三味一体

 俺たちはキャンプ場のバーベキュー用スペースで、ワイナビ四天王が一人、土気色のツカレタヨーネの放ったゾンビたちとジリジリ対峙していた。


 しかし「やれい!!」というツカレタヨーネの号令が、その均衡を破った。


<ウォォォォ!>


 俺たちを取り囲んでいたゾンビ営業マンは、その空虚な瞳のまま、雄たけびとも、うめき声ともつかぬ声を発して俺たちに襲い掛かって来たのだ!!


「うわぁばっちぃ!!」


 キャンプ場のゴミとかにまみれて、さらに頭からジュースを滴らせている営業ゾンビは正直汚いし臭い。


 ゾンビはミタケが握りしめた鉄塊のような剣でパッコーンとはたかれ、どっか遠くまで飛ばされていく。どうか来世では幸せになってくれ。南無南無。


 彼らは意味もわからず死んで、さらに無理やり働いている。

 敵とは言え、実に哀れなものだ。


 俺はハッ!とかフンッ!とかいって、戦っているふりをしてお茶を濁していた。

 アレと素手で戦いたくないからだ。


「おらジョニー!ちゃんと戦え!」


「やなこった!!おれ素手でアレに触りたくもないもん!!」

「そうまでいうならそれくれよ!剣!!」


「ザッケンナテメー!!!」


 俺を狙ったスイングをしゃがんでかわすと、不幸にも俺の近くに居たゾンビがその巻き添えを食らって吹き飛んで、バーベキューコンロに頭から突っ込んだ。


「フシュルー!何時までその元気が続くかなー!!」

「ホレホレ!!連勤の犠牲となったものはまだまだ居る!!」


 ツカレタヨーネは両手にもった缶を逆さまにして、地面にカフェインをしみ込ませていく。すると、先ほどよりも数多くのゾンビが立ち上がった。


<ウアアアアアアァ……>


 くそ!まだまだ出してくるのか!

 まるで、わんこそばじゃないか!!


「一体どれだけの人々がココで犠牲になったというんだ……!」

「何でヒドイことを!」


 俺の言葉を受けた土気色のツカレタヨーネはふんと鼻を鳴らした。

 そしてその目には、明らかに怒りの色があった。


「――貴様らがそれを言うのか!」

「フシュルルル……お前たちは、何の罪も犯してないと思っているのか?」


「何!」


「この地に眠る連勤の犠牲者、それはお前たちにも原因がある。いや、お前たちこそが、彼らがこうなった責任を負っているのだ!!」


「オレは彼らに何もしていないぞ!!」


「まだわからんのか!!」

「24時間営業、年中無休、お前たちが求めるサービスの質には際限がない」


「彼らはにこやかに笑い、口では『いらっしゃいませ』と言うが、その心のうちはお前たちに対する、怒りと悲しみに満ちているのだ!!」


「なん……だと?」


「なぜ私が『土気色のツカレタヨーネ』と呼ばれるか……教えてやろう!」

「私は狭間の存在、『名ばかり管理職』は、残業時間や休日の規定の対象外だ」


「当たり前だ、管理職は人員が休んでいる時にもやる仕事が多いから、休日といっても働かないといけない!スゴイ大変だ!しかし……『名ばかり』なのだ!」


「つまり、どういうことだ!!」


「私は名前こそ『管理監督者 』だが、実質の作業はヒラ、むしろアルバイトと変わらない仕事内容なのだ!」


「冒険者ギルドでは、そう言った実権の無い管理職につけることで、無給での残業、休日出勤、休憩無しのシフトをさせて、人件費を削減しているのだ!!」


「最悪の場合では、自営業者として扱う事もある!一人一人が社長とかいうワードを使っている、ベンチャー企業には気を付けろ!」


「うんわかった!」


「へっ!ジョニーの真っ直ぐさ、見てるこっちが恥ずかしくなりそうだぜ!」


「フシュルル……私たちの悲憤、それを知るがいい!!お前たちが24時間営業を求めたり、休日にクレームをするから、それで苦しむ人がいるのだ!!」


「そうだったのか……ごめんね!」


「ああ、ジョニー、ウチもちょっと、深夜のファミレスに行くの、ちょっと楽しみにしてたのを反省するわ!」


「フシュルー!素直なのは良いことだが、謝っても、もう遅いことはあるのだ!」

「ゆけい!!お前たちの敵は目前にいるぞ!!」


 怒りに目を赤く光らせたゾンビたちが俺たちを襲う。

 その勢いは、先ほどとはうって変わって狂暴なものだった。


 ミタケの振るう、鉄塊のような剣の一撃に耐えるものまで出始めた。


 いったいツカレタヨーネは何をしたのか?


 ゾンビの素材である営業マンはただの人間に過ぎない。

 なのに憎しみだけで、ここまで強くなれるのだろうか。


 何故かは知らないが、ふと在りし日の親父との会話を、俺は思い出した。


(ジョニー、最後の味付けで、素材の味を消しちゃダメだ。)


(どうしてだ親父?マヨネーズや醤油を使っちゃだめなのか?)


(それじゃあ醤油の味しかしない。食感なんかの『素材』の味、塩なんかで付ける『下味』、そして最後に薄い布を着せるように『味衣』を付けるんだ)


(味は一つじゃない。でも多くても複雑になり過ぎる。三つだ、いつでも三つの味を考えるんだ。ジョニー!)


 ジョニー!!!ジョニー!!ジョニー……!


 親父の声が、だんだん小さくなって俺の頭の中で繰り返される。

 ……そうか!冒険者カードのバフにもあった、「三味一体」だ!!


 ようやく俺にもわかった。『社員』という素材の味、『過労』という下味。

 そして……『憎しみ』という、最後の味付けを意味しているんだ!


 なるほど……わかったぜ、ツカレタヨーネ!!

 お前の強さの秘密!!


 なら俺は、俺の『三味一体』をお前たちにぶつけてやる!!


「ミタケ!時間を稼いでくれ!俺は肉を焼く!!」


「そうはならんやろ!」


 俺はトリ肉を掴むと、今度は素材の味を意識する。


 あえて、薄皮も使うのだ!固い場所と柔らかい場所が残るようにブツ切りにしていく。そして下味の為に、包丁で浅く傷をつけてから、少量の塩で揉む。


 そして臭みを取るのと同時に旨味を足すために、薄いダシ代わりの昆布茶、玉ねぎペーストを使用する。


 下味をつけたら串に打つ。ここはさっきと変わらない。


 さあ、最期にタレだ。

 醤油とみりんが1:1に砂糖適量だったが、今回はそれを少しだけ変える。醤油をすこし薄くし、みりんに普通の酒を足す。逆にタレの味を弱めるのだ。


 俺はさっとタレに漬けた鳥肉焼きを焼きに回す。

 今回は焼きを入れ過ぎないように気を付ける。皮の方はカリッと、そして肉の部分はトロトロにするために、火加減にコントラストを付けるのだ。


 そう、焼き一生の意味はここにある。一生とはつまり、人生を現している。


 『三味』の三つの要素は常に変化していく。

 料理に使う素材に、なにもかも同じ素材はない。


 料理とは、変化していく世の中を受け入れる事でもある。

 『三味一体』とはそういう板前の人生そのものを現しているのだろう。

 きっと親父が言ってたことは、そういう意味なんだ――!


 俺は焼き上がった串焼きを取り出す。

 コンロで黄金こがね色に焼き上がった串焼きは、太陽の光を受け、神々しいまでに光を放っている。


 空中に開放されているその香りは、醤油と脂が入り混じり、塩の刺激的な刺突が鼻の嗅覚細胞を歓喜に打ち震えさせる。そう、たとえ死人であっても。


<ウァァァァ!>


「食って、良いぞ!……お疲れ様!!ありがとう!!」


 俺はゾンビたちの前に、キンキンに冷えたビールと、串焼きを並べてやった。


<ウアアアアアアアア!!!!!!!!>


 ゾンビたちはガツガツと肉を食らい、ビールを流し込む。


 その瞬間、ゾンビたちに電撃がはしった――!

 この串焼きの肉は、切れ目を入れたことにより、肉の中にまであっさりとしたタレが染みわたっている。表面のカリカリの皮と、トロトロの肉のコントラスト。


 肉に噛みつくと、塩と醤油の味の濃淡が上下の曲線を描くのだ。

 ゾンビはそのリズムの波の上に、ゆっくりと楽しみながら腰かけた。

 ああ、最後に腰を下ろしたのはいつだったろう?

 久しぶりの安寧。ビールと串焼きに、彼らゾンビはジョニーの優しさを知った。


 ゾンビたちはその心のうちに温かいものが生じていた。


<ゴチ、ソウ……サマ>


 完食したゾンビたちの体が内側から光出す!

 そう!心のうちに「聖なるもの」が生まれだしたのだ!


 凍てつくような憎しみしかなかった心のうちに、暖かい料理が入り込んだ。


 まるで春の午後2時くらい、微妙な時間に放送されるアニメを、ひだまりで温かくなったリビングで、子犬を抱いてくつろぎながら見るような感覚だ。


 アンデッドである彼らがその身にソレを生み出したらどうなるか?


 その結果は、火を見るよりも明らかだった。

 ゾンビたちは輝き破裂し、光の粒子となって消えた。


 そこにはもう一本の串しか残っていなかった。


「……バ、バカなぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

「私の、私の連勤術が、敗れただとぉーッ?!」


「あいつらのつらさをわかってるお前が、そのつらさを利用してどうする!」

「休みくらい、用意してやれええええええ!!!!」


 俺の怒りのこもったパンチが、ツカレタヨーネを山の向こうまで吹き飛ばした。



―――――――――――

イイハナシダナー?

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