<7・追放>
まさに魔王の名に相応しい、卑怯なやり方だと人間たちは罵るかもしれない。
だが、アダムバードから言わせてみれば。そもそもその世界に本来存在しないはずの異世界人を無理やり連れてきて戦わせている時点で、十二分に人間側も卑怯と言いたいところなのである。
そもそも連中と女神が二千年前に、難癖つけて魔族を魔界へ追い出さなければこの戦争は起きていない。自分達の行動全てを正当化するつもりはないが――自分達とて生き延びる権利はあるし、貫くべき正義はあるのである。
「許せよ、少年。これもまた戦争のやり方なのだ」
魔王と通じていた女性と、ユキトが話をしていたこと。それをナコに見られたこと。
加えて、ユキトがケンイチ達の不満を女性達に漏らしていた――などの噂がシトロン基地の兵士達と近くの町で広まったことで、あっけなく勇者パーティは分裂することとなった。
彼等は気づいていないようだが、シトロン基地の防犯カメラはまだ生きていて自分達に情報を送ってきているし、ステルスドローンも彼等の周囲で絶え間なく情報収集を続けている。科学力が圧倒していると、こういったものの存在自体が連中には思い至らないものなのだろう。勇者パーティの大混乱っぷりは、アダムバードの端末からも充分に確認することが可能なのだった。
『調子に乗ってるとは思ってたが、そこまでだったとはな』
アダムバードたちが見ているとはつゆ知らず。ケンイチはイライラとユキトの体を蹴り飛ばした。大量の買い物で疲弊していた小柄な少年はあっけなく蹴っ飛ばされ、基地の階段を転がり落ちる。
『し、知らない!僕は何も知らない、本当だよ!』
『嘘つくな!せっかく異世界転生して勇者になったってのに、自分の能力がちっとも活躍できないのが不満だったのか?それとも、俺がリーダーしているのが不満だってのか?あるいは最初から、俺らのことなんか仲間だと思ってなかったってわけだ!?』
『そ、そんなこと思ってない!思ってないよ!』
『まだしらばっくれるってのか!この裏切り者め、役立たずのお前を見捨てないでここまで助けてやってきたってのに……恩をアダで返しやがって!』
胸倉を掴まれて、唾を吐きかける勢いでケンイチに怒鳴られて。ユキトはただ、真っ青な顔で知らない知らないと繰り返すしかない。それを少々不憫そうな目で見つめるナコは何も言わず、すぐ傍に立つマリナは心底軽蔑したような眼でユキトを見ている。
全く、呆れた話だ。まさに現代日本のライトノベルをそのまま読んでいるかのような展開。何故、これが罠にハメられた結果だと誰も疑わないのか。彼等が内部崩壊を起こして、一番得をするのが誰かということにも気づかない。
くだらない意地やプライドではなく、長い目で戦況を見つめれば。多少疑惑があっても、真正面から糾弾することが悪手であることくらいわかりそうなものである。本当にスパイなのかどうかをしっかり監視して確かめる、あるいは敵の罠かどうかをきちんと見極める。――仮にもこの数か月間、勇者として一緒に戦ってきた仲間ではないか。クラスでも接点が薄かったであろうナコはともかく、ケンイチとマリナとユキトに至ってはそれよりも前から同じグループの友人同志であったはずなのに。
自分より格下だと思った人間が、自分より評価を受けるのが許せない。
あるいは、お荷物のくせにちやほやされるのが気に食わない。
所詮は戦争を知らない、平和ボケした世界で過ごしたただの中学生のコドモといったところか。本当に魔王を倒して世界を救い、女神に願いを叶えて欲しいと願うのであれば。敵が取ってきそうな戦術くらい予想して動けばいいものを。
――まあ、そういうのを全部ナコに丸投げしていたようだからな、連中は。
そしてそのナコが、既にこちらの側についている状態。冷静に、ケンイチを諌める人間も、ユキトを庇う人間もいない。それこそナコが情にほだされて約束を破りさえしない限りは。
『もういいわ、ケンイチ』
やがて、ずっと黙っていたマリナが言った。
『仲間を仲間とも思わない、その上でスパイ濃厚な奴をこのまま基地に置いておくなんてできるわけない。ちょっと話を聴いてたけど、自分はやってない知らないの一点張りでまともな反論もできないみたいだし?……裏切り者は殺すか追放するか、そのどっちかでしょ』
『こ、殺すって……!』
『私達も鬼じゃないわ。裏切り者だとしても、魔族ならともかく人殺しなんかしたくないもの。……だから、貴方に選ばせてあげるわ、ユキト。ここを自分で去るか、自分で死ぬか』
『!!』
鬼じゃない、とはよく言ったものだ。結局自分の手を汚したくないだけで、言っていることは“自分で死ね”なのだから。去ることを選んだところで、この世界に味方などいないユキトに行く宛てなどあるはずもない。回復スキルこそあれ、戦うための武器もなければ戦闘能力もないただの子供だ。このモンスターと魔族がうようよする世界で、生きていく方法などあるはずもないだろう。
ようするに、それはどっちを選んでも実質死。
見捨てることと、なんら変わりはないわけで。
『ぼ、僕裏切りなんかしてない!本当だよ、信じて!!』
パニックになったユキトはただただそう叫ぶしかない。実際彼自身は、何で一生懸命買い物に行って帰ってきたのに、感謝されるどころかこのような身に覚えのない糾弾をされるとは思ってもみなかったことだろう。
まともな反論、なんて。情報もなく、冷静さも欠いた状態で一体どうしてできるだろう。マリナだって自分が同じ立場なら、キーキーと喚くくらいしかできなかっただろうに。
ようするに結局、彼女も彼女で結論ありきで話しているだけなのだ。
人はいつだって真実ではなく、“自分に都合の良い真実”しか求めないイキモノである。元々嫌悪感を抱いていた相手であるユキトが裏切り者であり、そして追放できるというのなら自分にとっては都合がいい。だから、それ以外の真実など可能性さえ追わない。ケンイチと比べて冷静ですといった風を装いながら、結局彼女がやっているのはそういうことである。
『信じて欲しいなら証拠を見せてよ』
そして、あるはずもない物証を求めるという、無茶ぶりをする。
『それもできないのに、どうやってあんたを信じろっていうの?』
『で、でも、僕達は仲間で……っ』
『あんたなんか、私達の本当の仲間なんかじゃないわ!仲間を売って自分だけ生き残ろうとするような人間を、どうして仲間だなんて思えるっていうの?』
もう、答えは完全に決めつけている。相手の立場になって考える、想像するなんてこともしないまま。
『死ぬか、出て行くか、選んで頂戴!』
そんなことを言われたら、ユキトに選択肢など一つしかあるまい。再びケンイチに拳を振り上げられて、彼は悲鳴を上げながら――その場を飛び出していった。荷物も殆ど持たないままで。
――愚かだな、異世界人は。いや、人間みんな愚かといえば愚か、か。
その光景を見ていたのは、何も勇者達とアダムバードだけではない。彼等に今まで助けて貰ったはずの、現地の兵士達もその場に居合わせて会話を聴いていたはずだった。しかし明らかに落ち着けていないケンイチ達を諌めるでもなく、ひとまず話し合いをしようと言い出すでもなく、ただおろおろしているかユキトに疑心暗鬼の眼を向けるばかりであるとは。散々彼等に世話になっておきながら、なんという体たらくか。
まったく、本当の恩知らずは一体誰なのだと言いたい。
「ジョナサン、いるか?」
「は、ここに」
アダムバードが呼べば、優秀な参謀はすぐに姿を現し、自分の後ろに膝をついた。
「予定通り、勇者パーティは分裂。ユキトが連中から追放されたようだ。……計画を続行する。ユキトがどこかでモンスターにでも襲われる前に、保護してやれ。……ああ、ヘレンを助けに寄越すのが一番いいな。あいつに声をかけろ」
「仰せのままに」
ヘレン、というのは先ほどユキトに声をかけ、ハンカチを渡した女性だ。魔族の中でも見目がより人間に近く、特に角が生まれつき髪の毛に隠れてしまうくらい小さかったために今回の任務に採用された兵士である。そう、彼女も魔王軍の戦士の一人なので、モンスターを一人で討伐するくらい訳ないこと。ユキトをピンチから救うくらいはどうということもないだろう。
最初は林檎を押し売りする予定だったのが、彼女自身の判断で話の内容を変更した形だった。ある程度本人の判断で動いていいと言ってはいたが、それが思いがけない成果を生んだ形である。元より、心優しい女性だ。敵とはいえ、ユキトの環境に同情してしまったというのもあるのだろう。
自分達がそういう風に仕向けた、などとはユキトも全く思っていまい。そこで、自分に優しくしてくれた女性が助けに来てくれたなら、例えその人物が魔王軍の兵士であっても心動かされてしまうはずだ。卑怯と言いたければ言え、こちらも生き残るために必死なのである。使えるものは全て使うのみ。追放された勇者であるユキトをこちらに引きこむことができれば、絶対回復の力が手に入る上、さらにケンイチとマリナの情報も入手できるだろう。
――ユキトが女神に願ったことは……いじめられない強い自分になること、か。
ナコの願いと比べると少し複雑だが、それもこちらで叶えられない願いではない。ようは、彼にも自信をつけさせてやればいいのだから。
――さて、ここまでは順調……次に打つ手を考えるとするか。
残る勇者は、ケンイチとマリナのみ。
彼等を排除してしまえば、魔王軍の勝利はまさに目前である。
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