<19・選択>
我ながらなんというか、やり方が甘いなとは思う。アダムバードがユキトを連れて魔王城の作戦会議室まで行くと、指揮を執っていたジョナサンからは露骨に呆れた顔をされた。
「魔王様……流石にやりすぎでは?」
彼は正直者だ。例えユキト本人の前であっても、思ったことは隠しもせずにズバッと言う。それが時々行き過ぎて毒舌と言われることも少なくないが、だからこそアダムバードからは信頼を得ているとも言える。
誰かを傷つけるための嘘はけして吐かない。それだけで、その人物は十分に信頼に足るのだ。
「ユキトに対しては、勇者仲間への不信感を植え付けて我々の味方にした方がよほど有益でしたでしょうに」
「そうだな、我もそう思うぞ」
「では何故?」
「アテナ基地の攻防戦の時点で、ヒーラーのユキトを離反させているだけでも十分成果は挙げられている。最後まで無理に付き合わせる必要もあるまい」
「……まったくもう」
ジョナサンは、明らかに魔族だらけの空間で(モニタールームにはジョナサン以外にも複数の魔族の兵士がいるからだ、皆屈強な男達ばかりである)萎縮しているであろうユキトをちらりと見て、ため息を吐いた。
「……仕方ありません。どうぞご勝手に。魔王様が貴方を連れてきたならば、我々がとやかく言っても仕方ありませんので」
「す、すみません」
「自分が悪くもないのに謝るのはどうかと思いますよ。悪い癖です、直すのをお勧めしますね」
「は、はい……すみません」
ジョナサンに言われても、ペコペコ頭を下げてしまうユキト。まあ、癖はどうしようもないだろう。ジョナサンもそこまで追求するつもりもなかったのか、それ以上何も言わずに作業に戻っていく。
――思った以上の成果を上げているようだな。
モニターには、現在のアテナ基地内とその周辺の様子が事細かに映し出されていた。勇者達が次にアテナ基地を狙ってくることなど目に見えていたので(もう一つ残った基地のほうが、圧倒的にシトロン基地よりも遠かったためだ)、それを見越してアテナ基地とその周辺のカメラ、及びステルスドローンの数を増やしていたのである。今までの戦いで、こちらもただただ後手に回っていたわけではない。相手が取ってくるであろう戦略は、ナコを引き込むまでもなく分かっていたこと。彼らはもう少し罠を警戒しておくべきだったと言えるだろう。
勿論、カメラやドローンなんて技術は人間界にないが。それでも現代日本を生きるケンイチやマリナには、こちらの科学技術にある程度想像がついてもいいものである。全部筒抜けかもしれない可能性を考慮できてない時点で、彼らはまだまだお子様だったと言えよう。
――ケンイチの時間停止能力を使って、マリナと共に基地に侵入し、マリナの力で内部の兵士を洗脳して同士討ちを狙う。同じやり方をしてくるのは見えていた。というか、人間ならば誰しも、成功率の高い方法に頼りたくなるのが当然だからな。
しかも、基本的に作戦立案はナコに頼り切りときた。ナコがその安定性のある作戦を指示してくれば、従わない理由がない。
ゆえに、こちらの情報操作も作戦操作も極めて簡単だった。
アテナ基地となった、旧モンドラゴラ邸。その窓の一つに欠陥がある、なんて情報をナコに流したのも当然アダムバードである。一番壊しやすい窓がそれであり、しかもその場所が人気のない倉庫。侵入ルートとしてこれ以上最適な場所はないだろう。ゆえに、そのまま利用したわけだ。彼らの侵入ルートを誘導し、さらに彼らが時間停止を解いてマリナの術をかける相手をこちらの狙い通りの人物にする。基地の監視や警備を担う、警備室の夜勤の兵士。ケンイチたちは、まったく疑いもしなかったようだ。
どの部屋にいる誰が狙われるかわかっていれば、あとは簡単だ。術にかからない兵士をそのポジションに宛てがえばいい。即ち、マリナの寵愛能力の範疇外――女性の兵士である。
魔族の中には、男性顔負けの筋骨隆々の兵士もいる。長身のアダムバードが小さく見えるほどの屈強な女性も兵士の中には少なくない。よって、その女性兵士に男装させて、夜警の兵士と入れ替わって貰ったというわけだ。あとは洗脳されたフリをして、彼らが裏口まで行くのを待てばいい。
――裏口に爆弾を仕掛けさせるという名目で近づけさせる。これに関しては違和感を持たれる可能性もあったが……ナコはうまく騙してくれたようだな。
あとはもう、彼らが裏口の落とし穴に引っかかって落ちてくれれば終了。彼らの落ちた穴は、そのまま時空転送装置で魔王城の地下に繋がっている。誰もいない、四方をタイルに囲まれたコンクリートの部屋。ツルハシ程度の武器しかない彼らに、壁を壊して脱出することは不可能である。時間停止能力を持つケンイチが、停止した時間の中で何十時間もぶっ続けて壁を叩き続ければ壊れるかもしれないが、それをやったら最後時間停止を解いた直後に彼が過労死するだけだろう。
マリナの能力も同様に封じている。彼女の力は、視線が合う場所と声が聞こえる場所に男性がいて初めて効果を齎すのだ。ケンイチしかいない空間で、そのスキルを発揮することは不可能。あとは、彼らがその何もない空間で魔王軍にサレンダーするのを待つばかりというわけだ。
そしてもう一つ。彼らが捕まってしまったことを悟られないよう、アテナ基地の方でも早いうちに騒ぎを起こす。ようは、マリナの能力がキマって、洗脳された兵士が暴れだし、大混乱に陥ったと人間兵達に錯覚させるのだ。勇者達がまだ戻ってきていなくても、彼らは作戦が成功したものと考えるだろう。そして基地に突撃してきたところを返り討ちにするという寸法である。
マリナが指示したトラップは全て仕掛けられてない上、想定外の別の罠が次々と人間達を襲う。しかも、港を離れていたはずの戦艦や駆逐艦が海に戻ってきており、海側からも砲撃を受けるという状態。本当にパニックに陥るのは人間側というわけだ。
「……ナコさんも、仲間にしていたんですか?」
「ほう?気づいたか」
こちらからは何も説明しなかったが、大混乱の人間達の様子を見てユキトも察したようだった。アダムバードは頷く。
「お前たちの作戦を、彼女が一手に担っているのは分かっていたからな。元よりお前たちの間に絆がないとわかっていれば、こちら側に引き入れるのは難しくはあるまい」
アダムバードの言葉に、絆か、とユキトは苦笑気味に言う。
「魔王軍から見ても……僕達は、バラバラだったんですね、最初から」
明らかに落ち込んだ声だった。一番最初からというわけではないが、とフォローを入れようとして、それにあまり意味がないと気づいてやめる。いずれにせよ、最終的にチームの心が結束とは程遠かったのは事実なのだから。
そもそもこの責任を、彼ら本人のみに問うのはあまりにも酷というものである。本当に魔王を討伐させたいと思うのならば、女神はもっと人選を配慮しなければならなかったはずだ。
自分のチートスキルを、理想的な異世界で振り回せればそれでいいケンイチとマリナも。
そもそも異世界転生なんて幻想を抱いたことさえなく、現代日本に帰ることしか考えていないナコも。
そして、ケンイチに付き従うことで危険を回避することしか知らず、自分では異世界で楽しむことも戦うことも考えられないユキトも。
異世界で勇者をやるには、あまりにも力不足――というより、人選ミスだと言える。何故、彼らでなくてはならなかったのか。異世界で永住してもいいと思えるだけの夢と希望を抱き、異世界で本気で正義のための魔王討伐ができ、かつ精神的にも成熟して現地民とも仲良くできる仲良しの大人数人組、では何故いけなかったのか。心身ともに未熟で、仲良しでさえない少年少女を選ぶ意味がまったくわからないというものである。
「……お前たちのチームワークがなってなかったのは、お前たちのせいだけじゃない。このような戦いに不適切な少年少女を送り込んできた女神にも原因があろう」
ゆえに、アダムバードは、事実のみを語る。
「それに。そもそも本当ならば……この世界の問題は、この世界の住人だけで解決するべき事柄であったはずだ。無関係の、罪もない異世界人を殺してむりやり転生させて戦わせようだなんて、そこからもう間違っていると思わないか」
「……確かに」
「お前達の世界の、夢と希望に溢れたライトノベルや漫画は個人的に嫌いではないがな。あれは、フィクションだからこそ許されるものであって……現実ならば倫理観が大きく問題視されて然るべきであろう?そもそも、異世界人を呼び出すだけの力があるのならば、何故女神は自分で戦うこともせずに人任せなのか。……誰かに期待して、誰かに責任を押し付けて、自分は傍観者気取りで安全圏にいるばかり。あの女こそ、真の臆病者よ。そういう意味では、お前たちも奴の被害者だろうな」
ゆえに、今アダムバードが最も怒りを感じている相手も女神自信なのだが。
とりあえず勇者たちを抑え込むことに成功したならば、なんとしてでも女神と話をつける方法を模索しなければと思っていた。はっきり言って、こちらは大分堪忍袋の緒が切れている。女だろうが神様を名乗っているのだ、一発ぶん殴られても文句は言えまい。
「……うっ!」
映像を見ていたユキトが、うめき声を上げる。基地内に仕掛けられていたトラップに人間兵の一人が引っかかり、腕を切断させられたからだ。
『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!う、うでっ……お、おれの腕がっ、腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
音声はかなり音量を下げてあるが、それでも絶叫しているのは見て取れるだろう。血まみれになりながら苦しむ男。その男のそばを走り抜けていく魔族と人間の兵士たち。怪我人一人に、誰も構っていられないのだ。
別のモニターでは、短剣を片手に魔族の男と人間兵が戦っている。人間兵の男の短剣が魔族の男の首を切り裂き、同時に魔族の男のナイフが人間兵の腹を抉った。ぶちぶちぶち、と響くのは生々しい音。人間兵の男の腹が裂かれて臓物がでろりと溢れ出す様がはっきりと見えた。
さらに別の映像では、爆弾で吹き飛ばされたと思しきバラバラ死体が映し出されている。魔族か人間かも定かではない。時折手榴弾でも使われるのか、地響きとともに地面が揺れた。そのたび、誰のものともわからぬ足首が丘の上でごろりごろりと転がっていく。
地獄絵図。それ以外に、説明しようのない光景がそこにある。
魔族側は相応の準備をして、人間兵たちを罠に嵌めた。それでも、人間兵たちもここまで生き残ってきただけあってそれなりの実力者が多く、またあちらに数の理があるのも間違いはない。被害状況から見ても、勇者二人を捕らえることに成功したことを鑑みても、魔族の勝利で終わるだろうが――それでも死者の数を完全にゼロにすることはできないのだ。
「よく見ておけ、ユキト」
アダムバードは無情に告げる。
「戦争をするとは、こういうことなのだ。ずっと後方にいたお前は知らなかっただろうがな」
「う、ううう……っ」
「お前は。お前達はこのような泥沼の争いを……人間か魔族のどちらかが根絶やしになるまで永遠に続けたいのか」
否。
もしどちらかが生き残っても、それで完全な平和になるなんてことはあり得ないとアダムバードは知っている。
共通の敵がいなくなれば、自分たちの中で新しい敵を探して争い始めることだろう。それが人の本質である以上は、逃れようがなく。
人間がいなくなれば平和になるなんて、魔族がいなくなれば平和になるなんて。そんなもの、どちらも幻想に過ぎないのだ。
「その上で、お前はどうしたい?自分はどうするべきだと思う?」
アダムバードは知っていた。
この無益な争いをやめ、そして捕まえた勇者達を殺さずに済む方法が何であるのかを。そのために必要なことを。
「強くなりたいんだろう、お前は。……どう足掻いても最初のきっかけは、自分で掴むしかないのだぞ」
「――っ」
吐き気を飲み込み、涙を拭い。ユキトは唇をかみしめて、そして――真っ直ぐにアダムバードを見た。何かを決意したという顔で。
「アダムバード、さん」
心ひとつで、世界は変わらない。
「お願いが、あります」
けれども同時に。世界を変えてきたのはいつだって――強く願う、誰かの心。それもまた真実なのだ。
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