<2・分析>

 勇者達一人一人の能力も強力なのだが、一番厄介なのは彼等が四人でまとまって行動していることである。全員が全員の能力を補い合って戦う為、隙を作るのが難しいのだ。

 彼等の基本戦術は、まずナコが作戦を立て、待機している兵士達の周りに防壁を張る。

 次にケンイチがマリナを連れて、時間停止の力を発動させつつ敵のアジトやキャンプに潜入。時間停止の能力を解いた瞬間にマリナが寵愛の力を解放して敵をメロメロにして操り、同士討ちを狙うというものだ。万が一この状況下でケンイチとマリナが怪我をするようなことがあっても、最後の一人であるユキトがどんな怪我をも治してしまう。そうこうしているうちに、味方勢力は大混乱に陥り、次々と自滅の道を辿っていったというわけだ。

 一人一人の能力だけ見れば弱点も隙もないわけではないのだが、四人揃っていると厄介なのである。特に、ケンイチとマリナの能力を食らってしまうと、防ぐ手立てがほぼ皆無なのが問題だった。


「奴らを分断し、一人ずつ確固撃破するのが最も簡単ではある。だがしかし、今の状況ではそれも叶わん。奴らの結束を崩す方法があれば、といったところだが」


 もし、彼等が絶対の友情で結ばれた仲間なので無理です!と言われてしまったらどうにもならなかった。というか、話がそこで終わってしまって続かなくなってしまう。

 幸いにしてジョナサンは既に彼等のことを調べ尽くしていたようで、方法がないわけではありません、と告げた。


「彼等はクラスメートではありますが、関係性は対等ではありません。ケンイチとマリナは幼馴染で昔ながらの友人であり、この二人の関係を崩すのは少々手間がかかるでしょうが……ナコとユキトはそうではないのです」

「と、いうと?」

「そこまで仲良くなくても、一緒に見知らぬ異世界に飛ばされてきた元同じ世界の顔見知り同志。妙な結束感が生まれてしまうっていうのは、あるあるだと思いません?」

「あー……確かに」


 現代日本の常識が通じなさそうな世界。そんな中、同じ話題やら感性で通じ合える元現代日本人というだけで、結託したくなるのは頷ける話だ。

 要するに、彼等が一緒にいる最たる理由はそこなのだろう。写真だけ見ても、マリナとナコあたり趣味があうタイプのようには見えない。


「ナコは、彼らの学校でも有名人でした。学年トップの成績を取り続けていた才女だったようですね。クールで物静かな天才少女、という評価でしたが……少し調べてみたところ、実は学校の裏掲示板の常連でした。いやあ、現代日本というところにもインターネットが普及しているのは知ってましたけど……どこにでもあるんですね、●●ちゃんねる的な場所。ちらっと見ましたけど、ものすごい闇ですよ、ナコなんてクラスメートが頭悪すぎて同じ空気吸うのが辛いとまで書き込んでます」

「……何それ闇深すぎない?」


 ジョナサンの言葉に、思わず真顔でツッコミを入れてしまうアダムバード。なるほど、本当ならばケンイチ、マリナ、ユキトの三人と一緒にいるのは相当苦痛かもしれないということだろう。同じ元現代日本人だから、仕方なく生き残るために一緒にいる可能性が高そうということか。


「次に、ユキト。ぶっちゃけると、彼もまたケンイチ、マリナ、ナコと仲良しと言うわけではありませんね。地味な顔面のわりに妙に友達が多くて妙にカリスマっぽいものを発揮するケンイチにくっついて回ることで、いじめられポジションを回避してきた小物といった印象です。だからケンイチの指示には基本的に絶対服従なんですが……まあ、ケンイチとマリナには馬鹿にされてるし、大事にされてませんね。本当は攻撃のスキルを取りたかったのに、二人に命令されて回復スキルを選ぶ羽目になったんだとか」


 ああ、だからこのパーティ攻撃役がいないのか、と納得してしまった。

 そう、バランスが良いように見えて、このパーティは何故か補助役と回復役で全てが占められているという謎構成になっている。時間を止めるケンイチ、敵を洗脳するマリナ、防御のナコに回復のユキト。確かに自滅を狙うのがメイン戦法であり、時間停止があれば敵をいくらでもタコ殴りにできると考えるなら、絶対的な攻撃技はなくてもなんとかなってきたのかもしれないが。

 彼等の関係性を考えると、想像はつく。

 多分、ケンイチとマリナはとにかく自分の欲望に忠実なスキルを真っ先に取ったのだ。時間停止、なんてエロゲーが少しでも好きならちょっと使ってみたい能力だろうし、どんな男にも愛される能力なんて逆ハー展開に少しでも夢を見る女の子なら取ってみたいスキルだったに違いない。

 で、保守的なナコは己の身を守る為の防御力を優先。

 ユキトはひょっとしたら攻撃能力を選びたかったのかもしれないが――前二人に謀反を警戒されてか、回復能力を取れと命令されてそうなった、といったところだろうか。実際、作戦の性質上ユキトの回復が一番出番がなさそうである。

 言われてみれば、スキルがそのまま彼等の性格を示していると言えなくもなさそうだ。


「とすると、ケンイチとマリナ以外を引き離すのは難しくない、ということか?」


 アダムバードの言葉に、そうでもないかもしれません、とジョナサンは首を横に振った。


「ケンイチとマリナは幼馴染で、いわゆる両片思いの状態。本人達以外は互いの恋愛感情はバレバレってやつだったみたいです」

「なんだリア充か」

「でもって、マリナはややヤンデレ気質なところがあるそうでして。あの見た目で、相当嫉妬深いようですよ。ケンイチに近づく女を陰で全部排除していたようですね。やむなく一緒のパーティを組むことになったナコのことも警戒していて、ケンイチから一定距離以内には絶対近づかせないのだそうです」

「い、行き過ぎじゃないか!?ヤンデレ怖いな!!」

「ケンイチはそんなマリナにちょっとたじたじっとなりつつ、結局マリナの尻に敷かれている構図ですね。本当はマリナに対して不満もあるのでしょうが、結局逆らえてない図です。そう考えると、パーティのリーダーをしているのはケンイチに見えて、牛耳っているのはマリナなのかもしれません。この二人のそういった感情に火をつけて煽ってやれば、二人の関係を壊すのも不可能ではないのかも……」

「ふむ……」


 中学生の男女の人間関係、ちょっと怖くないか。現代日本の人間ってみんなこんなもんなのか、と魔王は思う。いや、自分もあの地球とか言うせかいについては調査にやった部下の報告と書物で読んだ程度の知識しかないので、何もかもわかっているとは言えないのだけれど。


「実は、我もあの世界の本をいくつか取り寄せて読んでみたのだ。奴らの習性を知る、大きなヒントになるのではないかと思ってな」


 アダムバードは手元の端末を操作し、物体転送システムを起動する。科学の力万歳、ボタン一つで私物を手元に取り寄せることもできるのだからありがたいことだ。それもこれも、二代目魔王がものすっごい科学者だったことが大きい。初代の魔王が魔法の技術を、二代目の魔王が科学の技術を大きく進化させてくれた立役者だった。結果数十人程度から始まった魔族の集落は、二千年でここまで進化して強大な種族となったのである。彼等には頭が上がらない。自分も何か彼等に比肩する成果を残さなければ、と常日頃思っているアダムバードである。


「これ、は?」


 ばらばらばら、とテーブルの上に落下したのは、小さな本の数々だった。それはいわゆる、現代日本でライトノベルと呼ばれる本の数々である。


「どうやら、あの世界の人間は非常に想像力が豊かであるらしい。異世界の存在など知らないのに、そういう世界が存在することを想定することは得意だったようだ。これらは、現代日本を生きる若者たちが事故にあって死亡し、神様によって異世界に転生させられ、チートスキルを貰って異世界で大活躍を見せるといった物語の数々である。転生人に少々都合が良すぎる世界観が多いのが癪だが、物語としてはなかなか面白いからお前達も暇つぶしで読んでみるといいぞ」


 アダムバードは落ちた本のうち一冊を手に取って皆に見せる。


「もしくは、異世界を生きる凡人が下剋上を成し遂げるという物語も人気がある。その両方の要素を兼ね備えた物語も大流行しているな。例えば勇者パーティの中から主人公が理不尽な理由で追放され、急成長を遂げた後自分をいらないといった仲間に復讐するという方向性は王道と言われているようだ。凡人が成り上がる、実はすごい才能を秘めていたのに仲間の眼が節穴でしたざまあみろ!的な話が奴ら的には大好評らしいぞ。闇だな!」

「や、闇ですね……」


 自分が見せた本のタイトルは、“パーティメンバーに本当の仲間ではないと言われて追放されたので、勇者をやめて成り上がってざまぁします!”というもの。復讐モノ、やり返してスッキリするもの、というものが好まれるのはわからないではない。

 わからないではないが、突き詰めて考えるとこう、彼らの心の闇を感じてしまうのも事実である。そんなに日頃の生活や周囲の人間関係に不満があるのだろうか。モンスターも戦争もない世界のはずなのに、常日頃からそんな高ストレス環境にあるのだとしたらそれはそれ、非常に気の毒としか言いようがないが。


「なるほど、だから結束を崩す、ということを思いついたわけですね」


 ふむ、とジョナサンが頷く。


「……人為的に、これと同じことを引き起こす、と?」

「その通りだ。我ら一人一人に、こやつらほど便利なチートスキルはない、が。単純な身体能力や科学力、魔法力ではこんな素人のガキどもに負ける要素など一切ないのだ。搦め手を使って奴らを瓦解させることも不可能ではあるまい?」


 聞いた限り、彼等の能力はともかく人間関係には非常に隙が多そうである。そこを突けば、逆転の目もあるだろう。


「これらの物語の中で、主人公は薄情な仲間に裏切られて勇者パーティを追放される。……これだけ流行しているならば、そういった物語の存在は奴ら四人も良く知っていることだろう。ならば、この中の一人を標的として、我らでそのシチュエーションを再現してやればいい。四人のうち一人を追放するように、残る三人を扇動する、もしくは洗脳するのだ」


 彼等が魔王軍を倒しにかかっているのは、この世界を守る為なんて高尚な目的のためではない。女神に、魔族を駆逐することに成功すれば願いをなんでも叶えてくれると言われているからだ。

 その願いが何であるのかは、既におおよそ調べがついているらしい。資料に追記してある。彼等の性格を鑑みても妥当なところだろう。なら、その願いを魔王軍が叶えると甘く囁けば、やり方次第で充分に乗ってくるのではないか。ましてやそいつが、勇者パーティを追放されて仲間に不信感MAXの状態なら尚更に。


「なるほど、名案です。……流行のライトノベル通りのことが起きた、と彼等に思わせればいい。誰も、魔王軍の手管であるとは考えない、ということですね?」

「その通り。作戦はジョナサン、お前に一任する。できるな?」

「御意に!」


 容姿端麗な参謀は、びしりと背筋を伸ばし、そして一礼した。

 絶望的な戦況に、少しだけ光が見えてきた。

 さあ勇者どもよ、震えて眠るがいい。偉大なる魔王軍、逆襲の時だ!

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