<4・交渉>

 ナコが非常にプライドが高い少女であるのは、事前調査から充分分かっていることである。彼女が今の仲間達に大きな不満を抱いていることも。

 ならば、こちら側にいてこそ自分は相応しい扱いを受けられるのだ、と彼女に思わせればそれでいい。こういったタイプの人間が最も求められるのは、己の能力に見合った正しい評価であるのだから。


「……思ったよりも話が通じそうね」


 君こそが最も味方にするべき存在――その言葉に、早々にナコは気持ちを動かされたらしい。能力があるとはいえ、それでもやや硬かった表情が確かに緩む瞬間をアダムバードは見た。


「一応、理由を尋ねてもいいかしら?自分で言うのもなんだけど、私の能力そのものは、他のメンバーと比べて地味なものだと思うけど?」

「地味?そんなことはないとも。君からそんな言葉が出るのは実に意外だ。謙虚な事だな」


 アダムバードは大袈裟に肩を竦めてみせる。


「確かに、君達の基本戦術はケンイチとマリナの能力に大きく依存していることは否定しない。ケンイチの時間停止能力で敵陣に侵入し、マリナの能力で同士討ちを狙う……実に効率的で、鮮やかな作戦だ。が、それを考えたのは他でもない、ナコ、君であろう?彼等はチートスキルこそ強力ではあるが、彼等だけではその強力な力を生かし切れなかったことだろう。二人セットで使うことで最大の威力を発揮する、そう気づいて作戦に生かしたのは他でもなく君の成果ではありまいか?」


 そう告げると、買い被りすぎよ、とナコは僅かに頬を染めて見せた。自分の見目は人間から見ると醜悪な方なのだと思っていたが、意外とそうでもないのだろうか。案外色仕掛けに使えなくもないのかもしれない(まあ、多分そういう機会は訪れないだろうが。いかんせん魔王としてとっくに顔が広く知れ渡っているのだから)。


「実に鮮やかだ。敵ながら我は、君を極めて高く評価しているのだ。そもそも彼等が安心して敵陣に切り込めるのも、君が後衛で味方を守ってくれているという安心感あってのことだろう」


 まんざらでもなさそうな少女。

 さあ、一気に畳みかけよう。


「何より。……女神に与えられたチートスキルは、日頃の努力で培ったものではないが。君の類まれなる知識、知恵、作戦立案能力は……君の血のにじむような努力であり、才能だろう。我々魔族は、人間よりもずっと実力至上主義であるぞ。そして、同じだけ努力を惜しまぬ者こそ評価する。ポンと与えられたスキルに胡坐を掻くことなく、努力を惜しまず、その力をいかんなく発揮する君を最も評価する点は、そこにあるのだ」

「…………!」


 ナコは驚いたように目を見開いた。そう、これこそが彼女が最も欲しかった言葉だろう。都合の良い世界に転移・転生させられ、そして都合よく与えられたチートスキルを褒め称えられるより。自分が努力で磨いてきたもの、元々持っていた才能を評価されることの方が彼女にとって間違いなく嬉しいことであるはずだ。

 だからこそ、彼女は元の世界に帰りたいと願っているのである。

 こんな異世界なんて、十四年間彼女が努力を積み重ねてきた、あるべき世界ではないのだから。


「君の作戦は素晴らしい。だからこそ、惜しいと思っている。……君の勇者仲間と、人間達は。本当に君の能力を正しく評価しているのか?感謝はするかもしれない、しかし……手柄の殆どを、派手な能力を持つケンイチとマリナに奪われてきたのではないか?そしてケンイチ達も、それが当たり前のようにふるまっている……違うか?その能力は断じて君のように、努力の積み重ねで得たものなどではないというのにな……」


 自分の力が、正しく評価されない。誰も己の本当の努力をわかってくれない。それが彼女にとって、どれほどの屈辱であったことか。


「……貴方なら、私を認めてくれると?」


 動揺したように、ナコは俯く。


「わ、私に……魔族が人間を殺す手伝いをしろというわけ?」

「君は大きな誤解をしているようだ。我々の目的は、魔族が人間世界で平穏無事に生きる権利を得ること。人間の虐殺ではない」

「で、でも」

「むしろ逆だ。人間こそが我と、魔族たちを皆殺しにしようとしている。君は女神に命じられたのではないか、魔王を倒せ、魔族を消せと。それはつまり、我らを殲滅しろということと同義だろう?」

「――っ」


 彼女も、現代日本を生きる中学生の少女だ。己の能力を認められる場所が欲しい反面、近代的理性は持ち合わせている。善意や、罪悪感。そういったものから完全に手を離すことなどできないはずだ。

 それでも魔王退治に加担しようと思った理由は二つだろう。

 一つは、そうしなければ元の世界に帰ることができない、魔王を退治さえすれば帰してくれる=願いを叶えてくれると女神が約束したから。

 そしてもう一つは、魔王と魔族を人間と見なさなかったから。よくあるファンタジーな小説やマンガと同じ理屈だ。人間を殺すのは罪として法律で裁かれるのに、モンスターや妖怪を殺すのは罪に問われない。化け物だから、人間ではないから、人間に仇なすから殺しても問題ない。そういった認識と思い込みで自分を誤魔化し、言い訳をして平然と生き物であるはずの彼等を殺すのだ。そのモンスターや妖怪にだって心があり、家族や恋人や仲間がいたかもしれないにも関わらず。

 自分達は、人間とは異なる見た目をしている。赤い目、二本の角、屈強な肉体。全体的に人間達よりも体が大きい傾向にあるのもまた事実。そして高い魔力と身体能力を持ち合わせている。ゆえに、人間ではなくバケモノ。殺しても構わない存在。人間達は己にそう言い聞かせ、自分達に刃を向けてきた。きっと女神や現地住人達は、同じことをこの異世界転生してきた少女達に告げたことだろう。


「女神は、我らのことをどこまで話したか?」


 恐らくは、都合の良い情報しか与えていないに違いない。


「我らの種族は、約二千年前に人間界で誕生した、ということは知っているか?」

「え?魔族は魔界から生まれて、魔界から人間界に侵略しようとしてきたのではないの?」

「……なるほど、そこから知らないか」


 思った通りだ。戸惑ったような声を出す少女に、アダムバードはため息をつく。ここまで来ると、いっそ憐れなほどだ。


「我らの先祖は人間界で生まれた。恐らく突然変異種のようなものあったのだろう。我らの先祖は、あくまで人間達から生まれたものであったのだから。ただ、生まれつき角があり、赤い目を持ち合わせていて、少しばかり人間より高い魔力があっただけのことにすぎぬ……。肌の色はやや人間より白いが、そもそも人間どもも髪の色や肌の色は多種多様に及ぶからそこは関係あるまい?」


 アダムバードは説明した。元々人間界で生まれた自分達であったが、たまたま角と赤い目と高い魔力を持っていたというだけで人間達から恐れられたと。先祖たちは人間として、普通に友好的に生きていくつもりだったのにそれを他の人間達に阻まれ、殺されそうになったのだと。

 そして、この世界の隣にあった魔界に逃げ込むことで生き延びたが、その魔界と言う場所は元々人間達から捨てられた場所であり、大きく荒廃していて資源が乏しかったこと。仕方なく、魔族たちは人間達の世界からわずかずつ物資を盗みながら開拓をし、どうにか魔界を生きていける場所へと変えていったということ。

 相変わらず過酷な環境の魔界だったが、二千年かけてどうにか魔族たちが暮らせる世界になり、魔族たちもその環境に適応していったこと。それでも食糧不足などは深刻で、どうしても人間界の資源が欲しくて交渉したが、人間達は魔族をモンスターと決め込んでいるので一切相手にしてくれなかったこと。むしろ毎回殺されそうになるばかりであること。

 やむなく宣戦布告し、人間界を手に入れて魔族が住める世界にしようと考えたこと――。


「わかるか?我らはそもそもは……人間なのだ。人間に差別され、魔界に追いやられただけにすぎぬ」


 自分達を人間、と呼ぶのは非常に癪だが。今だけはその名称を使わせて貰うことにする。

 そうすることによって彼女から、“魔族はモンスターだから殺しても人殺しにはならない”という大義名分を奪える。同時に、“人間こそが正義であるから魔族たちを殺すのは人間達を守るための善行である”、という名目も。


「そして、あくまで我と魔族の望みは、人間界で平和に暮らすことのみ。支配するという形を取るが、それはあくまで人間達が魔族に非友好的ならそうするしかないというだけのこと。人間どもが即座に降伏し、これ以上魔族を差別し傷つけないというのならば我々からもこれ以上の危害を加えるつもりはない。わかるか?魔族を人間界から追い出すばかりか、魔界に攻め込んできて根絶やしにしようとしているのは人間の方である。戦争を続け、犠牲を増やし続けているのもな」

「で、でも、でも……」

「お前がもし、本当の平和を望むのであれば。人間達に一刻も早く降伏させることこそ早道であろう?」


 嘘は、何一つ言っていない。人間達を憎む魔族も多いには多いが、それはそもそも人間達が魔族を迫害してきた歴史あってのこそ。

 その牙を収めるというのなら、こちらも相応に対応をする用意があるのだ。


「我々魔族は、人間達よりも遥かに科学技術が進化しているのだ。例えば……これを見るがいい」


 あと一押し。

 アダムバードは手元に端末を出現させると、キーを打ちこんで転送装置のスイッチを入れた。途端。彼女の足元にどさどさと落下するのは、いくつもの本である。

 そう、部下達に説明するのに用いた、現代日本のライトノベルだ。


「こ、これ……私達の世界の本!?」


 数冊の本を拾ったナコは驚きの声を上げた。日本語、日本で流行しているタイトル、日本人の作者。それだけで彼女は理解しただろう、自分達が彼女達の世界に物体を転送する技術を持っているということを。


「その通り。……我々は、既に世界の壁を超える技術を開発している。まだ全ての異世界を行き来することはできないが、君が元いた世界は我らの世界とほど近い場所にあるのでな……そこに、君を送り返してやることなど、我らなら造作もないのだ。それこそ、女神がするよりも簡単にできる」


 元の世界に帰るために、女神に加担するしかない――そんな理由をも、ここで奪う。


「加えて、我らから言わせて貰えば。そもそも我らを殲滅するというミッションをこなしたところで、果たして女神が約束通り君達を元の世界に帰してくれる保証もないと考えるがね。……おかしいとは思わなかったか?都合よく、クラスメート四人で異世界転生して、こんな世界に連れて来られて魔王退治をしてほしいなんて言われて。……まさか君はそれが、“たまたま事故で死んで、それがたまたま女神の眼に止まっただけ”なんてお気楽に考えてはいまい?」

「……っ」


 同じ疑念は、頭の隅にあったのだろう。だが、女神が自分達を“殺した”なんて、考えるのも恐ろしかったはずだ。元の世界に帰るためには、嫌でも女神に頼るしかなかったナコとしては。

 だが、それを他の存在から指摘され、さらに別の方法で世界に帰るやり方があるかもしれないと分かった今。女神を盲信する理由も、勇者の仲間でいる意味も彼女にはないはずである。たとえそれが、今まで敵対していた魔王であったとしても――。


「……貴方を、信じるとまだ決めたわけじゃないけど」


 明らかに動揺しつつも、彼女は絞り出すように言ったのだった。


「話だけは、聴いてあげるわ。……貴方は私に、何をしてほしいっていうの」


 それが既に、陥落の合図だとも気づかずに。

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