<11・乖離>
命を救われたって、それは一体どういうことなのか。もう完全にキャパオーバーの状態で、ユキトは脳みそがぐらぐら揺れるのを感じていた。
大蛇のモンスターに襲われて、誰かに助けられたような気がするのは事実だ。部下のヘレンという女性が誰のことなのかはわからないが、確かにあの黒い稲妻の呪文を唱えた声は若い女性のそれであったような気がする。パニクっていたので、聞き覚えのある声だったかどうかも判断できなかったが。
「な、なんで……?」
どうにか絞り出せたのはそれだけだった。魔王にとって、自分達勇者は敵であるはず。確かにユキトはパーティを追放されたが、だからといって彼等の味方についたわけでもない。攻撃力もないヒーラーが一人でふらふらしていたのだから、むしろ各個撃破の絶好のチャンスだったではないか。というか、何もしないでもモンスターに喰われて死にそうになっていたのだから、そのまま放置安定だったはずだというのに。
「……そうだな」
すると魔王アダムバードは、少し悩んだ後に告げた。
「お前を騙して恩を売ることも考えてはいたが。……やはり、我は嘘が好きではないのでな。このような形で人を愚弄するのもつかぬ、正直に話すことにしよう」
「正直に?何を……」
「我はお前がパーティを追放されるということをわかっていた。お前にハンカチを渡したあの女こそ、お前を助けた部下のヘレンよ。彼女が我の仲間であり、あの町に人間のフリをして潜んでいた魔族であるのは事実。お前の仲間が目撃しているのを承知で、ヘレンに我への連絡を取らせた。それでお前がスパイ疑惑をかけられるだろうことを見越した上でな」
そんな、と。ユキトは目の前が暗くなるのを感じる。あの女性から貰ったハンカチは、まだポケットに入ったままとなっていた。買い物直後にそのまま追い出されたために、ポケットには残金が少なくなった財布と(結局立て替えたはずのお金も返して貰えていないのだ)、あの女性がくれたハンカチ以外の何も持ってない状態だったのである。はっきり言って、ヘレンという女性が助けてくれなければ、自分は確実に命を落としていたことだろう。
人の視線から逃げたくて森に入った時点で、モンスターに襲われるかもしれないという想定ができていないのだから、まったく馬鹿だとしか言いようがない。そう、その点は弁解の余地もないが。
唯一赤の他人である自分に優しくしてくれたあの人が、魔王のスパイと確定したのだ。今は、追放された事実以上にそちらがショックだった。
「そういう行為に及んだ理由は、言うまでもなく分かっているだろう。お前達勇者四人が結託した状態では、我々魔族に勝ち目がなかったからだ。ゆえに、元々あの町に人間に変装して潜んでいた部下を使い、お前に近づいたのだ」
呆然とするユキトに、魔王アダムバードは続ける。
「だが、予定ではヘレンは、林檎をお前に押し売りして絡むはずだった。が、ヘレンは独断で対応を変えた。お前を慰めたのもハンカチを差し出したのも我の指示ではなく、ヘレンが自分で考えてしたことだぞ」
「え?」
「よほど、お前が気の毒に見えたのだろう。……同じ世界から転生してきた仲間同士、本来ならば強い絆で結ばれていてもおかしくはないはずなのに……パーティで一番小柄で、非力であろうお前が奴隷のように大荷物を持ってこき使われている。あまりにも残酷で、同情してしまったと言っていた。……奴がお前にかけた言葉は、演技ではない」
演技では、ない。その一言で、ユキトはますます混乱してしまう。
「でも、あのヘレンさんは……僕がパーティを追い出されるのが分かっていて、スパイであることをナコさんに見せたんでしょ?」
「そうだな」
「だったら、やっぱり……」
「では訊くが」
言い募ろうとしたところで、ばっさりとアダムバードに切られてしまう。
「追放されなかったら、お前は今頃どうしていたのだろうな。確かに、モンスターに襲われるような危険はなかったかもしれぬが。……ケンイチ達のような横暴で仲間を仲間とも思わない奴らの傍で、女神に願いを叶えて貰えるまでずっと奴隷のようにコキ使われている方が良かったか?……奴らは人を殺すのは躊躇わない癖に、自分が傷を負うのは酷く臆病であろう。そんな奴らがいつか、お前を捨て駒にして逃げない保障がどこにある?」
「……っ」
まさに、その通りだったのは間違いない。モンスターに襲われて死ぬかと思ったのは確かだが、それもパニクって森に逃げ込んだ自分の自業自得と言えばその通りなわけで。
そして、実際彼等の傍にいてどこまで安全が保障されたのかということも怪しいのは事実で。
「ヘレンは、あのままお前が仲間の元にいて幸せでいられるようには見えなかった、と我に語った。我もそう思う。……我が、お前が追放されるように仕向けたのは魔王軍の勝利のためなのは確かだが……お前を我らの味方に引き入れようという魂胆があったのも事実だ」
「え……」
「我にとって、我の部下はまさに我の所有する武器であり、盾であり、砦であり、大切な駒である。だからこそ、けして見捨てない。我のモノである以上、徹底的に磨いて強く育て上げるのが信条よ。……そして我らのことを理解しようとしてくれるならば、人間とて差別せず仲間に迎え入れる用意があるぞ」
話を聴けば聴くほど、どんどん新しい情報が増えてますます混乱してしまう。金髪赤眼の魔王は、じっとユキトの顔を見つめる。その瞳は、嘘をついているようには到底見えなかった。まさか本当に、自分を仲間に引きこもうなんて思っているのだろうか。仲間達からも役立たずの能力と言われ、スキル以外ではまったく力になれる要素のない、度胸もなければ頭脳や運動神経もない自分を?
本気でそんなことを考えているというのか。確かに、こうして傷の手当をしてベッドに寝かせて貰ってはいるが。
――い、いや……!だ、騙されるべきじゃない!
簡単に信じることなど、できるはずがなかった。いや、仮に本気で自分を仲間にしようとしているのだとしても。だからといって、魔族そのものがユキトにとっても仲間になるに値する存在かどうかは完全に別問題なわけで。
――た、確かにあのままケンイチたちと一緒にいてもパシリ扱いだったかもしれないけど、でも!だからって部下を使って僕を追い出させた黒幕なのは違いない……そういうことをやるような奴を信じられるのか!?
そうだ、女神だって魔族は残酷で、人間を皆殺しにして人間界を支配しようとしていると言っていたではないか。
そもそもここで自分が魔族の味方になってしまったら、願いはどうなる。どうやって元の世界に帰り、理想の自分を手に入れるというのか。
「……ま、魔族は」
だが、それをストレートに伝えられるほどユキトは勇敢な性格ではなかった。目の前には得体の知れない、そして強大な力を持つ魔族の長がいるのだ。どうして真正面から啖呵を切って魔族を否定するようなことが言えるだろうか。
「魔族は、に、人間のことをゴミだとしか思ってないって。皆殺しにするつもりだって、聞いたぞ。ぼ、僕のことだけ例外だなんて言われても、信じられるはずが」
「お前のことだけ例外とは言っていないし、そもそも人間全てを皆殺しにするなど誰も宣言していないのだがな」
意外にも、相手は怒らなかった。はあ、と深くため息をついて魔王は言う。
「そもそも我々は元々人間界に住んでいた種族であるぞ?それが、人間とは違う醜い容姿と魔力だと蔑まれ、二千年前に魔界に追い出されたから戻って来ようとしているだけだ。魔界は人間界と比べて、やはり資源が乏しく魔族が生きていくには足らぬところが多い。人間界で起きている多くの環境問題も、魔族なればその高い科学技術と魔力で解決できよう。我々を受け入れてれくれるのであれば、人間どもを皆殺しになどするつもりはない。どちらかといえば、人間どもが我らを拒み、殺そうとしているのではないか」
え、とユキトは今度こそ困惑する。女神に聴いていたのと、だいぶ話が違うような。魔族は人間界に侵略し、皆殺しにするつもりであると。強欲なので、魔界では飽き足らず人間界の全てを手に入れなければ満足できない、残酷で欲深な連中であると。女神も、人間界の住民たちもそう話していたはずだ。あまりにも認識にズレがあるのは気のせいだろうか。そもそも、魔族がもともと人間界にいて追い出されたというのが初耳である。
――い、いや。勿論そうだとしても、魔族が人間達を虐げていたから魔界に追い出されて封印されたって可能性もあるんだけど……。
しかし、人間とは違う醜い容姿、とは?
思わずユキトはまじまじと魔王アダムバードの姿を見てしまった。角も生えているし、瞳はルビーのように赤い。肌の色も、この世界の人間達とくらべて白っぽいのは事実だ。だが。
「……なんだ、我の顔をまじまじと見て」
「あ、いやその……」
思わず、正直に答えてしまった。
「ニンゲンとは違う、醜い容姿ってのがよくわからなくて。どちらかというと、人間離れした美貌なんじゃないかと……」
同性であろう魔王に対してどうこう思うことはないが。それでも顔立ちの美醜はわかる。彼の顔立ちが、仲間であるケンイチや美少女の部類に入るであろうマリナやナコ、それから多くの現地住民たちと比較しても桁違いに美しい類であろうということは。
というか、自分を助けてくれたというヘレンという女性。彼女も今思い出してみれば、相当美しい容姿の持ち主であった気がする。目の色をカラコンで変えて角を隠していたとしても、元の顔立ちは変わらないはずだ。
「え」
そして、ユキトの言葉にきょとんとしたのは魔王の方も同じだった。自分の顔を指さし、我の顔は美しいのか?と真顔で言う。
「いや……てっきり人間の眼から見て、魔族……特に我などは格段に醜い姿であると認識されるとばかり思っていたが……そうではないのか?だから先祖ともども差別されたのだと思ったが?」
「そ、それはないと思うけど……というか、女神様と同じ赤い目でとっても綺麗だとしか。ていうか、見た目じゃなくて何か他に悪い事でもしたんじゃないの、二千年前の魔族って」
「二千年前の魔族と呼ばれる存在は、数十人にも満たない少数であったのだぞ。あくどいことをしたという記録もないし、そのような事が出来るほどの力があったとも思えぬが?そもそも、本気で悪行を成したならば、殺さずに魔界に追放したというのも不思議だと思わんか?」
「う、うーん?」
言われてみれば、そうかもしれない。おかしい、なんだか魔王と話していたら、謎が解けるどころか増えてしまったような気しかしないのだが。
「……まあ、我らの見た目はどうでもいい。どうせ、女神からも現地の人間どもからも、あることないこといろいろ吹き込まれていて何が真実かなどわからないのであろう?しばらくこの屋敷で過ごし、自分がどうするべきかを考えるがいい」
やがて魔王は椅子から立ち上がり、ユキトにそう言い残して立ち去ったのだった。
「ただしこれだけは言っておく。我らには、お前の願いを叶える用意があり……そしてお前は、この世界で他に行くアテなどない。努々忘れるでないぞ」
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