<3・作戦>
リーダーのケンイチ。能力名は絶対停止。
その幼馴染の少女マリナ。能力名は絶対寵愛。
参謀のナコ。能力名は絶対防御。
そして気弱な少年のユキト。能力名は絶対回復。
この中の誰を、“パーティから追放されてしまう可哀相な勇者”とするべきか?そして、一体どのような手を使って追放勇者を作り上げるか?
ジョナサンの意見を元に、魔王アダムバードは最もシンプルな方法を使うことにした。つまり、この中の一人に裏切らせるのである。
「つい先ほど、四人を調査していた部下から新しい報告が入りました。詳細なレポートを、アダムバード様の端末に送ってあります」
「うむ」
彼等が元々親しい友人同士だったというのならともかく、実際は元同じクラスメートというだけの他人も混じっている。ケンイチとマリナはそう簡単に互いを裏切らないだろうが、彼らの複雑な恋愛感情を利用すれば場合によっては可能かもしれない。そして、ナコとユキトに至ってはもとより他のメンバーに不満を募らせていてもおかしくないはずだ。彼等を繋ぎとめているのは、全員が同じ現代日本の出身であり顔見知り、ある程度面識があって信用ができるという一点に尽きるだろう。
ならば、突き崩すのはそう難しいことではあるまい。
「やはり、事前調査の情報は間違っていなかったようです。つい最近、ケンイチとマリナに酷く詰られているユキトの姿が目撃されていますね。ユキトは顔だけで言えば、弟系のショタっぽくて可愛い!と現地住民の女性達からそこそこ人気があるようで。ケンイチはそれが気に食わないようです。女性に声をかけられておどおどしていたのを、調子に乗っていると詰っていたようで」
「うわあ……なんともそれは不憫な」
「そんでもって、マリナもマリナで、おどおどしていて優柔不断なユキトのことを毛嫌いしている様子で。元より、ややスケベ気質なケンイチが女性たちにちやほやされるのを快く思っていなかった少女です。ユキトが女性に囲まれてデレデレしているのも、なんだか面白くないと言った様子で。というかあの年頃の少女にありがちですが、同年代の少年がちょっと下ネタを言うだけでも凄まじい嫌悪感を示したりするのですよね。多分そういう反応かと」
「下ネタどころか、女性に声かけられていただけだろ……流石に可哀想じゃないのか、それは」
なんだかこう、気の毒になってくる。臆病で、とにかくケンイチにくっついていくことでしかいじめっ子ポジションを回避できなかった少年としては、多少理不尽な責められ方をしても堂々と嫌と言うことができないのだろう。
「その彼等をどうにかナコが宥めたようですが……ナコもそのあと、現地でできた友人に、三人のことを愚痴っていたようですね。何でこんな奴らと一緒に魔王退治をしなければならないんだ、と」
「……相当ストレス溜まってるな、それは」
元より、ナコは自分以外の“頭の悪い”クラスメート達を見下していたフシのある少女である。今までは裏掲示板にそれを書き込むことでどうにかストレスを発散してきたのだろうが、あの世界ではそういうことも叶うまい。なんせ、現代日本で言うところの中世時代から戦前レベルの科学技術しかないような世界だ(と、いう認識で恐らく正しいと思われる。ちなみに今の魔界は、彼らが元いる世界よりも高い科学技術まで進化しているはずだ)。現代日本で当たり前にできていたことが、この世界ではできない。それだけでもストレスが溜まるのに充分だろう。特に、衛生面を非常に気にする思春期の少女であれば尚更に。
「やはり、ナコを裏切り者にするのが最も簡単そうだ」
アダムバードは、そう結論を下した。
「ナコ・ワタベの願いは、元の世界に帰ること。魔王を討伐し魔族を殲滅すれば元の世界に帰ることができる、そう女神に言われて嫌々魔王討伐に参加しているだけだ。そもそも彼女はケンイチやマリナと違って、異世界に過度な夢を見ていたわけでもなければ、頼まれても異世界転生チート無双なんてしたくなかったタイプだろう」
「まあ、そうですよね。努力で成績トップを維持してきたわけですから。苦難や試練があっても、自分の力で未来を切り開くことができる人間は、努力もしないで貰える能力に頼ろうなんて思いもしないでしょう。むしろ、そういう人間を見下してそうです」
「異世界ライフを楽しんでいるというのも、ケンイチとマリナの二人だけであるようだしな。……裏を返せば、我らの手で願いを叶えてやると囁けば、あっさりと仲間を裏切る可能性もあるのではないか?」
仲間に恩義や絆を感じているというのならともかく、見たところナコにそういった様子はない。むしろ、出来ることならさっさと別れたいというのが行動や言動の端々から透けている。ケンイチとマリナが、そんなナコの心境に気づいているかはだいぶ怪しいところだが。
「長年本当の自分を隠してきたナコだ。我らに寝返ったことろで、それを悟らせず味方を騙すくらいのことはできるだろう。ましてや、奴は他のメンバーの参謀ポジションだ。今まで奴らが魔族を蹴散らして来れたのは、ナコの作戦をケンイチとマリナが忠実にこなした上で、ナコが味方に被害が飛んでこないように防御に徹していたのが大きいだろうからな」
その上で、とアダムバードは続ける。
「追放される哀れな勇者は、ユキトだ。下地は奴ら自身が十分に作ってくれている様子だからな、問題あるまい」
「えっと……魔王様からお借りした本を参考にするならば、追放される勇者というのは大抵仲間に“お前の能力は役立たずだから”と言われてお荷物扱いされるか、あるいは何かの裏切りを疑われて追放されると言う方向ですよね?」
「そうだな。どっちも可能と言えば可能そうだ」
ユキトの回復能力はかなり重宝できる、はずなのだが。現状ケンイチ、マリナと比べると能力を行使する機会は非常に少ないと言えるだろう。ナコは能力を使わなくても参謀として作戦立案に一役買っているが、ユキトはそういう能力以外の面で貢献できている様子もない。まあ、ユキトの能力を生かすような作戦をナコが立てないというのもあるのだろうが――。
元々ユキトの存在をケンイチ、マリナが疎ましく考える土壌は揃っている。そして能力も現状、一番役立っていないと思われている可能性も充分にある。ならばこの状況でもし、ユキトに“魔王軍に寝返ろうとしている”とか、そんな不利益な噂が出たらケンイチはどう判断するか?
恐らく、ユキトを追放することを躊躇わないだろう。
自分のリーダーとしての気質をマリナ達に示すためにも、そして日頃溜まっているユキトへの鬱憤を晴らすためにも。あるいはマリナの方が、ユキトを追放しろと提案する可能性も充分にありうる。
「魔族の中には、変装が得意な者もいる。町に数名紛れ込ませて、噂を流させるくらいは充分できるだろう」
魔族は二本の角と赤い目が特徴で、それで人間と見分けることができるとされている。が、裏を返せばその二つを隠せばどうにか人間に紛れることもできるということ。角があるといっても、魔族の角の大きさはかなりの個人差がある。アダムバードのように、側頭部に大きく張り出した角を持っていれば誤魔化すことは難しいが、女性や子供ほど角が小さい傾向にあるし、成人男性であっても生まれつき角が小さい者は存在している。そういう者ならば、フードのついた服や髪型だけでも充分角を隠すことができるだろう。
目の色は、カラーコンタクトをつければそれで充分だ。――本当に人間との見た目の違いなど、その二つだけだというのに。何で二千年前に、たったそれだけの違いしかない魔族をバケモノ呼ばわりして、人間どもは自分達の世界から追い出そうなどとしたのか。それを言ったら最初にそれを扇動した女神に原因があると言えなくもないが、女神こそ人間ではない“神”だというのに、人間ではないからと決めつけて魔族を差別する意味がわからない。
このあたりのことは女神を問い詰めればわかるのだろうか――いや、今考えても詮無きことではあるが。
「噂を流した上で、ケンイチとマリナにある程度信頼を得ているであろうナコの力を借りるわけだ。彼女が、ユキトが魔族の人間と接触して金品を受け取っているのを見たとでも言えば……ケンイチとマリナも騙される可能性が高いのではないか?」
「なるほど、名案ですね」
問題は、とジョナサンが少し不安そうな顔をする。
「本当にナコが、我々の提案に乗ってくるのか、ということです。彼女が私達を信じて勇者達を裏切らなければ、こちらの作戦が筒抜けになるわけで……さらに戦況が悪化することが見込まれますが」
彼の心配は当然のこと。ゆえに、アダムバードは告げるのだ。
「無論だ。……ゆえにナコの説得は、我自らが行おうぞ」
***
無理やり拉致するような真似をしては、ナコの機嫌を損ねるのも明白である。
勇者サイドが優勢であり、かつ勝ち取ったシトロン基地で連中が体を休めている今こそが唯一無二の好機だろう。彼等は勇者達の活躍と大きな勝利を収めたことに相当湧いている。ようするに、調子に乗っているというわけだ。基地の見張りの警備兵さえ、仕事中に酒を食らって酔っぱらいまくっている始末。毎日宴会しており、まだ酒の飲めない未成年メンバー以外は酔いつぶれていることも少なくない状況だった。
この状態ならばはっきり言って、不意打ちで魔族が勇者サイドを襲っても基地を取り返せそうな気がしないでもないが――長い目で見るならば、ここで基地一つ取り返しても意味がない。勇者メンバーを取り逃がしてしまえば、また能力によるゴリ押しで同じことが繰り返されるのが目に見えているのだから。
ゆえの、搦め手。
芸者に変装した魔王軍の女に基地に侵入させ、彼女のポケットに手紙を忍ばせることに成功した。魔王直々の、招待状。彼女は絶対防御の力を持っている。仮に攻撃されたところで、能力を展開すれば誰も自分に傷などつけられないと知っているはずだ。加えて己の頭脳にも自信があって現在の境遇に不満があるともあれば、どういう思惑があるにせよ呼出しには応じるだろうと思っていた。
「……まさか、魔王様直々にお出ましになるとは思わなかったわ」
思った通り。クールな眼鏡の少女は、予定通りの時刻に一人で森の広場に現れた。魔王の方は一応周囲に手下を数名配備していたが、ナコは本当に約束通り一人で来たわけらしい。彼女を見張っていたり、警護しようとする仲間の気配は感じられない。――まあこれからしようとする話を鑑みるならば、彼女にとってもその判断で正解なわけだが。
「手紙に書いてあったことは、本当なの?私を仲間にしたい、なんて。私が女神様に選ばれた勇者の一人であるのを分かった上で言っているのよね?」
「無論だとも」
さて、ここからが腕のみせどころだ。赤いマントを昼返し、アダムバードは余裕たっぷりに笑って見せる。
「そして、その勇者の中でも意図して君を選んだのだ。我らにとって、君こそが最も味方にするべき存在だと認めたがゆえにな」
さあ、交渉を始めよう。
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