<9・計画>
どうやらアダムバードか、あるいはその側近に非常に優秀な部下がいると見える。自分の渡した情報を存分に活用してくれたようだ、とナコは胸を撫で下ろしていた。正直なところ、彼等にどれほどの能力があるのかは完全に未知数だったからである。今までケンイチとマリナの能力でゴリ押ししてきた面が強かったため、その結果として彼等が実際どれくらいの科学力や魔力、そして作戦立案力があるのかを図れる場面が殆どなかったのだ。
が、渡された作戦の内容は極めて妥当で、マトモなものだった。同時に、ナコの立場も鑑みてくれているのがうかがい知れる。――これならどのような結果になろうとも、ナコが“ガセネタを掴まされただけであって、ケンイチ達を裏切ったわけではない”という立場も守られることだろう。まあ、現状彼等はナコの作戦を盲信しているし、そう簡単に自分のスパイ行為を疑うことなどしないだろうが。
「……次の、アテナ基地を攻める作戦なんだけど」
出発前の作戦会議。ナコは何食わぬ顔で話を切り出す。
「次のアテナ基地という場所について、町の人に聞き込みをして回ったわ。意外にもあの建物って、元はお金持ちが持つ私物だったってことらしいわね」
「そうなのか?」
「ええ。元々は没落貴族の館で廃屋となっていたのを、オッド・モンドラゴラとかいうお金持ちの男の人が買い取って、家族と一緒に別荘にしてたみたい。……崖の上にあって海がよく見えるし、町としては市営のホテルにして観光地化したかったみたいだけど、その成金一家に無理やりお金で持っていかれちゃったみたいね。で、そのモンドラゴラ一家からさらに魔族が高いお金出して屋敷を買い取り、前線基地の一つとして改装したってことみたい」
「へえ」
ケンイチは少し意外そうに眼を見開いた。
「確かに、元々人間界にあった屋敷なんだから、別に持ち主がいてもおかしくないだろうが。……軍事力で略奪したんじゃなくて、金で買い取るってことをしたのか。そういう手段を魔王軍が取ってくるのも意外だし、それをあっさり売る輩がいたのも驚きだな」
「あら、言わなかったかしら?このシトロン基地も、元々はとある傭兵施設の持ち物だったのよ?それを魔王軍がお金出して買ったんですって」
「マジか」
そう。これはナコも情報を渡され、そして自分でも調べて知った意外な事実である。魔王軍は人間界にも侵略し、一時期はいくつもの町を占領下に置いていたのだが。そのやり方は、女神から聴いていたものとはだいぶ異なるものだったのだ。
まず、高いお金で領地や屋敷を買い取る。これが一番多い。魔族は魔界の荒涼とした土地のせいで万年食糧不足だという話だが、資金に関しては潤沢に持ち合わせていたらしい。というか、一時王都近くまで魔王軍の侵攻を許した背景には、魔王軍に与する人間も少なくなかったからというのがある。彼等は表立った侵攻を始めるだいぶ前から念入りな下準備をしていたらしい。恐らく、政府に内緒で魔族と商売を行っていた商人、町、企業が数多く存在していたのだろう。彼等はそれで得た利益や情報を使って、場合によっては町をまるごと買い取って自分達の占領下に置いたのだ。
また、これは自作自演の可能性もあるが――盗賊などに支配されて困っていた村々に、魔王軍が押しかけて賊を追い出すことにより、人々に恩を売って堂々と居座ったという事例もあるようだ。魔族がいなければ世界は平和になる、と思うほどナコは甘い考えの持ち主ではない。魔族よりあくどい行いをする人間の悪党などいくらでもいた、ということだろう。
――ゆえに。魔王軍が一番侵攻してきていた時でも、想像以上に人間の犠牲者って出てないのよね……。
このあたりのことは、アダムバードと接触した後にナコが自分で調べて初めて知ったことも多い。まったく、人から与えられた情報をほいほいと鵜呑みにしてはいけないということだ。女神が言っていた話がどれほど出まかせだらけだったのかわかるというものである。勿論、人間の犠牲者がゼロというわけではないので、“魔王軍は人間界に攻め込んできて人々を殺している”という話そのものはまったくの嘘ではないのだが――。
「モンドラゴラが強引に買い取ってしまったから頓挫したけど……ホテルにしようという計画はかなりのところまで進んでいたみたいでね。屋敷の図面は残っていたわ。今は砦としてかなり改装されてはいるでしょうけど、ざっと確認したかんじだと基本構造は変わってないと思うの。役に立つんじゃないかしら」
「流石ナコ、やるな!」
「……そうね」
ケンイチに褒められるのは悪い気はしない、が。その横でマリナが睨んでくるのが、少々恐ろしい。ここは面倒でも、マリナの機嫌を取っておくか。内心うんざりしたものの、ナコは口を開いた。
「ありがとう。でも私なんて大したものじゃないわ。だって情報を手に入れて作戦を立てることしかできないんだもの。いつもケンイチとマリナが二人で危険な場所に踏み込んでくれるからこそ、私も自由な作戦が立てられるの。二人こそがヒーローよ。本当に頼りにしているわ」
心にもないことを言いつつ、頑張って笑顔を作る。
「まるで運命共同体よね。とってもお似合いよ、二人とも」
「へ!?ちょ、ナコ!?」
「そ、そんなんじゃないわよ、私達は!」
ああ、なんとも分かりやすい。とっくに周囲には両想いなのがバレてるのだから、さっさと告白でもなんでもして付き合えばいいものを、と思う。マリナなんて特に、ちょっとケンイチが他の女を褒めるだけで嫉妬するくらいならさっさと自分のものにしてしまえばいいものを。思った通り、ナコが“二人の関係を応援している友人”である立場をアピールした途端、マリナの機嫌が分かりやすく上向いた。これは、あとでマリナ個人とも話をして、二人の関係を自分はサポートしたいのだということをしっかり伝えておくべきか。
今の状況で、二人揃って自分の明確な敵に回るのが一番まずいのである。彼等の信頼は、多少面倒であろうともしっかり勝ち取っておかねばなるまい。戦争をしている以上、できれば余計な私情など挟まずに作戦に邁進して欲しいものではあるけれど――平和ボケした世界の中学生の子供を相手に、常に緊張感を持てというのも難しい話なのはわかっている。
「話を戻すけれど」
いちゃいちゃするのは後にしてくれ。そんな感情をおくびにも出さず、ナコは続ける。
「二人とも、なるべく危険度のない作戦を選びたい、ということで合ってるわよね?怪我なんかしたくないでしょうし」
「も、もちろんよ!」
ひっくり返った声で同意したのはマリナである。
「もう二度とあんな痛いのごめんよ。あ、足があんなふうにおかしな方向に曲がって……も、もう二度と歩けなくなるんじゃないかと思ったんだから!」
「お前な。指吹っ飛んだのにお前かついで逃げたの誰だと思ってるんだよ」
「何よケンイチ!私の方が痛かったんだから!」
「ああ!?」
「……喧嘩はあとにしてくれないかしら。今は作戦会議中なんだから」
ああもう、何でこう自分が一番つらかったアピールをしたがるのだろう、この少女は。確かに撤退に失敗して吹き飛ばされ、大腿骨が折れる大怪我をしたのは気の毒だったが。指を吹き飛ばされたケンイチだって、相当苦しい思いをしたはずだというのに。
もう少し、そんな状態でも自分を担ぎ上げて逃げてくれた彼に感謝してもいいものを――ケンイチも、何で見た目だけのこんな女が好きなのだろう。こいつとくっついたら、毎日尻に敷かれて我儘言われ放題、いざという時には見捨てられるのが目に見えているというのに。
「そもそも、怪我人は最小限に抑えるべきなのは私も同意しているんだから。今は回復役がいないのわかってる?兵士の人達の中には回復魔法が使える人もいるけど、ユキトみたいに絶対的に治せるわけじゃない。後遺症が残りかねないような大きな怪我は全員ごめんなの、私もそれを前提にして作戦を立てると言っているわけ。わかる?」
その回復役を追い出したのは自分達なわけだが、とは心の中だけで。現状では、彼等はスパイを追い出して安全を確保したとしか思っていまい。実質、ユキトが無実だった可能性などまったく考慮していないし、回復役がいなくなった本当に危険性も理解してはいないのだろう。
取り返せない選択であればこそ、己が正しいことをしたはずだと信じたいのが人間というものだ。
自分が犯した過ちが、未来の自分の首を絞めたかもしれない。自分が悪かったかもしれないなんて、なかなか認められるものではないのだから。
「アテナ基地の構造は、おおまかに分かっている。……だからこそ、作戦を立てるのはそう難しいことじゃないわ」
真っ白な画用紙を取り出し、ナコは図を描きはじめる。絵はそんなに得意ではないが、こういうものはざっと概要が伝われば充分なのだ。
「アテナ基地は、こんなかんじで崖の上に屋敷が乗っかっている状態。崖の下は砂浜ね。急こう配だけど階段があるから、崖の上と下を上り下りすることは可能。砂浜は実質港としても使われていて、そこから魔王軍の船が出入りすることもあるみたい。……海側から艦隊で屋敷を撃たれたら面倒だから、船が出払っているタイミングで攻撃を仕掛ける必要があるわ」
「ふんふん、それで?」
「この階段を爆破してしまえば海側からの援軍が上がってくるのも防げる反面、こちらの退路もなくなる点には注意するべきね。……で、基本戦術はいつもの作戦で行くつもりだから……気を付けるべきは“いつ”“どこから”ケンイチとマリナが侵入して、どこから撤退するのが最も安全かということだわ。リスクが少ないルートを丁寧に探す必要があるわね」
で、提案なんだけど、とナコは続ける。
「地図をくれた人からの耳より情報に寄れば。……一階の窓に一か所、構造上の欠陥がある箇所があるんですって。もしもモンドラゴラか魔王軍がその欠陥に気づかずにそのままにしていたら……そこを簡単に壊して侵入して、脱出することが可能であるはずよ」
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