漆黒の黒サイド


「ガハハハ!また一人追放してやったわ!!」


 豪華な調度品に満ちた部屋で、満足げに笑っている男が一人。

 「漆黒の黒」のギルドマスター、マタミンだ。


「まあ追放が国に禁止されたからって、抜け道はいくらでもあらぁな!!」


 そういって金ぴかのカップに赤いワインを注ぎ入れて、彼に勧めたのは、これまた邪悪そうな見た目をして、豪華な服を着た男だった。


 彼は同じく冒険者ギルド「ワイナビ」のギルドマスターをする、ハーケンと言う。


 ハーケンはワイナビに登録した冒険者を、適正も何も見ずにダンジョンに突っ込ませ、10回に1回は成功すればいいやの精神で、ギルドを運営している男だ。


 そんな雑なやり方にもかかわらず、なぜ「ワイナビ」に人が集まるのか?


 それはワイナビが、冒険者の最後の受け皿として機能しているからだ。


 チンピラ、半グレはもちろんのこと、ロリコン、性犯罪者、猟奇殺人鬼であっても、冒険者として受け入れる。


 当然のことながら、ワイナビが派遣する冒険者は町や村、至る所でムチャクチャな問題をおこしている。


 しかし冒険者にならなかった連中を野放しにしてる方がムチャクチャになるので、あえて放っておかれているのだ。


 人の皮で服を作るのが趣味の猟奇殺人者でも、盗賊退治の役には立つ。


 つまるところ「ワイナビ」とは政府にも認められた、異常者の廃棄場であった。


 そしてギルドマスターのハーケンは、ワイナビで得られたノウハウという名の脱法行為を、よそのギルドマスターに金で教えるというコンサルタント業もしている。


 ハーケンとマタミンは、そうした関係で知り合った。


「政府なんてのは頭が空っぽだからな。なーにが正社員登用よ、バカ言ってんじゃないってのよ、んなもんイチイチやってたら、ウチは商売にならんのよ」


  ハーケンの言葉にマタミンは激しく頷いた。


「お前さんの言う通り、試用期間ってのは良いシステムだ。実に良いシステムだ」


「3年間、給料を半額にしても法律違反にはならねえし、グダグダ言いだすやつは、こっちの都合でクビにできる!」


 グイッと飲み干したマタミンに、ハーケンが同意する。


「おう!なにが『追放禁止令』だ!!追放なしに冒険者ができるかってんだ!」


「「人件費削減バンザイ!」」


「よし、今日は飲むぞ!ハーケン、付き合え!」

「おう!」


 マタミンは部屋の棚から新しいボトルを取り出すと、それを二つのカップになみなみと注ぐ。そして悪党二人は手に持ったカップを打ち鳴らして乾杯すると、ぐいっとワインを口に含んだ――


「大変ですギルドマスター!!料理を出せとお客さんが爆発してます!!」


 二人はお互いにワインをブッーっと吹きかけて、上半身が真っ赤になった。


「なんでだ!!新しく料理人を雇っただろうが!!」


「とにかく来てください!!」


 悪徳ギルドマスターの二人は、建物の面積をケチるために垂直に近くなった階段、いやむしろハシゴを降りて、ギルド一階の受付とレストランを兼ねてなおかつ、鍛冶屋と売店を兼ねる……ようは何でもスペースにやって来た。


「おめぇ!トンカツもつくれねぇとか!それでも板前かよぉ!!」


「あっしは飯以外はつくらねぇ。そいうシャレたもんは、他所いってくんねぇ」


「あぁん?!」


 先日「を作れる板前募集」で雇った板前と、冒険者が言い争っていた。

 マタミンは(まったく、下らんことでグダグダと)そう思いつつ、二人の間に割って入った。


「ええぃ!一体なにがあった!!」


 怒気を込めた声を張り上げ、マタミンは板前に迫る。

 しかし板前は一切表情を崩さず、胸の前で偉そうに腕を組む始末だった。


「あっしは飯を作るってんで、ギルドの厨房に雇われたはずですぜ。トンカツを作る為じゃねえ。『飯盛りのハン』の名がすたりますぜ」


 マタミンがカウンターを見ると、ちょこんと飯、つまり白米だけが盛られた茶碗がそこにあった。


 そう!!『飯盛りのハン』はご飯の専門家、つまりおかずは作れないのだ!!


「お前ねぇ……確かに「飯」を作れるやつ募集っていったけど、こんな飯だけじゃぁどうしようもないでしょうが!!」


「こんな『飯』……聞き捨てならねぇ事をいいやしたね?!」


 ハンはドンッっと出刃包丁をカウンターに突き立てた。


 ご飯を炊くだけなら別に包丁は使わないはずだが……いったいどこから出てきたのであろうか?


 それはともかく、完全に板前の雰囲気に気圧されたマタミンは、下手にでるしかなかった。


「漬物とかこう、ノリとかせめて、こう……あるだろ?!」


「いいや、ご飯だけで食ってもらいやす。飯以外は作らねえ。」


 カウンターで言い争うマタミンと「飯盛りのハン」。

 彼らが言い争っているその光景を鋭く見つめる者があった。

 

「お二人さん、モメてるねぇ?」


 ハンとマタミンに話しかけたのは板前のようだった。


 擦り切れた白いエプロンを身に着け、包丁を左右の腰に付けたホルスターに入れたその姿。どうやら流れの板前のようだ。


「何だてめぇは!」意味不明な状況にいら立ち、八つ当たりをするマタミンの怒りを軽く受け流して、男は続けた。


「あっしも板前でしてね……『トンカツのカツ次郎』と言えば、ちっとは知られたもんです。ちょいとばかし、厨房に邪魔しても?」


 断りもなく、ズズズイッっと厨房に入って来るカツ次郎。

 しかしその腕前は確かだった。


 あっという間においしそうなトンカツを揚げると、冒険者の前に置いた。


「……これじゃあ困るよぉ!『キャベツの千切り』が無いじゃん!油ギットギトで、喰えたもんじゃぁ無いよ!!!!」


 マタミンは言われて気が付いた。皿の上にはトンカツしかのっていない。


 確かにこれではよろしくない。実際食うかどうかは別にしても、キャベツの千切りの無いトンカツというのは、いうなれば肉と油の正拳突きだ。


 そう、あまりにもパンチが強すぎる。


 せめてキャベツと言うクッションが皿の上には必要だ。キャベツに油を吸ってもらえば、実質トンカツのカロリーは「ゼロ」と偉い人も言っていた。


「カツ次郎さん!お客さんが怒ってんだから、はやくキャベツを出して!」


「キャベツは……切れねぇ」


「はぁ?!!キャベツってキャベツだよ?こう、もってダダダダー!って切っちゃえば、それだけでいいじゃん!!」


「キャベツは気持ち悪くてダメだ。昔ナメクジついてたのがトラウマで触れねえ」


「なにそれもぉーーーーー!!!!」


「だって葉っぱの裏にいたら嫌じゃん」


「もめてるねぇ?」


「あんたは?」


「あっしは、キャベツの千切りの、『千切りのセン』っていうケチな板前で」


 こうしてキャベツの千切りのセン、味噌汁のミソール、漬物のツケ子といった具合で、どんどんと板前が増えていった「漆黒の黒」の調理場は、あっという間に100人以上の板前がすし詰めとなり、人件費の高騰によりガタッと経営が傾いた。


 しかしこれはまだまだ序章に過ぎなかったのである。

 ジョニーを追放したことによって始まった異常事態は、この後もさらに続くことになる。

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