漆黒の黒が失ったもの


「なーんでこんな簡単な依頼で失敗してるんだカスどもは!」


「ただの大ネズミ退治だぞ?!あのハハッ!って笑って血濡れの棍棒で襲ってくる、ラットマンじゃないんだぞ!!」


 冒険者にタスクをまわしている冒険課長に対して、マタミンはぶーぶーと怒鳴り散らしていた。「漆黒の黒」では急激に依頼の成功率が下がり続けているのだ。


 板前のジョニーを追い出してからこれが起きているのだが、マタミンはすでに板前のジョニーのことなど忘れている。


 これは当たり前のことだ。マタミンに限らず、履歴書にのっている新卒の顔と名前など、顔のいい女以外、経営者の頭の中には入らないのが普通なのだ。


「ギルドマスター、依頼の失敗もそうですが……」


 冒険課長は七三分けのズラを持ちあげ、その中のつるっとした頭をハンカチで拭きながらマタミンにあまり告げたくない内容をさらに告げた。


「100人の板前のレストランも売り上げもよろしくありません」


「クソッ!!ワガママ言い放題のクセに、冒険者のクズ共は結局これだ!もういい!どうせ契約社員なんだから、日割りの給料だけ払って追い出せ!!」


「はぁ……」


 そう、「漆黒の黒」のレストランを利用するものが激減したのだ。


 利用するものが激減した理由は、料理に100人分の人件費が上乗せされて、通常の100倍の値段になっているせいもあるのだが、理由はもうひとつある。


 じつは「漆黒の黒」の冒険者は、ジョニーの料理を喰った後に、ステータスが上がっていることにちゃんと気付いていたのだ。しかしそれを冒険者たちはそういうもんと思い込み、とくに特別な事とは思ってなかった。


 しかし、いまの100人の板前の料理を食べてもバフはつかない。


 このことに冒険者たちは「マタミンが手抜きをした」と静かな怒りを覚え、ギルドのレストランの利用をやめた。つまりボイコットしたのだ!!!!


 なぜこんなことが起きたのか?


 マタミンは冒険者を採用する時は、狙って新卒を取っていた。ある程度世間を知っている者を中途採用すると、「漆黒の黒」の労働環境が最悪な事がバレるからだ。


 そしてギルドの運営管理をする側、いま話をしている冒険課長などの役職付きは、すべてマタミンの親戚や知り合いで固めていた。これはシンプルに、ギルドの会計の不正やマタミンの不祥事を揉み消すためだ。


 ちゅーちゅー利益を吸いあげるものは身内で固め、都合のいい世間知らずな新卒のみを採用して搾取する。マタミンが作った冒険者ギルド「漆黒の黒」は、新卒を搾取することで成り立っているビジネスなのだ。


 しかしこの行いがギルドに分断を生み、むしろ冒険者たちは「漆黒の黒」を支えるどころか、「いつかひっくり返してやろう」という暗い感情を抱いていたのだ!


 つまりこの「レストランを使用しない」というボイコット行為は、力無き彼らの、抵抗の意志の表れなのである!!


「クソ冒険者どもめ!!自分ではなにもできず、パクパクアホみたいに口をひらいて依頼がふってくるのを待つことしかできないくせに!!」


「声が大きいですぞマスター!!!うちのギルドハウスは裏金を隠すスペースの確保のため、建築基準法に違反して、壁の厚さは通常の半分以下なのですからな!」


「ムムム……」


「しかしどうしてこうなった?まるで急に冒険者共が弱くなったみたいじゃないか」


「うちのビジネスモデルは新卒をダンジョンにぶち込んで、生き残る奴だけを残して人件費が安いまま使いつぶすシステムだが、一人も生き残らなかったら破綻だ!」


「そうですな、Fラン冒険者どもは本来これくらいの生存率なのですが、なぜかうちは3年前から生存率が改善されたのです」


「ふむ……3年前というとアレか?」


「なんです?」


「3年前、ウチは風水の先生に従って、家を新しくしたのだ。うんそうだ。きっとそれで運勢が上向いたのかもしれん」


「なるほど、ではギルドハウスを風水に従って改築してみてはどうですか?ギルドマスターの家で効果が出るのなら、本部を改築すればより効果が出るのでは」


「うむ……きっとそれだ!!よし、いまから先生をお呼びする!!!!」


 そして「漆黒の黒」のギルドハウスは風水に従って手が加えられ、色々とよくわからない改築が施された。


 そう、匠の手によってギルドハウスが生まれ変わったのだ。


 階段はその全てに戸棚が着けられ、収納スペースとなった。


 ありとあらゆる空間が無駄なく収納スペースとなったことで、どこに何かあるのか誰にもわからなくなった。結果として事務の効率はガタ落ち、客から受けた依頼がそのまま放置されることが急増した。


 そしてつぎに冒険者が依頼を受けるカウンターも移設された。


 誰かが登っている時は全く使えない戸棚の階段を上った先、屋根をぶち破った屋上のロフトにカウンターが置かれた。


 もちろん、直射日光で夏はクソ暑く、冬は風がぶち当たってクソ寒い。梅雨には雨が屋内に滝のように降り注ぐ結果となった。これによって、わざわざギルドハウスに集まろうとする冒険者は、目に見えて減った。


 そして極めつけに、外壁はすべてガラス張りとなった。


 わざわざ快適性のないギルドハウスにたむろするのは、どこにも行き場のないやべー連中だけだ。死んだ魚のような眼をした冒険者が酔いつぶれてゲロをまき散らし、仲間と取っ組み合いのケンカをする姿が、この改築によって道路から丸見えとなった。


 冒険者からしてみれば「なんていうことをしてくれたのでしょう」と言った感じである。まさに悲劇的ビフォア・アフターであった。


もちろん、こんな異様な見た目のギルドハウスを持つ「漆黒の黒」に、履歴書を持ってこようとする新卒はいなくなった。来たとしても大体の新卒は、窓からギルドの中の様子をひと目見ただけで帰ってしまう。


 そして「漆黒の黒」の経営状態は、前年比マイナス400%という前人未到の領域に突き進もうとしていた。

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