<8・指示>

 ひとまず、最初の段階はクリアされた。

 次に行うべきは、アテナ基地に向かって進軍してくるであろう連中を、いかに翻弄し打撃を加えるかということ。

 魔界と人間界を繋ぐ門には、自分達が結界を貼ることによって実質鍵をかけた状態となっている。その結界は、いくつかの基地に設置した装置によって維持されているのだが、先日シトロン基地が落ちたことで結界維持装置が残り二つとなってしまったという状況だ。

 残るアテナ基地、コザエム基地が落ちてしまうと、装置が全て破壊されて結界が無効化されてしまい、人間達が魔界へ乗り込んでくることになる。今の人間達は、魔族を魔界に追い返すだけでは飽きたらず、根絶やしにするまで進撃を続けることだろう。

 まあ、魔界は魔族のテリトリーであるし、人間達には少々きつい環境であるのも事実なので――そこまで人間どもが入ってきたら、返り討ちにもしやすくはなるのだろうが。

 それでもやはりネックなのは、勇者達の存在である。

 魔界でもケンイチとマリナの能力で好き勝手にされたらたまったものではない。そして、万が一また逆に人間側から結界を作られて人間界と行き来できなくなることがあっては、人間界の資源を手に入れることができず魔族たちが困窮してしまうこととなる。今の自分達は、人間界に出入りできなくなって魔界に閉じ込められるだけでも死活問題なのだ。二千年前に同じようにあちら側から封印を施された時は、封印を破れるようになるまでなんだかんだ千年もかかったのだから。

 ゆえに、アテナ基地、コザエム基地の二つはなんとしてでも死守しなければいけない。

 そして最悪魔界に人間の侵入を許すとしても、ごく少数、返り討ちできる人数まで絞らなければなるまい。


「幸いにして、ナコが我等に通じている。ナコを使って、我らに有利な作戦を指示させることが可能だ。今の連中にはユキトもいない。回復役がいなくなったことは、奴らが思っている以上に大きな痛手であるはずだ」


 アダムバードは、会議室の部下達を見回して言う。


「ナコがどこまで我らの指示通り動いてくれるかは定かではないが、監視用のステルスドローンも飛ばしているし裏切ったらすぐにわかるであろう。基地内の防犯カメラがまだ生きていることにも奴らは気づいていないようであるしな。人間界には、我らのようなテクノロジーはないし、そもそも大掛かりなコンピューターそのものが存在していないからハッキングなんてこともできるはずがない。……という前提の上で、次に我らが考えるべきは、ナコにどのような作戦を指示するべきか、ということ」

「まず、奴らがシトロン基地や、他の基地を落とした時の作戦をおさらいしましょう」


 部下の一人が端末を操作し、ホログラムで資料を表示する。


「基本彼等が動き出すのは夜です。夜の暗い時間に基地を包囲、その上で時間を止めることのできる能力者であるケンイチがマリナを連れて基地へと侵入。ケンイチの能力は、手を繋いでいる間はその相手にも連動するということのようですね」


 それは、既にナコからも得ている情報だ。彼女いわく、正確には能力発動時に体が触れていた相手は、そのまま離れない限り相手にも能力が持続するというものであるらしい。手を繋がずとも、服の裾を掴んでいるのでも恐らく問題ないだろうとのことだ。まあ、手を繋ぐのが一番ベターであるだろうが。


「彼等は基地の奥深く、当直で起きている人間などの前まで来たところで能力を解除。その人間をナコの能力で虜にした上で思いのまま操り、同士討ちを狙います。基地が混乱したところで混乱に乗じて脱出。そして二人が脱出したところで包囲していた人間の他の兵士達が基地に乗り込み、一気に外から袋叩きといったところでしょうか」

「そして、その包囲を抜けて味方陣営まで突撃しても、ナコが防壁を張っているため攻撃が届かない、と」

「そうなります。万が一怪我人が出た場合は、回復役だったユキトが全て治療する、というやり方ですね」

「なるほど」


 こうして確認してみると、彼らの能力は万能に見えていくつもの制約がありそうだというのがわかる。

 一つ。混乱に乗じて脱出しなければいけないあたり、ケンイチの時間停止能力は連続では使えない可能性が高い。あるいは、一人なら時間停止もできるが、マリナを連れていると負担が大きくて連続使用ができないというパターンだろうか。入り込むのに時間停止を使うのに、脱出に使わないのはそれくらいしか理由が思い至らない。

 二つ。わざわざ当直で起きている人間のいるところに姿を現すということは、起きている人間でなければマリナの絶対寵愛の力は効果がない可能性が高いだろう。そういえばナコは“マリナの能力はイケメンに逆ハーされたい願望から来ているから、男性にしか効果がない可能性が高いわ”とも語っていた。ならば、やるべきことは簡単だ。アテナ基地の当直担当を、男装した女性兵士に代えてやればいい。あるいは、このテの能力は視線を合わさないと効果がない&呪文を唱えないと効果がないパターンが多い。そのどちらかであると見て、耳を塞ぐか顔を見ないかの方法で対処が可能になってくるだろう。


――今までは、ケンイチの能力による侵入を防ぐ手立てがなかったために、どの作戦でも後手に回ってきたが。こうして見れば、いくつも打つ手はあると思って良さそうだな。


「奴らが昼に敵陣に切り込んできたケースもあったな?」


 アダムバードが尋ねると、部下は“そうですね”と頷いた。


「というか、序盤の作戦ではそうしていたはずです。基地の破壊に入る前……人間界の町を警備していた駐屯兵たちのキャンプを襲った時ですね。あの時は真昼間にも関わらず敵陣にケンイチとマリナが出現し、一気に複数の兵士がマリナの術にかかって同士討ちの餌食となりました」

「起きている人間が多い方が、マリナの術にかかる人間も多いということになる。一見その方が奴らにとっては有益に見えるが?」

「ええ。ですが、とあるキャンプを襲った時に、マリナとケンイチが撤退中負傷する事故を起こしています。一気に多数の兵士が大混乱に陥ったために、敵も味方もなく銃や魔法が暴発したからですね。確か、ケンイチは左手の指を何本か吹き飛ばされ、マリナは足の骨を折っていたように思います。その傷は、ユキトの力ですぐに回復させられたのですが……彼等を安全に撤退させるために人間の兵士がフォローに回り、そちらの兵士も何人か死亡者を出していたはずです」

「……それ以来、夜に侵入する作戦に切り替えた?」

「はい、そう我々は認識していますが」


 なるほど。最終的には圧勝だったとはいえ、ケンイチ達からするとその作戦は失敗と見なされるに等しい物だったようだ。仲間の兵士が数人亡くなったから、その死を悼んでのことか、それとも。


――まあ、十中八九、自分達が怪我して怖かったからだろうな。


『ケンイチとマリナは、実質この世界の人間達を守ろうなんてまったく思ってないわ。自分達を讃えるための、ゲームの中のモブキャラクターみたいな認識って印象ね。……この間の作戦だってそう。自分達を救い出すために、複数の人間の兵士が命を落としたのに……彼等の墓に花を添えることも感謝の言葉の一つも口にしなかったんだもの。ただただ、あの時の怪我は痛かった、もう絶対にあんな思いはしたくない、誰のせいでああなったんだと責任のなすりつけ合いをするばかり。しまいには、ユキトが回復役として助けに来れば、長く苦しまずに済んだんだとでも言いたげだったわね』


 滅茶苦茶がすぎる。

 味方を大事にしないだけではなく、誰がどう見ても後方支援役のヒーラーに最前線で救出しに来いなんて当たり散らすとは。実際、自分達がやり方をミスしてピンチになったようなものであろうに。

 そもそも最終的にその怪我が後遺症なく回復したのは、ユキトが能力を惜しみなく使ってくれたからではないのか。そこまで助けて貰っておきながらなんて言い草だろう。というか、そういう経緯があったはずなのに奴隷のようにこき使ったり、信憑性があるかどうかも怪しい噂に踊らされて彼をパーティから追放したりということをしたのか、連中は。


「……ただの子供だから、なんて言ったら。他の子供に失礼なレベルだな」


 もはや、呆れるしかない。

 怪我が怖かったのは分かる。怪我を治すことができたとしても、指が飛んだり足が折れたりという痛みや恐怖の記憶はしっかりと残るものだろうから。もう二度と、怪我をしかねないような作戦なんかやりたくないとゴネるのも理解できない話ではない。

 でも。

 それほどまでに痛みを恐れるのなら、他の者の痛みも同じだけ想像できて然るべきではないか。何故そうやって死んだ仲間のことを慮るほとができないのだろう。自分が撃たれる覚悟もないのに、人のことは平気で撃って回るなんてあまりにも道理が通らないことではないか。


「そう考えると。……ケンイチとマリナに危険が及びにくい作戦であればあるほど、彼らが喜んで実行する可能性が高いということになってくるな」

「と、思われます」

「ふむ」


 夜に作戦実行するようになったのは、起きている人間が少ない分安全にその場所から撤退できるというのが大きいだろう。

 裏を返せば、基地の隙が大きいタイミングとあれば、夜以外の作戦決行にも賛同する可能性があるということだ。


「アテナ基地の地図や内部構造について、奴らはどこまで調べがついていると見える?」


 アダムバードの言葉に、それについてですが、とジョナサンが手を挙げる。


「アテナ基地の建物と敷地は、元々はオッド・モンドラゴラという成金が持つ屋敷と庭でございました。モンドラゴラ一家は、その地域でも有名な強欲一家でございましたので……我々が屋敷と敷地をまるごと金で買い取った次第です。モンドラゴラが持っていた屋敷をそのまま基地として改修工事を行い、流用した形でございますね。その屋敷は元々は、没落した貴族が持っていたものでありまして、かつては観光地としてそれなりに人気を博していたようです。崖の上にありますゆえ海もよく見え、モンドラゴラが買い取る前はホテルとして流用する計画もあったとか」

「ということは、構造を知っている者は知っていると言うことか?」

「はい。ですが、町の資料として残っているのはあくまでモンドラゴラが買い取る前のことでございます。モンドラゴラは屋敷を買い取った後、独自に地下室を建築し、よその町へ繋がる秘密の地下通路も勝手に作っていたようですね。アテナ基地にもその通路や地下室は残っており、保管庫やシェルター、避難通路として活用されています。他にもモンドゴラが独自に作った仕掛けもいくつか……それらについては、公になっていなかったのではないかと。モンドラゴラ一家は屋敷を我々に売った翌年、家族そろって食中毒で亡くなっていますしね」

「あー……そういえばそうだったな」


 成金一家の考えることはよくわからない。何で、猛毒キノコで鍋パーティなんてしようとしたんだろう、とアダムバードは遠い目をする。ゆでれば毒が抜けて美味しく食べられる、という情報をどこかで仕入れて信じてしまったということらしい。一時期新聞でも取り上げられた大きなニュースになっていたので、自分もよく知っている。


「なるほど、使えるな」


 アダムバードは頷いた。


「よし、おおよその作戦概要を伝えよう。……ジョナサン、皆の者。代案や修正案があればどんどん伝えて欲しい。この作戦が成功するか否かで、我ら魔族の未来が大きく左右されると言っても過言ではないのだからな」

「御意に!」


 大体の方向性は決まった。

 あとは奴らが出発するよりも前に作戦を固め、ナコに指示を出すのみである。

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