ワイナビ四天王との戦い

「こいつは……美味い!」


 ドラゴンの肉の脂と、つよい塩気を持った甘みのあるタレが口の中で混ざり合い、辛みと甘みと油のコクの混沌が主体的な思想となって調和する。


 俺の口の中の味覚信号を受け取った脳内では、「ウマイ」という感覚をニューロンが一心不乱に表現しようとするマスゲームが始まった。


 俺の頭の中で小太りのオッサンが腕を振ると、無数のニューロンが「万歳」と叫んで合唱する。


「万歳!」「万歳!」「万歳!」


 この調和を現すために、どれだけの血が流され、苦しんだのだろう。

 そう、すべてはこのためだ。


 他人の不幸は蜜の味という。あのトリニティドラゴンは、この世界にあらゆる不幸を振りまいて凝縮した。だからこそ、その肉はこれだけ美味いのだろうか。


 俺は串焼きの肉にかぶりついて、串からまるで獣がするように引き抜いた。


 ウォォ!おれはまるでブルドーザーだ!!

 串の上に存在する肉を次から次へと撤去していく。


 ずるずると抜いた肉をそのままかみ砕く。

 俺はブルドーザーであり、食の快楽の工場なのだ。


 串焼きには一種の「遊び」がある。


この肉がぶつ切りのまま焼かれ、皿に置かれたとしたら、それは遊びとしては死んでいる。ただ置かれた物を食すという、義務感に基づいた食事、栄養補給でしかない。


 そう、そこに「遊び」から生まれる「喜び」は無いのだ。


 この肉に歯を食いしばるように噛みつき、串から肉を引き抜くために、動かす。

 まさしくこれは狩猟の再現だ。


 串焼きの存在意義はこの狩猟体験の再現だ。


 今日までこの「串に刺す」という無意味な調理形式が生き残ったのは何故か?

 この「食いちぎる」という原始的な狩猟体験を再現するという本質に、知らず知らずのうちに人々が魅了されたからなのだ。


「ご馳走様でした。」


 結局オレとミタケは半分ほどの肉を平らげてしまった。

 ほとんど食ったのはミタケだが。


 あ、そういえば冒険者カードで俺のステータスが見れるんだっけか。

 トリの串焼きで何が変わったか、ちょっと見てみるか。


 さて、食事バフの効果はっと……おぉ?


 『板前』のジョニー


スキル:板前

状態 :「三位一体」「ステータス上昇5000%」


LV:69

筋力 :128△(64000)

体力 :167△(8350)

器用さ:123△(6150)

素早さ:145△(7250)

賢さ :68▼(34)

魅力 :9▼(2)


 うおおおおおすげええ!!!


 と思ったら後半ンンンンン!?何で下がってんだよ!!!!

 クソッ!!まるでわからんぞ!どういう挙動だ!?


 いやいや、このカードはぶっ壊れてるんだっけか。

 たぶん10倍くらいに表示されてるとして、筋力は640くらい?


 ……数字で出されてもよくわからんな。


 640人分の馬力が出せるとかそんな単純なものじゃなさそうだし。

 まあこれはぶっちゃけ、気持ちの問題だな。ウン。


 あとは「三位一体」って何だ?これについては全く意味がわからんな。

 まあこのカードがおかしいんだから、気にするだけ無駄か。


「さて、飯も食ったし、ギルドに帰るかー」


「おう!!」


 ドラゴンの皮に乗った肉の山を運ぼうとした、まさにその時だった。


 俺の足元に名刺がシュリケンのように突き立った!


「何だ?!」


「フシュルルル……私はワイナビ四天王、『土気色のツカレタヨーネ』!」

「よろしくお願いします」


 礼儀正しく攻撃してきたのは、土色のリクルートスーツを着た男だ。

 ワイナビ四天王と言うことは、先日のお礼参りだろう。

 クッ!もう仕掛けてくるとは!


「あっ、板前のジョニーです。よろしくお願いします」


「どーも、ジョニーさん。うちのギルドのものがナメられたという事なので、ケジメのためにぶっ殺しにまいりました」


「あ、そうなんですか、これはどうもご丁寧にどうも」


「本来は四天王全員でタコ殴りにするのですが、抜け駆けしてまいりました。早めに済ませて、有休を消化したかったので」


「うーん……この人間のアイサツってほんとーにひつよー?」


 ミタケはオニ娘だからよくわからないのだろうが、人間社会において挨拶はとても大事なものだ。手紙やスピーチ、殺害予告から犯行声明文にいたるまで、誰かに何かを伝えようとするいろんな場面で、アイサツは使われる。


 これからお互い殺し合うとしても、アイサツは大事だ。

 俺は「土気色のツカレタヨーネ」に頭を下げ、しげしげと見つめた。


 土器みたいな色をしたリクルートスーツに、血色の悪い、ゾンビみたいな顔色をした男だ。男の死んでいるのか生きているかわからない表情に、俺は戦慄を覚えた。

 

「フシュル……貴様も労働の喜びを知るが良い!」


 挨拶が終わるやいなや、男は長剣を取り出し、真っ直ぐこちらへ突き出した。

 すでにアイサツが終わっているので、これは不意打ちではない。


「あぶない!」というミタケの声を後ろに聞きながら、俺は不敵に笑った。


 長剣の先には、死霊術で動き出したトリ肉が突き刺さっている。


<ギャアアアア!!!!イッデェェェェ!!!>


 剣が突き立てられたトリ肉が痛みに振るえて叫びをあげた。

 しかし本当にイキの良いゾンビだ。

 新鮮な肉を使ったってのもあるが、教科書の内容がよくできているからだろうな。


「フッ!これぞゾンビアーマー!『肉の盾』だぜ!!」


「ほう……板前と聞いていたが死霊術が使えるのか貴様」


「おう!まあ肉や骨を動かすくらいだけどな」


「なるほど……!板前なら死体には困るまい!」


「食い物の事、死体って呼ぶのやめねぇ?食欲無くすわ」


 ミタケの冷静な突っ込みをよそに、俺たちのバトルは加速していく。


「フシュルルルル……死霊術は板前だけがつかえるとおもったか?」


「何だと!」


 そういうと、ツカレタヨーネは何かを取り出した。

 ジュースの缶のようだ。一体、何をする気だ?


 プシュ!と何かのジュースが入った缶らしきものをヤツは開けた。

 するとプルタブの開いた缶からは、なにか香しいニオイがしてくる。


 これはカフェインの香りだ!!

 ……まさかこれは!!エナジードリンク!?


「黄泉還れ……この生命の水エナジードリンクでなぁ!!」


 ダバダバと缶の中身を地面にぶちまけるツカレタヨーネ。

 すると地面が盛り上がり、そこからゾンビたちが起き上がって来た。


「こいつらは、一体……?!」


「ククク……外回りの営業マンだ!!!」


「何だと!!」


「この地にはブラック企業しか務める先がなく、30連勤で力尽き、地に伏せ、そのまま眠りについた者たちが無数にいるのだ……!」


「この生命の水エナジードリンク『デッドブル』はその30連勤した社員をゾンビ化させて再びこの世で労働の喜びを味あわせることができるのだ!!!!」


「クソ!なんて非道なことを!貴様それでも人間か!」


「フシュルル……私たち四天王のような、『名ばかり管理職』とは、ヒラでもなければ幹部でもない。狭間の存在である我々に、人間のルールなど意味はない!!」


「なん……だと?」


「そもそも連勤は5日ごとに1日の休みを後で取れるようにすれば合法だ。しかし、それがいつ与えられるべきか?これについては定められていない」


「フシュルルル……つまり30連勤でも、それ以上でも、実質合法なのだ!!」


「なんて、なんてひどいことを……!」


「恐怖におののいているようだな……そのまま死ぬがいい!」


 頭からボタボタとエナジードリンクを滴らせたゾンビたちが、幾重にも輪になって、俺とミタケを取り囲み始める。これは不味いぞ……。


「我が奥義、とくと味わえ!!『連勤術』!!!!」






―――――――――――

Youtubeにあげても大丈夫そうな、じつに教育的な内容ですね(白目

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