ジョニーの昇格

 ジョニーが最後の客の器を下げた時、時間は既に夕方をまわっていた。

 彼はお客に笑顔と共にアイサツする。


「あざっしたー」


「ごちそうさま」


 若返って見た目が全然変わったので、どのおじーちゃんかまったくわからない冒険者にいわれた、何気ないその一言。


 この言葉を受けたそのとき、ジョニーの中に温かいものが生まれた。


 ついぞ「漆黒の黒」では聞いたことのない言葉だった。

 さげすまされても、感謝などなかった。

 

 漆黒の黒の育ちの悪い冒険者たちは、いただきますの一言もいえない。

 罵詈雑言というクソを吐く以外できない、排泄物を通過させるためだけの口からはおおよそでてこないであろう、「ごちそうさま」という言葉。


 なぜかジョニーは、涙を抑えることができなった。

 男泣きに泣いた。そしてドン引きされた。


「どどどど、どうしたんだい?!」

「なにか悪いこと、あ、ばーちゃんが洗い物しようかい?!」

「手伝ってあげるよ!」


 シキガミを放った時の悪鬼のようなドーマン、光の柱をキャッキャッいいながらぶちかましたサディスティックなサカキがかける優しい言葉で、ジョニーの涙腺がさらに緩んだ。


 ジョニーはこの「輝きの白」の人々が大好きになっていたのだ。


 すこししてようやく落ち着いたジョニーに、ギルドマスターのサカキは優しく話しかけた。どうやらなにか話があるようだった。


「聞いたよジョニー君、あの親子丼は、ミタケとトリの卵を取りに行ったついでに、トリニティドラゴンを倒して、その肉で作ったのじゃな」


「あっはい」


 サカキさんに返事をして、そこではっと気が付いた。

 俺は、俺は何てことをしてしまったのだろう!


 トリの卵を取りに行って、トリを〆てしまったら……もう卵が手に入らない!!

 きっとこれは叱られる!!


 ジョニーは次にくる言葉に身構えた。

 また追放されてしまうのかもしれない……短い間だったけど、仕方ないな。

 「漆黒の黒」を追放された時と違って、これは俺の純粋なミスだから。


 そう思うと何かあきらめもついた。

 しかし……。


「ありがとう、あのトリニティドラゴンには、皆が苦しめられていたのじゃ」


「ああ、これまでもウチ以外のいくつものギルドが討伐に挑戦したが……どうしようもできなかった」


「うむ……ヤツによって、街にあった大量の自動車が盗まれ――」


「自動車を?なぜトリニティドラゴンは自動車を?」


「それは後ろから……いやこれ以上はよそう」


「うむ」


「?」


「若いころのわし等なら、トリくらい、よゆーもよゆーじゃがのう……」


「何だかんだと先送りに先送りを重ねて、結局討伐出来ずじまいよ。ハハハ!」


「うむ、卵を取りに行って、これ以上増えないようにするのが精いっぱいでな」


「ええとつまり、トリニティドラゴンは……倒してよかったんですか?」


「ほほほ、倒しちゃいけないモンスターなんか、この世にいるもんかね」


「ああ、そういうのは『家畜』っていうんだぜジョニー」


「あ、なるほど、それもそうですねハハハ!」


「そうじゃ、ギルドマスターの権限で、お主を昇格させよう。なに、トリニティドラゴンを始末したのであれば、よそのギルドもとやかくいう事はできまいて」


「いっそもうA級冒険者にしてしまってはどうじゃ?」


「えぇー?!マッジかよぉ?!」


 声をあげたのは意外にもミタケだった。

 まあたしかに、いきなり連れてきた板前がの冒険者ランクがうなぎのぼりでは良い気がしないだろう。


「S級じゃだめなのかー?ケチケチすんなよーばーちゃん!」


 いや、逆だった。


「S級はそうそうなれるものではないのじゃ」


「うむ。そもそもS級冒険者と言うのはだな……」


 ごくりと生唾を飲み込む。一体どんな冒険者だというのか。


「ギルドを長年運営して、冒険者業界に貢献ありとされ、国のトップから勲章を受けた経歴のある冒険者だけがなれるのじゃ。S級冒険者と言うのは、天下り政治家なんかが名目上なるもんじゃ」


「うむ、警察官僚のトップなんかが天下りでギルドの顧問に着いたりして、長年予算をチューチューした結果なれるものだ。あんなもん寄生虫と同じだ」


「割と生臭い称号だった?!」


「というわけで、S級冒険者はクソムシの名誉称号なので、実質A級冒険者が冒険者としての最高位になるわけじゃな」


「ミタケさんは?」


「あいつは元々B級冒険者じゃったしの、ついでにA級にあげとくか」


「やったぜ!」


「あ、そうか。トリの卵取りに行くくらいだから、やっぱスゴ腕だったんすね」


「うむ、ミタケはトリの卵を取りに行くなら、スキル『暴食』の効果を受けられるからの、実質ミタケもA級だったようなものじゃ」


「はえー、やっぱミタケさんってすごいんだ」


「ほめて良いんだぜ!」


「うん、ミタケはオレの料理をいっぱい食ってくれるし、強いしでマジ頼りになるし最高だぜ!」


「なんかフツーに褒められると恥ずかしいな!!」


「ほっほ、ここに布団を敷くとしようかのう?」


「それはまだ早いんじゃねーかな?!」


「ま、まあそれはともかく、今後ともよろしくだぜ!」


「お、おう?」


 俺はなんか顔が赤くなっているミタケと握手を交わした。

 きっとキムチで火照ったせいだろう。


 こうして俺の「輝きの白」での初めての冒険は終わった。


 しかし、ワイナビ四天王を倒した事が切欠となり、大きな波乱を巻き起こす。

 この時のオレは、まだそれに一切気付いていなかった。

 

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