモノだらけになるなんて……まさに地獄絵図だ」


「まあそれは、うん」


「でも、そんな彼らが使う食材である『骨』であっても完璧なスープが作れる。そう、デスイタマエはそれを伝えようとしたんだ……!」


「たぶんデスイタマエ、そこまで考えてないと思うなー」


「デスイタマエ、あんたは一体何者なんだ?あんたのいう事はまるで――」


 その時だった。ジョニーたちを嘲り笑うような、不敵な哄笑が響いた。


 その笑い声は、無数の骨が散らばり、墓場のような陰鬱な場所である「獣たちの礎」にはとても似つかわしくない、愉快でたまらないと言った風だった。


 高らかな笑い声の主は、骨の山の上に立つ、三つの怪しい影――

 そう、「漆黒の黒」御三家のエントリーだ!


「フフフ……この時を待っていたぞ」


「何だお前たちは!!」


 ジョニーの声に答えるかのように、三つの影はそれぞれ腰を前に曲げた。

 これはオジギといい、この礼儀正しいアイサツは宣戦布告を現している。


「ドーモ、ジョニーさん。イビルアイです」

「ハジメマシテ、ジョニーさん。ザコガリ師匠です」

「ヨロシク、ジョニーさん。マウントナイトです」


「その名前、まさか『漆黒の黒』の?!」


「フン……知っているのなら話は早い。板前のジョニー、死んでもらうぞ」


 ピシッとしたスーツに身を包み、どう見てもカタギではない鋭い眼光をした男が、オレに言い放った。


「なんだと!?お前たちにこの料理勝負は関係ないだろ!」


「ホッホウ、それが関係あるんじゃよ」


 ボロボロの恰好をした仙人みたいなジジイが、ピカピカのスナイパーライフルの銃口が黒い点になるように、こちらに向かって構える。


「最初から罠だったンだよッ!」

「お前たちはマタミンとハーケンの策略でココに誘い込まれたンだ」

「そして死ぬ運命なンだよッ!」


 上半身だけがメチャクチャ重装備のプレートアーマーで、下半身が黒タイツだけで貧弱すぎる騎士が言った。


「クソッ!ブラックギルドのマタミンがなぜオレを狙うんだ?」


「フン、『漆黒の黒以外』にバフ料理を持つ者は二人もいらんということさ、それにお前はあまりにも危険すぎる」


「お前は『ワイナビ』や『漆黒の黒』が傾いた原因でもあるンだよ。自覚してるかどうかは知らンけどな?」


「ホウ、それにちょうどよくなぶり殺しにできそうじゃしの」


 ハッっとオレは近くにあるナベの存在に気付いた。

 そうか、奴らはこれを狙っていたのか!!


「板前のジョニー、貴様も料理人なら、

「……死ねい!!」

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