<27・苛々>

 何でこう、計算違いのことばかり起きるのだろう。女神こと、エリオーネは心の底からうんざりさせられた。

 そもそもの誤算は、二千年前に魔族なんて存在が人間界に生まれてしまった時点で起きている。自分は上手に、“我々の種族に似ていて、かつ我々よりも力が劣る存在”という設定で人間達を作り上げたはずだった。エリオーネ達神と呼ばれる存在は、一人前になった証としてそれぞれからっぽの世界を与えられ、好きなように創造することが許されている。エリオーネもまた、齢千年を生きたところで修行を終えて一人前の神になったと認められ、世界の器を与えられて女神となったというわけだった。

 自分が好きなようにできる、自分のための、自分を褒め称えるための世界。せっかく神になったのだから、存分に承認欲求を満たせる世界を作りたいと思うことの何がいけないというのだろう。

 エリオーネは自分達の姿を真似た人類を作った。その本能に、女神への狂信を植え付けて、自分の言葉に本能的に従うように。

 そして潜在魔力も、頭脳も、身体能力も、美貌も。何一つ取っても、自分たち神に叶うことがないように。

 そんな人間達を好きなように作り、気に食わないと思ったら好きな時に滅ぼす。これぞ、神として生まれた者の唯一無二の楽しみと言えよう。――そう、だから驚いたのだ。魔族、なんてイレギュラーな存在が発生した時には。


――あんな奴ら、私の世界に絶対いてはいけないものよ。


 魔族たちは、エリオーネにとってはあまりにも危険な存在だった。ゆえに、その容姿を理由に人間達が迫害するように仕向けた。彼等は能力こそ高いが、それでも数は人間達よりも圧倒的に少ない。人間達が数の利に任せて攻撃すれば、彼らの手で滅ぼすことなど造作もないと思っていた。だが。

 彼等は魔界に魔族たちを封印するだけで、満足してしまった。

 皆殺しにしてやろうというほど非情になれなかったのである。エリオーネとしては、確実に連中を根絶やしにしてやりたかったのに。


――それでも、私がゴミ箱にした魔界に追いやってくれたんだもの。そのままきっと飢え死にするばかりだと思っていたのに。


 腹立たしいことに、魔族は生きながらえたばかりか、不毛の土地だった魔界の開拓を押し進めて種族としての数を増やした。しかも、時間をかけたとはいえ封印を魔界側から解いて、人間界に侵入するようになったのだ。このまま魔族が、人間界に住みつくようになっては冗談じゃない。魔界で生きているだけなら辛うじて見逃すこともできたが、人間界はエリオーネが作った“エリオーネのための理想の世界”なのだ。それを魔族のような、とんだ出来損ないどもに穢されてはたまったものではなかった。

 こうなっては、仕方ない。多少人間の数が減っても、魔族達を人間どもの手で滅ぼさなければなるまい。女神エリオーネが全力で力を行使すればいいと言われるかもしれないが、そもそも己の力は強すぎるのだ。せっかく作った世界を自分で壊してしまいかねない。何より、それは神々のルールに反するので“上”の神たちにこっぴどく叱られてしまうことになる。自分の身に直接危険が迫らない限り、直接誰かを殺したりというのが難しいのがエリオーネの立場なのである。

 だが、人間と魔族をうまく煽って敵対させたはいいが、人間達は想像以上にだらしなかった。王都近くまで魔族の進撃を許し、あわや世界征服されるあと一歩というところまで追い詰められたのである。こうなってはやむを得ない、と女神は近くの異世界に救援を求めることにした。知り合いの女神が支配する現代日本の人間を異世界転生させ、奴らにチートスキルを与えて人間達に加勢させることにしたのである。自分がその手の力を渡せる相手は、異世界人だけだった。まったく、人間界の奴らにそれができればこんな面倒な手続きなどしなくて良かったものを。――おかげで現代日本の人間を、うっかり申請した人数より多く殺してしまって、そのたびにその世界の女神とトラブル羽目になっているのだから。そもそも、別の世界の人間を連れてくるための手続きをするだけでものすごく時間がかかるというのに。


――前回の勇者どもはクソだったけど、今回の勇者どもは結構うまくやってくれていた。そう思ってたのに。


 勇者達の動向をいちいち見るということはしていない。単純に退屈だし、場所によっては見ることもできない場所もあるからだ。死ぬようなことがあれば召喚主である自分にすぐわかるし、ずっと監視する意味などないと思っていた。そう、だから。


「これは一体どういう状況なのかしら」


 エリオーネは、深くため息をついた。


「この次元の狭間に、魔族が侵入してくる可能性ならあると思っていました。それだけの科学技術をつけていることは知っていたしね。でも……何故、敵対するはずの魔王と勇者達が一緒にいるの?」


 さすがにこの状況は、計算違いとしか言いようがない。勇者パーティには徹底的に、魔族の極悪さを吹き込んできたはずだった。多少脚色はしたが、魔族側だってある程度人間を殺しているし、全てが嘘だったというわけでもない。まあ、魔族が魔界から生まれたというのは事実でなかったのは事実だが、二千年前魔族を迫害したのは他でもない人間達の意思。自分はほんの少しそれを誘導したに過ぎないのである。

 そして魔族も魔族で、散々人間に迫害されて憎悪を募らせてきたはずなのだ。今更人間と、そして異世界人たちと仲良くしようだなんて思うはずがない。思わないように、自分が駒を動かしてきたのだから。なのに。

 真っ暗な次元の狭間。エリオーネの前には、アダムバードとその腹心であるジョナサン、そして四人の勇者達がいる。まるで揃いも揃って自分達に刃向おうとでもしているように。


「私は、魔王と魔族を全て倒せと言ったはずです。それがこの世界の人々を救う唯一の方法で、そのために貴方たちを呼び出したと。それが、何故魔王たちと一緒に雁首揃えて私の前に?……私の祝福は、もういらないということですか?」


 金の髪を掻き上げ、エリオーネは言う。


「ねえ、ケンイチ、マリナ。貴方たちは、他にもスキルが欲しいのでしょう?そしてこの刺激的な世界に永住したいのでしょう?ナコ、貴女は元の世界に一刻も早く帰りたいはず。ユキト、貴方はそれにのみならず、強い自分になりたいと願っていたのでは?……私は皆さんの願いを、本当に叶えるつもりでしたよ。それなのに、皆さんは私を、人類を裏切って悪の側に染まると?いやはや、魔王アダムバード。さすがと言っておきましょうか、よく勇者達をうまく騙したものです。さすがは……」

「何が正義で何が悪なのかは、俺達が自分の眼で見て決めることだ」


 エリオーネの台詞を遮って、ケンイチが告げる。


「あんたの話と、魔族側の話はいくつも大きく矛盾している。どっちが正しいのか、どっちも証拠なんかない。……あんたが正しいっていうなら、自分の方が善であると証明してくれないか」


 まったく、無茶なことを言ってくれる。証拠なんて、過去の映像を記録しているわけでもなし――そもそも、魔族が大虐殺を起こしたとされるカバネの村の件だって、実際に魔族が手を下したわけでないことをエリオーネは知っている。それで、証拠をよこせなんてことを言われても。


「私は女神であり、その者は悪の魔王。それで充分では?」


 アダムバードを指さし、エリオーネは笑う。


「貴方たちの大好きなファンタジーゲームや、現代日本で大流行のライトノベルもみんなそうなのでしょう?私はただ、異世界で死んだ可哀想な貴方たちの魂を拾い上げ、この世界に転生させてあげただけ。チートスキルまで差し上げたのに、何が不満だというのです?悪に立ち向かう正義の味方、それでいいではありませんか。人間達もみんな、魔族が犯してきた悪逆非道を語って聞かせてくれたはず。それが真実でしょう?少し話ただけの魔王の言葉が、それらよりも重いとでも言うつもりかしら?」

「ケンイチは言ったはずよ、どっちも証拠なんかないって」


 追撃してきたのは、ナコ。


「物的証拠を示せなんて、無茶を言っている自覚はあるわ。でもね、証拠がないってことはつまり、それは猫箱に閉ざされた真実に他ならないの。箱の中には死んだ猫と生きた猫が同居している。箱の中が開けられない……証拠を示すことができないなら、箱の外にいる人間が二つの中の真実からどっちがより本当だと思うかを考えて決めるしかないのよ。箱の中には、あんたが言う通り魔族が悪逆非道で私達を騙しているという真実と、実はあんたが全ての黒幕で魔族をハメようとしている真実の両方がある。……私達は、後者が真実かもしれないと思える状況証拠ならいくつも見たわ。だから貴女にも期待しているの。前者を真実だと主張するなら、貴女もそれを示してくれるはずと」

「そんなもの……っ」

「たくさんの人がそう証言したでしょ、なんて言わないでね。魔族と人間が揉めていたのは二千年も前よ、当時魔族が何を言ってやったかなんて、人間側で覚えてる人間なんかいるわけない。伝聞の殆どは、“女神がそう言っていた”で終始したものばかり。あんたが自分の都合のように情報を吹き込んだ可能性が拭えない。それを証拠と言うのはあまりにも無理があるわ。……現代でもそう。魔族が明確に人間を、一方的に虐殺した証拠は見つかってないの。戦闘で双方に被害が出たことはあってもね」


 やはり、ナコ。他の勇者三人と比べると冷静で、頭が回るということらしい。

 残念ながら、論破できるような材料はエリオーネにはなかった。前の勇者達はただ“魔王は悪に決まっている”“こんな美しいメガミサマが自分達を騙すはずがない”で盲信してくれていた。今回の彼等も、元々はそうであったはずなのに。


「酷いわ……私の善意を踏みにじって、悪の言葉に踊らされるなんて。そんな魔王何かを信じるなんて。皆さんはもう、願いが叶わなくてもいいというのね?」


 情に訴えれば、男性陣は落ちるのではないか。しくしく嘘泣きして言ってはみるが。 


「僕達は、間違ってました」


 通じない。返ってきたのは想像以上に芯の強いユキトの声だ。


「願いは、誰かに……楽して叶えて貰うことじゃない。自分の力で努力して、それを対価に掴み取るから意味があるんだって。……強い自分になりたいなんて、貴女に願った時点で間違ってた。僕は、自分の力で強くなるべきだったんだ。自分の心で、道を選んで」


 そして、はっきりと断言される。


「女神様。貴女の言葉には信念がない。僕は……魔王アダムバードさんを、信じます!」

「……だ、そうですよ女神エリオーネ」


 ジョナサンが肩をすくめて言う。


「どうしますか。我々を全員殺して、全てなかったことにしますか?それとも」


 そして、その後ろの言葉を魔王アダムバードが引き継ぐ。たっぷりと、嘲りの笑みを浮かべて。


「我らを前に逃げ出すか?……嫉妬深く、臆病者の女神よ」

「なんですって……!?」


 どくん、と。心臓が大きく跳ねた、そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る