跨乗のマウントナイト

お前ら料理で戦えよ(

――――――――――――――――


 全身の穴と言う穴から血を吹き出し、イビルアイは息絶えた。


 その死体を乗り越えてジョニーの前に立ちはだかったのは、上半身だけがガチガチのプレートアーマーで、下半身が黒タイツという出で立ちの騎士。

 「跨乗こじょう」のマウントナイトだ。


 マウントナイトは自慢話の数だけはベテラン冒険者と言う男だ。

 それは彼が持つスキル「跨乗こじょう」が関係している。


 彼のスキル「跨乗こじょう」は自慢話やマウント行為をすることで、能力が上がるというスキルだ。マウントナイトが「俺はお前より強い」と言い張ると、本当に強くなるのだ。


 このスキルの力で、マウントナイトは「漆黒の黒」のエース冒険者となったのだ。

 しかし戦い方がはたから見ても不快極まりないので、どこのパーティーにも入れず、マウントナイトは基本ボッチであった。


 グツグツと煮える鍋を守るようにして立つジョニーに、彼は不敵に笑いかける。


「なンだ、鍋なんか後生大事に守りやがってッ!」


「そりゃ料理人だからな!」


★★★


 説明しよう!


 マウントナイトのするマウント行為とは何か?

 これは他人を支配することで、自分の立場をよくしようとする戦略だ。

 

 こういった行為は、サルのような動物でも行う。


 サルの群れは、ボスを頂点とした階級を持つ集団だ。食料の獲得もセックスも、階級上位の個体が優先されるし、上の命令に下のサルが従うのが群れの基本だ。


 この上下関係の仕組みはなんのためにあるのか?

 それは群れが攻撃を受けたときに、素早く反撃するためだ。


 他方、この仕組みは集団内でもめごとを起こしやすく、動物園のサル山でみられるようにしょっちゅう喧嘩が発生する。ボスの地位を争うに至っては苛烈を極め、死ぬものすら出るのが普通だ。ボス候補になった優秀な個体が死ぬこともままある。


 マウント行為とはこういったものだ。

 要は上に行きたいという気持ちの現れなのだ。


 もちろんこれは「漆黒の黒」でも同じことが言えた。

 マウントナイトはギルド内の最底辺で血みどろのマウントを繰り返し、今日の地位を手に入れたのだ。そう、わりとろくでもないのだ。


 さて、サル山や冒険者ギルドの中にかぎらず、人間の社会ならばどこでも、会社、SNS上でもこういった行為はみられる。


 マウント行為とは、こういった上昇志向、昇進を目指す争いだけではないのだ。


 いや、むしろ現代においては、底辺のほうが大規模で激しい争いが起きる。

 なぜなら階級のピラミッドは、下の方が広いからだ。


 なぜそんなことをするのだろう?

 それは「最下層」を確認するためだ。


 階層をめぐる争いというのは、上の方だけで起きるわけではない。


 最底辺にいるサルは、サル山という社会から「おこぼれ」をもらって、ようやく生きているという状態なのだ。もし深刻な冬がきて、たいした食料の獲得ができなくなれば、彼ら最底辺のサルは真っ先に餓死してしまう。


 そう、「最底辺」にいることの危険性は大きい。

 人は本能的にそれを理解しているのだ。


 現代の社会で、人が階級が原因で死ぬということは、

 しかしそれでも末端、最底辺にいることから生じる不安は少なくないのだ。


 なのでSNSやネット上、会社といった、個々の社会でも、人は自分よりも下の人間を作る。そのことによって精神的な安定を求めるのだ。


 他者にマウントすることで、「我こそは上位存在である」と人はアピールする。

 もしそれが周囲から「沈黙」といった消極的な肯定が帰ってきたとしても、その主張が受け入れられたと思い込むことで、安心感が湧き上がってくるのだ。


 これが高じていくと暴言、暴力を伴うようになり、炎上やネットリンチといった「いじめ」行為に変わっていくのだ。


 このマウント行為については、寿司屋で醤油差しを舐めただけで、関係のない人間が寄ってたかってたたきに来る行為を見ればわかるだろう。


 人は自身より確実な下位存在を見つけると、異常に凶暴になるのだ。

 そう、マウントナイトは我々の中にも存在するのかもしれない。

 

★★★


「板前のジョニーってどこの学校でたんだよ?」

「俺の知り合いは、ツジーン調理師学校でてたんだけど、お前は?」


 これはマウント行為の典型、「俺の知り合いはお前よりもスゴイ」だ!!

 コジキにもあるマウント行為、「虎の威を借る狐」である!


「俺が料理を学んだのは親父からだな。みっちり仕込まれたぜ」

「で、お前は冒険者になるために、どこを出たんだ?」


 ここでジョニーはマウントナイトの攻撃に対して、適切な反撃をくりだした。

 そう、「俺の知り合いはお前よりもスゴイ」戦術の弱点をついたのだ。


 ジョニーは別にマウントナイトがスゴイわけではないという点を貫いたのだ。


 冷静に考えれば、マウントナイトは別に料理学校を出ているわけではない。

 ただの知り合いを話に出して、なぜそれでマウントを取ろうと思ったのかは謎だ。いやそんな知り合いがそもそもいたのかも謎だ。


 そもそもこんなウザい事を繰り返す彼に、友達などいるはずがない。


 マウントナイトが「グッ」とうめくと、ひたいから鮮やかな赤色をした血を垂れた。

 ジョニーの反撃は、かなりのダメージが入ったようだった。


 おそらくマウントナイト自身は、冒険者になるためにとくに学校を出たわけではないのだろう。彼のコンプレックスを刺激したのだ。


 そもそもマウントに使う要素というものは、本人が大事、貴重とおもっているモノが持ち出されやすい。


 すなわち、攻撃がそのままマウントナイトの弱点にもなっているのだ。


「でも料理とか実際大したことしてねえンだろ?」

「レシピの通りにやるだけだろ?設計図通りに作ってるのとかわんねぇじゃン」


 彼はすっと話を変えた。


 都合の悪いことを聞かれると、論点をずらすのがマウントナイトのやり口だった。マウントを狙ったシュートがゴールポストをはずしたら、別のゴールポストを用意してやればいいのだ。


「レシピは先人の残した知恵だ。学校はそれを学ぶ場所だろ」

「お前も冒険者学校で先人の知恵、それを学んだんじゃないのか?」


「それにレシピは、あくまでも料理の基本。あとは経験でその場で対応するべきことが多い。設計図通り作ることなんかないぜ?」


 ジョニーによる議題の焼戻し攻撃がヒットした。

 マウントナイトのさらした浅い知識に対して、猛烈な痛打を与えた。


 マウントナイトの甲冑の下からどくどくと血が流れ、貧弱な下半身を包んでいる黒タイツがまだらに赤く染まった。


 正論パンチを受け続けたマウントナイトの肉体は限界に達していた。


 そういえば俺、板前から冒険者になったばかりなんだけど、「冒険者学校」ってどんな所があるの?実際どういう勉強するとか知りたいんだけど、もしよかったら教えてくんない?


 完全なトドメだった。

 マウントナイトはノー勉で冒険者業界に飛び込んだ身だった。


 冒険者学校がどこにあるのかも知らないし、名前もよく知らない。

 そこで何をやっているかなんて、さっぱりだった。


 ジョニーの謙虚で無垢な疑問は、彼の心の一番弱い部分を突き刺した。


 彼はプレートアーマーを弾き飛ばす勢いで、その上半身をトマトのように爆発させて吹き飛んだ。


「うぉっ汚ねぇ!」鍋の火加減を見ていたミタケの悲鳴が上がる。

 彼女がすんでのところでフタを締めたので、トマトスープにはならずに済んだ。


「なんか勝手に話しかけてきて、勝手に爆死したんだけど……?」


「そうはならんやろ」

「いや、なってるやろがい」


イビルアイが憤死し、マウントナイトが爆死したことで、「漆黒の黒」の御三家で残ったのは、「サコガリ師匠」一人となった。

 

「ホッホウ、さすがはマタミンとハーケンが恐れるだけはあるのう」

「口先だけでイビルアイとマウントナイトを始末するとはたいしたものじゃ」


「あいつらも口先だけでしか攻撃してこなかったけどね?」


「しかしあの二人は雑魚も雑魚、同じに見てもらっては困るのう」


 そう言ってサコガリ師匠はスナイパーライフルを向ける。

 あれ?こいつだけでよくね?とジョニーは思いながらも身構えるのであった。

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