「板前」スキル

 俺は逃げるが、恐竜「プリウス」の方がずっと速い。


 たちまちに追いつかれて、喰われるかと思いきや、奴に追い越された。

 俺を追い越していったプリウスはその「頭突き」で大きな岩を粉々に砕いた。


 そう、こいつは頭突きの姿勢で下を向いて走るので、前が見えないのだ。


 いっさい前を見ずに全力突撃するため、どこに突っ込むのかさっぱりわからない、この実に危険極まりない特徴から、この恐竜は「プリウスミサイル」なんてあだ名をつけられているのだ。


 この恐れ知らずの特徴から、軍用の乗騎としてプリウスは人気があるが……野生のこいつらに遭遇することは、俺のような非戦闘スキル持ちにとっては死を意味する。


「わわ!武器っ!ブキはないか?!」


 俺は何か戦えるものが無いか体を探るが、ホルスターに刺した包丁一本しかない。

 とっさに引き抜いて構えるが、「板前」である俺に戦闘スキルはない。


「クソッ!」


 俺は無我夢中でこっちに尻を向けているプリウスに向かって包丁を振り回す!


 あんなん、ただのデカイだけのトカゲだ!!

 そう、鶏肉の大きい版と思えば良い!!恐れるなジョニー!!


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 ――やたらめったら、デタラメに包丁を振り回すジョニー。

 街で誰かに目撃されたら、即座に通報間違いなしの光景だ。

 しかしその時、不思議なことが起きた!

 

 包丁から発せられた真空波が、白い津波となってプリウスに襲い掛かったのだ!!


★★★


 説明しよう!!


 ジョニーは生まれてから父親と板前の修業をしていた為、元からスキルは高い!

 板前スキルはギルドに務め出した段階で十分一人前だったし、父親もそのつもりで修行させていた!!


 そして元から高い彼のスキルは、3年もの間、ギルド「漆黒の黒」でブラック労働していたことが要因となって爆上がりしていたのだ!


 「漆黒の黒」は冒険者や職人に払う給料をケチるため、基本的に無加工、下ごしらえなしの素材や食材を引き取っていた!!


 悪徳ギルドマスターマタミンは、職人に「これもできるよね?」という圧力でもって、本来賃金の発生するはずの作業すら、当然のように無給で行わせていたのだ!!!!


 そう、「無加工」、「下ごしらえなし」という事は――

 ジョニーが調理に使いまくっていたレアなモンスターたちは、ジョニーの手によって、その包丁で倒されまくっていたという事を意味するのだ!!


 そしてこの世界のレアなモンスターには、「世界樹の大根」のように、クソ弱くても経験値がバカ高いモンスターというのが稀によくいるのだ!!


 それによって今のジョニーは、そんじょそこらのドラゴンを※筋引き包丁一本で肉塊にできるレベルにまで板前スキルが成長しているのだ!!


 ジョニーはいつのまにか、この世界のあらゆる食用可能な生物にとって、最強にして、最恐の存在に成り果てていたのだ!!!!


※筋引き包丁:肉のブロックとかマグロを解体するのに使う大きめの包丁のこと


★★★


 真空波は優雅な弧を描いてあらゆる方向からプリウスに襲い掛かった。風の刃はまるで意志でも持っているかのように、プリウスを切り裂いていく。


 ドラゴンすら解体可能な「板前」スキルの前には、猛竜として名高いプリウスさえも、大きなニワトリでしかない。


 真空波の威力は、「板前」スキルに依存している。

 たちまちのうちにプリウスの筋肉質な肉体は骨ごと捌かれた。


 猛竜はその身に何があったのかもわからないうちに、サーロイン、ヒレ、肩、モモ、といった部位に分けられ、おいしそうなお肉になった。


 ジョニーが「食材と認識したもの」には実質即死めいた攻撃が可能だった。

 しかし調理したものは必ず食べなければならない。


 食べられるモノを作る。それが「板前」の誇りだからだ。


 野原を駆け巡って、ちょうど食べごろになったプリウスの霜降り肉。


 命の危険は去ったが、まだ彼には大きな問題がある。

 ジョニーの前にあるのは小山のような量の肉だ。


 これを何とかしなければならない。


「とりあえず……焼くかぁ……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る