<26・女神>

「今まで、女神がこの世界に現れた時のデータと、それから本人が言った発言をまとめていてわかったことがあります」


 資料のまとめが終わったらしいジョナサンが会議室に入ってきて、開口一番に言ったのはそれであった。


「まず一つ。女神の目撃例ですが、全て人間界のものです。魔界で姿を現したことは一度もありません」

「一度も?」

「はい、一度も。彼女が現れたのは人間界と、彼女の支配領域と思われる次元の狭間のみです」

「次元の狭間ってあれか、俺らが異世界転生の説明を受けた真っ暗闇の空間か」

「はい、多分それかと」


 ケンイチの言葉に、マリナやユキト、ナコも頷いている。ということは、彼等はその次元の狭間とやらを見たことがあるらしい。アダムバードは自分の端末でメモを取る。

 女神は人間界にしか、現れたことはない。

 だが、アダムバード自身の記憶に間違いなければ、魔界を作ったのものそもそも女神だったのではないだろうか。本人が昔、そのような発言をしていたという記録が残っていたはずだが。


「女神は魔界の創造主でもあったはずだが、魔界には来られないわけか?」


 アダムバードが疑問を口にすると、わかりません、とジョナサンは首を横に振った。


「あるいは、極端に来たくないということなのかも。そもそも、この世界の伝説によれば……そもそも人間界と魔界は一つの世界だったということになっています。しかし、女神が理想郷を作っていく過程で、いくつもの“要らないモノ”や“あってはならない闇”が大量発生して……それらを捨てる場所を作るために、世界の一部を切り離した。それが、魔界となった。女神が人間界における不要物をその魔界に流し込んでいくことにより、人間界を浄化させていった結果……人間界には清らかな人間のみが残り、魔界とされた世界はどんどん汚染されて荒廃していったと」

「ああ、そういえばそういう話だったか……」

「はい。ゆえに、魔界は女神にとっては大気や土壌の汚染度が強く、長居したくない場所なのかもしれません」


 なんとも迷惑な話である。そりゃ、魔界が不毛の土地にもなろうというものだ。

 二千年前、この魔界に追いやられた魔族たちは全力で開拓を試みたが――それがうまくいかず、未だに植物が育つ土地は僅か一部のみときている。何故、生き物が誰もいなかったはずの土地が汚染されきっていたのか?それは、土壌にしみこんだ毒素――それが元になった魔力のせいだとされている。裏を返せばその魔力を除去できれば土地を綺麗にして、植物が育つようなものに変えることもできるわけだが。いかんせん、土壌深くまでしみこんでいるその魔力の量が膨大すぎたのだ。女神が不要物を捨てるために、長年土壌に魔力を放出してきたのだと考えれば納得のいく話ではある。実際、数値で見ても土壌に染み込んだ魔力と観測されている女神の魔力は一致している。

 そんなゴミ箱代わりにしてきた土地に、魔族を追いやって見捨てるなんて。人間達の方は魔界の実情を知らなかったのかもしれないが、女神は間違いなく確信犯である。どれだけ魔族が嫌いだったんだ、と考えずにはいられない。


「もう一つ。女神が次元の壁を越えて、別の世界に影響を与える力を持っていることもわかっています。公になったのは今回が初めてですが、実は以前にも現代日本から勇者とやらを異世界転生させてきたことがあったこともわかっていますね」


 ただし、とジョナサンは渋い顔になる。


「それらの勇者達は、女神的には“まったく役に立たないまま死んでしまった”ということだったらしいです。本人が、とある村の村人に愚痴っていたそうで」

「いや、自分で選んで呼んできた勇者だろう。愚痴るなよ……」

「本人は、異世界転生に積極的そうな人間という指針でしか勇者を選んでいないようです。それ以外の要素は完全にランダムだと。で、手っ取り早く殺すために異世界の人間を少しばかり操って交通事故を起こすので、それに巻き込まれて呼ぶ予定ではない人間を呼んでしまうこともあるそうで。……前の勇者も三人ばかり呼んで魔王との戦力にしようとしたそうですが、最初の森で三人とも死んでしまったのだとか。何でも、異世界チートしようとする一人が暴走して、運悪く呼ばれてしまった二人と揉めに揉め、魔王と戦うどころか最初の町に辿りつく前に同士討ちで死んだとかなんとか……」

「……おい」

「で、現代日本の人間はなんて根性がないんだろうとか、協調性がゼロで困るとか嘆いていた、と」

「おーい?」


 それ、完全に女神の人選ミスじゃないか、とアダムバードは頭痛を覚える。異世界転生に積極的な人間を選ぶ、のはいい。ナコのように、さっさと元の世界に返してくれというタイプは扱いにくいことだろう。だが、うっかり余計な人間まで呼んだ上に喧嘩して自滅するようではまったく話にならない。というか、そもそも一人だけで呼ぶ予定であったというのもどうなのだと思う。協調性があり、それなりの身体能力があり、異世界転生を強く希望する人間“達”で慎重に選ぶべきではないのか。


「女神の人選がまず失敗してない?って思うけど」


 同じことをナコも思ったらしい。呆れたようにため息をつく。


「よくよく考えてみると。異世界転生して、異世界人とも仲良くすることができて、かつ身体能力にも恵まれた人……の中に。異世界転生に積極的な人ってものすごく少ないような気がしてるわ。それだけリアルで恵まれた能力がある人なら、異世界に行って都合の良いチート能力で無双したいとか、現代の自分を捨てたいなんてそうそう思わないもの」

「……う」

「み、耳が、痛い……」


 マリナ、ケンイチがそれぞれ苦い顔をする。確かに、アダムバードも納得してしまった。だから現代日本にあるライトノベルでは、転生してくる人間の多くがひきこもりやニートであったり、あるいはブラック企業の疲れ果てた社畜であったりするのだろう。

 なんだかこう、考えれば考えるほど見ない方がいい闇を覗いている気分になってくる。


「……ま、まあ、それは置いておいて」


 深く考えると、ものすごく疲れそうだ。アダムバードは無理やり話題を切り替えにかかった。


「気になるのは、そうやって異世界から以前の勇者を呼んできたのがどれくらい前だったか、ということだ。……今我々が危惧していることの一つが、女神が再び現代日本で再召喚を行ってくる可能性があるということ。今現在、勇者が四人とも魔王城に囚われているということになっている。四人ともが寝返った可能性、もしくは全員が役に立たなくなった可能性に女神が気づいて決断すれば……再び日本から勇者を呼んでくることが予想される。それこそ、向こうの迷惑などお構いなく」


 そう。女神の倫理観は、魔王と呼ばれるアダムバードから見ても明らかに破綻しているのだ。

 魔王退治をするのに、異世界の人間を殺して転生させて勇者に仕立て上げている時点で終わっているが。その勇者を見繕うために、無関係の他の人間も一緒に殺して構わないとか思ってる時点で最悪としか言いようがないのである。今回だって、恐らく本来呼ばれる予定だったのはケンイチか、あるいはケンイチとマリナの二人だけであったはずだ。それなのに、ナコとユキトが完全に巻き添えを食っている状態。次の異世界転生では、それこそ何十人もまとめて殺されるなんてこともあり得るだろう。断じて看過できることではない。というか、魔族的にも非常に困る。

 幸い、というべきか皮肉な点は。女神がまだ、勇者四人が魔王に“本当は捕まっているわけではない”という事実に気づいていない可能性があるということか。勇者サイドの動向をどれくらい女神側がチェックしているのかもかねて、命の危険がない時間ケンイチとマリナを閉じ込めてみたというのもあるのである(空調管理は徹底していたのであの部屋の酸素供給には問題なかったし、気温も二十度くらいに保っていたのですぐに脱水症状で死ぬこともないだろうと見越してのことだ。そもそも、人間は極端に暑い場所でなければ、水がなくても三日くらいは生き延びることができる生き物である)。

 あの閉鎖空間から、ケンイチとマリナが自力で脱出するのはまず不可能だった。自分達がもしあそこから彼等を出さなければ、彼等は最終的に餓死よりも先に脱水症状で死んでいたことだろう。が、それは女神が助けに来なければの話。女神は人間世界のあちこちに、物理法則を無視して現れると言われているので、女神ならばあの場所から二人を助け出すこともできたはずである。

 だが、一時間の観測では、女神が動き出す気配はまったくなかった。二人が今までの作戦の要であったことは明らかなので、利益を考えるなら助け出した方がメリットが大きかったはずだというのに。

 そう思うと、彼等が見捨てられた可能性よりも、彼等が捕まって身動き取れない状況であることが見えていなかった、もしくは気づいていなかった可能性の方が高いだろう。魔界にいたから観測できなかったのか、それともあんまり興味がないので見てなかったのか。そもそも勇者組をがっつり観測する方法がないのかは定かでないが。


「次の勇者が呼ばれてしまったら大変困る、のは現代日本にとっても我々にとっても死活問題です。ただ、今しばしの猶予はあるのかと」

「ということは、前の勇者が呼ばれて大失敗してから今回の召喚までは時間が空いていたということか」

「はい、前回の召喚は、今回ケンイチさんたちが呼ばれる一年ほど前だとされています。データの母数が少ないので、必ずしもすぐ再召喚できないと言い切れるわけではありませんが……一刻も早く魔族を排除したかったであろう女神としては、意図的にすぐ再召喚をしなかった理由がありません。できなかった、と考えた方が妥当かと」

「なるほど」


 まあ、あまり楽観視をしていいものでもないが。可能な限りすぐこちらで体勢を整えて動けば、女神が再召喚してきてその勇者でこちらの行く手を阻む心配はなさそうである。

 ならば問題は、人間達が破れかぶれになって基地に突撃してくることの方か。勇者がいなければこちらの被害は少なくなるとはいえ、それでも双方被害を被るの事実。できればこれ以上の戦闘は避けたいところである。


「そして、勇者を抑えたからといって、人間達がすぐに講和に応じるとも思えない。……女神に、争いを収めさせなければ」


 魔族との争いを扇動したのが女神であるということはつまり、それだけ女神の言葉の影響力が大きいということ。争いを収めるためにも、女神の鶴の一声が必要不可欠だろう。

 つまりこちらの勝利条件は、いかに女神を説得し、あるいは叩きのめして講和を納得させるのか、ということだ。


「女神の戦闘能力に関しては、わからないことだらけですよ、ね。空間移動が出来そうってことしかわかってませんけど、一応神様ですし……チートスキルを人に与えることもできるわけです。正直、勝ち目はあるんでしょうか」


 ユキトが不安そうに口にする。そう、最大の問題はそこだ。女神がいる次元の狭間にいる方法は、ジョナサン達の働きでだいたいアタリがついたところであるが。そもそも女神に会えたとて、穏便に話がつけられるとは正直誰も思っていないだろう。戦闘になる可能性が高い。だが、仮に勇者四人がアダムバードに協力してくれても、ちゃんとした戦いになるのかどうか。

 そして、女神を封じて有利な状況に持ち込む手段はあるのかどうか。


「……今までのデータを元にして分析して……考えてたことがあるんだけど」


 口を開いたのは、ナコだった。


「私の考えを、聴いて貰ってもいいかしら。……私の予想が正しければ……し意外なところに勝算があるかもしれないわ」

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