<18・対話>

「回りくどい話は苦手なのでな。率直に言わせて貰おう」


 広い食堂にて。食事を終えたユキトの正面に座った魔王アダムバードは、ストレートにそう言った。


「お前はまだ、ケンイチ達の元に戻りたいか?そして、今お前が一番に望んでいることは何か?」


 答えを急かすような物言いではなかった。しかし、美しい赤の双眸に真正面から見据えられ、ユキトは何も応えられなくなってしまう。

 自分が一番したいことは、何か。

 今までそれを、考えたことがあるようでなかったような気がする。

 自分の望みは、平凡に、いじめられず、目立たず、普通の中学生生活を現代日本で送ること。だがそれが一番の望みかというと、実際そうではないのだということは気づいている。

 ただそれは、平穏に暮らせるなら地味でいいから、という次善策。

 その先を考えなかったのは、自分にはそのような選択肢などないと思っていたからこそ。


「……わから、ないです」


 結局。長考の末に出たのは、そんな消え入りそうな声だけ。


「……この世界に来て、一人ではないと知って安心しました。同じ境遇の仲間がいるって。しかもそれが、顔見知りで。ケンイチたちについていけばきっとなんとかなるって思いました。だからずっと一緒にいて、一緒に勇者を……やっていたんだと、思います」


 勿論、女神に願いを叶えて貰うのが最大の目的だったのは事実。そのための手段として勇者の任を請負い、魔族討伐をすることを承諾したのも。でも、もしそれが自分一人だったなら、チート能力を仮に好きに選べても――果たしてそんな大任を受け止められたかはわからない。

 仮に成り行きで勇者になりますと言ったとしても、ここまで魔王軍を追い詰めるようなことができたかどうか。


――そう考えると。思惑はどうあれ……ケンイチもマリナもナコも、優秀だったんだなって今ならわかる……。


 不満はあった。しかし、今思えば自分は彼等の不当な扱いを詰ることができるほど、役に立てていたかどうか。

 違う。正確には――役に立つ努力、をしていたかどうか。

 自分はケンイチの後ろにくっついて、その決断通りに動いていただけだ。困った時も悩んだ時も、自分の代わりに全部彼が選んでくれるから、自分はただその背中についていけばいいだけなのだと。

 本当は。いくら夢のような異世界に来て、夢みたいなチート能力を貰ったとて、彼もまたただの中学生で。不安がなかったなんて、そんなはずはなかっただろうに。


「三人がいたから、僕は何かを選ばずに済んだ。どれほど納得いかなかったとしても僕は……僕一人だったならここまでのことはできなかっただろうなって、冷静になった今ならわかります。僕一人なら、いくらチート能力を貰っても使いこなせなくて、魔王軍と戦うなんて恐ろしいこともできずに逃げていたかもしれないから」

「そうだな」


 アダムバードは頷いた。


「お前は、昔の我そっくりだ。自分は一生苛められっ子であると信じて、抗う勇気を持つこともできずに蹲っていた昔の我と、よく似た眼をしている」


 その言葉に、ユキトはゼラの言葉を思い出していた。




『アダムバード様ほど、心優しい王様もいないと俺は考えているし、きっと他の皆もそうでしょう。あの方は、弱き者の心がわかる方です。幼い頃は女神によく似た金色の髪のせいでいじめられていましたからね。人より強い魔力を持つのに、それをコントロールできずに暴発させて迷惑をかけることも多くて、それがトラウマになっていたようです』




 いかにも堂々としていて、魔族の皆に慕われている王であるというのに。なんとも信じがたいが、事実だったということらしい。


「そうは、見えない、です」

「それならば嬉しいな。しかし、我も一人では変わることなどできなかった。誰かに出逢って、救われることがなかったならば」


 アダムバードはっはっは、と豪快に笑ってみせる。


「魔族もニンゲンもそこは変わらぬとも。……皆が結束する最も簡単な方法は、生贄を見つけて皆で仲良く叩くことであるからな。共通の敵を持った時、誰もが歪んだ正義感で一致団結する。叩かれる側からすればたまったものではない。我はこの、女神そっくりの金の髪であり、ひ弱な体躯であった。おぬしもきっと、その愛らしい顔だかなんだかが理由であろう?そしてそうやっていじめられることは、けして被害者の咎ではない。本人の意思でどうこうできるものではないからな。わかるであろう?」

「……はい」

「だが、残念ながらそんな己を変えたいならば、最終的には己が勇気を持つしかないのもまた世の常よ。その勇気を持つために、誰かの手を借りてもいい。……手を貸してくれた誰かの存在に、きちんと感謝することができるのならば。一人で変われ、などと無責任に言う人間も。大抵は、誰かの手を借りてどうにか立ち上がったのに、それに気づいていない者ばかりよ」


 だからこそ、と彼は続ける。


「人間も魔族も、一人では生きていけぬのだ。それは皆同じ。だから出会いを求め、仲間を探す。人生とはまさにその長い旅の道中のようのもの。……お前にとって、ケンイチは強き者に見えたのだろう。だから付き従った。が、それが様々な意味で誤った選択であったことはもうお前にもわかっているはずだな。ケンイチの人格を見誤ったのもそうだが、お前はケンイチに従うという名目で、結局全ての決断を彼に押しつけていただけ。一人で何も選んでは来なかった、それを今後悔している……違うか?」

「……そうです」


 きっと、自分達の人間関係なども細かく調べたのだろうな、と思う。だが、その情報からどのように相手を分析し、どのように語るかはその人の性格や能力に大きく依存するはずである。魔王が現代日本でのユキトやケンイチの関係性をどのように知ったとて、得られる情報は表面上のものだけのはずなのだから。

 そこからユキトの深層心理にまで踏み込み、それを口にすることを選んだのは。他でもない、彼自身の意思ということなのだろう。


「追放されてすぐは、何で僕が、みんな酷いって、それしか思ってませんでした。僕の弁明は全然聴いて貰えないし、完全に僕がスパイだって決めつけられてるし。……でも、散々恨んだあとでじっくりご飯食べながら考えて気付いたんです。信じて貰えるほどの人間関係を、僕は築いて来なかったんだなって。大事なところで何も決断しない、責任も負わない。それは単に能力が役に立つ役に立たない以前の問題だったんじゃなくて」


 何故、そんな簡単なことにも気づかなかったのか。そうだ、自分は元々平凡な生活が欲しかっただけ。いじめられないために、強い者の後ろにくっついて、隠れ蓑にしていただけ。

 ケンイチ達のことだってそうなのだ。彼らの友達になろうなんて、そもそもユキトの方がしてこなかったではないか。かりそめの仲間に入れて貰うことで、守って貰うことを期待していただけ。それのどこが対等な友達だというのか。

 そりゃ、向こうだって“お前と一緒にいるメリットなんかない”となるだろう。

 それでもケンイチはまだ有情だった気がしてならない。散々ユキトを責めたものの、彼自身は結局追放してやるとは言わなかった。あくまで最終判断をしたのはマリナだ。マリナがああ言わなければ、ケンイチの方はもう少し言い訳を聴いてくれるつもりがあったかもしれない――なんて考え方は少々楽観的かもしれないが。


「人は、自分を理解しようとしてくれる人間を、理解したいと考えるものだ」


 アダムバードの静かな声が響く。


「自分を理解する気もないニンゲンのことを、分かりたいと思う者は非常に少ない。……勿論他人である以上、相手の気持ちがわかるなんて言ったらウソになるが……それでも、分かろうと努力することはできる。それができなかったから、人間と魔族はこのように血みどろの争いをする羽目になったのだ、わかるな?」

「……そう、ですよね」

「我らがそう仕向けたとはいえ、奴らがお前のことを一切信じずに追放したのは事実。そしてお前が裏切り者だという噂は既に近隣の町々にも広まっているだろうし、勇者たちと共に前線を行く人間兵たちにも伝わっているであろう。それでもお前は、ケンイチ達のところに戻りたいか?」


 優しい人だというのは本当なのだろうな、とユキトは思う。こうして自分を魔王城まで連れてきて、無理やり拘束しておくことも殺すこともできたはずなのに。わざわざ助けて、ご馳走まで用意して、魔王自ら説得してくるなんて。誰がどう見たって、そこまで手間をかける価値など今のユキトにはないというのに。


「……ごめんなさい、まだ、わからなくて」


 でも、とユキトは続ける。


「ちゃんと、話をしなくちゃいけないと思ってます。みんなと。話してまず……謝ります。今まで、僕を庇わせて、守らせて……選ばせてばかりいたこと。本当は不安なはずのみんなの気持ちに、寄り添わなかったこと」


 この対話は、まさに魔王の誠意そのものだとわかっている。だから自分も、偽ることなく正直なことを言うべきだと思ったのだ。

 彼等が望む答えは、このまま魔王側の味方になります、というものなのかもしれないけれど。

 きっと目の前の王様は、嘘で飾った都合の良い言葉など欲していないと思ったがゆえに。


「……お前が女神に望んだのは、ただ現代日本に帰ることではなく……いじめられない、強い自分になること。そうであったな?」

「……そう、です」


 女神に願ったことがなんであるか、はケンイチ達にも話しているし、旅の中で集まった人間の兵士達や町の人にも話したことがある。魔王軍の力なら、それくらいの情報は集めていてもおかしくないだろう。


「我々は、お前達のいた世界のことも調べるだけの情報力がある。現代日本とこの世界を行き来するだけの技術もある。だからお前が望むのならば、女神の力などなくとも元の世界に帰してやるのは可能だ。だが……強い自分になる、という願いはそうもいかない。それはお前が、自分の心で決めて、その決意を元に己の努力で強くなるしかない」


 ああ、まったくその通りだ。ユキトはあの時の己を恥じる。

 強い自分になりたい、なんて。本来、誰かに叶えて貰うような願いではないはずなのに。何故自分は元の世界に帰りたい、だけでは飽き足らず――そのようなことを頼んでしまったのだろう。

 いじめられっこたちが全部いなくなっても。自分を無視する人が誰もいない、平和な教室になっても。結局ユキト本人の心持ちが変わらなければ、自分の世界を変えていくことなどできなかったというのに。


「お前が此処にいる時点で、我らの目的の半分は達成されている。あとは、アテナ基地を攻めてきたケンイチ達を、そして人間どもを罠にハメて勝利を収めるのみ」

「!」

「ケンイチ達を殺すつもりはないが、向こうがもしもこちらに大きな損害を与えようとやぶれかぶれになってきたらそういうわけにもいかなくなる。……だが、このまま人間側に勝利を許せば、我ら魔族に未来はない。前にも言った通り、我ら魔族が望むのはただ、人間界で平穏な暮らしをすることのみ。向こうが我らを受け止めて争いをやめるというのなら、こちらもそれ以上傷つけるような真似などするつもりはない」


 その上で、とアダムバードは言う。


「お前は何を、どう選択する?……もう一度同じ問いをしよう。お前が今、一番に望むことは何か?その為に、お前はどのような決断ができる?」

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