魔王アダムバードの逆襲

はじめアキラ

<1・憂鬱>

「シトロン基地が、陥落したとのことです……」


 玉座の間に、部下の重々しい声が響く。


「あそこが落ちたともなると、今後の戦況は相当厳しくなるのが見込まれます。結界を保つためには、とにかく次のアテナ基地の死守が絶対であるかと。いかがなさいますか、魔王アダムバード様……?」

「くそっ……!」


 この世界で、魔族と人間が敵対してからおおよそ二千年。三代目魔王、アダムバードは頭を抱えていた。先代から魔王としての役目を受け継いでから百年ばかり。アダムバードは、長命の魔族の中ではまだまだ若造と言って良かった。先代から直々に指名を受けて魔族の頭領=魔王の座を引き継いだものの、年々戦況は厳しくなる一方である。

 というか、ここ数年で急激に悪化した、と言っても過言ではない。

 それまではほぼ魔族の方が押している状況で、人間達の世界を支配するまであと一歩まで追い詰めたこともあるほどだったのだ。それが、自分の代でこの体たらく。このまま魔界にまで侵入されて、魔族の世界まで勇者どもに破壊されてしまったら。本当に、自分を信じて魔族の未来を託してくれた先代たちに、そして自分を頼りにしてくれる魔族の同胞たちになんと詫びればいいのか。


――人間界に残る、我らが基地は残り二つ。……アテナ基地とコザエム基地が落ちたら、魔界を守る結界がなくなる。……そうなったら、奴らはこれ幸いと魔界への進軍を開始し、魔族を根絶やしにしようと動き始めるに違いない。


 冗談ではなかった。

 人間界を支配して、魔族のための世界を作る。自分は先代にその夢を託された、由緒正しき三代目の魔王。自分の代で、その歴史を閉ざすわけにはいかない。まずは何がなんでも二つの基地を死守し、魔界を人間達の手から守らねばなるまい。


――それもこれも、女神が余計なことをするからだ!異世界からの転生者など連れてきおって……!


 とにかく、現状を打破する方法を考えなければいけない。頭痛を覚えつつも、アダムバードは作戦を練るべく部下達に召集をかけたのだった。




 ***




 魔族、と呼ばれる存在が生まれたのはおおよそ二千年前のことである。

 頭に二本の角と赤い瞳を持ち、高い魔力を持つ恐るべき異形。そう蔑まれて人間達に忌み嫌われた最初の魔族たちは、荒廃した隣の異世界に逃げ込むことでどうにか皆殺しを免れたという。だが、隣の異世界(後の魔界と呼ばれる場所)は、人間たちの世界と比べてあまりにも資源が乏しい不毛の土地だった。開拓したところで、わずかな草木を生やすことさえ難しい過酷な環境である。魔族たちはどうにかその厳しい環境に耐えて進化を続けたが、常に食糧不足で飢えを募らせ、自分達を追いやった人間達への憎悪を滾らせることになったのだった。

 ある時その中で、ひときわ強い魔力を持った者が現れる。初代魔王、サイアバードである(二代目以降彼に敬意を表して、魔王を継ぐ者は皆自分の元の名前の下にバードと言う名前を受け継ぐようになったのだった)。サイアバードは言った、何故自分達の姿が恐ろしいというだけで、資源豊かな人間の世界から追放されねばならなかったのか。自分達の方がずっと身体能力もあり、魔力も高いのに、何故このような辺境の地に追いやられなければならないのか。

 長い時間をかけて魔界の開拓も進んでいたが、それでも人間たちの世界ほど住みよい環境とは程遠く、常に食糧不足に喘いでいる状況も変わらない。一応、何度も人間界とコンタクトを取って救済を求めてきたが、彼等は“魔族など魔界で勝手に滅んでいればいい”の一点張りと来た。魔族たちが怒りを爆発させるには、充分だったと言えるだろう。

 愚かな人間達に復讐し、彼等の世界を奪い取るべき。そうしなければ魔族に未来はない――そう主張したサイアバードに、魔族たちは次々と賛同したのである。サイアバードは初代魔王となり、彼によって精鋭たる魔王軍が結成された。

 そして人間界に宣戦布告をしたのが、約千年前のことだという。

 以来、魔王軍は平和ボケした人間達を打ち倒し、魔界の門に近い場所から次々と町を征服。魔族の領地としてきたのだった。人間王の城を攻め落とす一歩前まで行ったこともある。残念ながらギリギリのところで徹底抗戦に遭い、あと一歩のところで世界征服の夢は叶わなかったわけだが。

 もう少し。あと少しで、魔族のための世界が完成する。病床に倒れた二代目魔王・クナバードの後を継いでその夢を託されたのが、三代目魔王の自分、アダムバードなのだった。

 年々魔族たちも強い力をつけてきている。世界征服まではもはや秒読み段階だろうとさえ言われていた。――そう。

 人間界の女神サマとやらが、余計な真似をしてくれなければ。


「戦況を再確認いたしましょう」


 アダムバードの右腕、参謀のジョナサンは。部隊長たちを前に、説明を始めた。


「現在戦力として計算できる、魔王軍の数は一万。対して人間世界の兵士の数は三万ほどだと言われています。ですが、人間世界の兵士達は殆どがきちんとした訓練を受けることもままならない有象無象、徴兵されてきた民間人ばかり。むしろ近年は戦死者も増え、兵士の数そのものは減少傾向にあります。基地を奪取する最前線に出ている人間兵の数に至っては一万程度といったところでしょう」

「うむ、数の差は問題ではないな。昔からその点は何も変わらない。奴らは数こそ多いが、精鋭と呼ばれるのはほんの僅かばかり。それに対して魔王軍は、我らが自ら厳選し訓練を施した強者ばかりである。元より魔族は人間よりも根本的な身体能力、魔力が充分すぎるほど高い。数人で、何百人もの人間兵を圧倒することなど造作もないことよ」

「はい。……問題は、人間世界の女神が余計な真似をしてくれたことです。まさか世界のルールを破って、異世界から転生者なるものを連れてきて魔族に対抗しようとするとは。それも、特別なチートスキルとやらを与えて」

「そうだな……」


 そもそも。人間達の世界から魔族を追い出したリーダーこそ、その女神サマとやらだった。彼女にとっては、魔族という存在は“うっかりミスして作ってしまった出来損ないの人間”だったのだろう。だから人間達を扇動し、邪魔者扱いして人間界から追い出したのだとされている。その魔族たちが魔界で生き延びて、人間達を追い詰めるほどの進化を遂げるとは夢にも思わずに。

 魔族たちは人間のことも恨んではいるが、人間界を作っておきながら“お前らは人間じゃないから死ね”と殺そうとし、世界から追い出した女神への憎しみも忘れていない。それはあちらも重々承知していることだろう。自分達が人間の世界を支配してしまえば、最終的に自分にも火の粉が飛んでくるどころでは済まない事態になるのはわかりきっていることだ。

 ゆえに、強硬策に出たのだと思われる。

 本来、元から隣り合わせの世界であった人間界と魔界(というか、元々は二つの世界は一つの世界であったと考えられている。異世界であるにしては、世界の壁が薄く、最初から行き来が可能な扉が用意されているからだ)以外の、まったく次元の異なる世界に干渉するのはタブーであるはずだった。それなのに、その膨大な魔力で異世界の人間をぶっ殺し、無理やり転生させて連れてくるということをしたのだからどうしようもない。宥めるという名目でチートスキルを与えて魔王退治のためにお勇者に仕立て上げるなんて、本当に正気の沙汰とは思えなかった。魔王軍にとっても最悪であるし、正直彼等の所業を見ていると人間界にとっても相当迷惑な結果になっている気しかしないのだが。

 なんにせよ、彼等がそのチートスキルを使って魔王軍を次々突破し始めたため、一気に戦況が覆されたというわけである。

 魔王軍が人間界に持っている基地も、あとアテナ基地とコザエム基地の二つとなってしまった。このままでは人間界の領土を失うどころか、魔界まで侵入されて今度こそ魔族全員を根絶やしにされてしまうこともありうるだろう。


「勇者と呼ばれる転生者達は、四人組であったな」


 アダムバードは呻いた。


「奴らの情報は、どれくらい集まっている?能力に関しては、奴らも散々行使してきたゆえ、判明していることが多いだろうが」

「はい、ある程度調べはついております」


 ジョナサンがテーブルの上にホログラムを表示させる。魔界は魔法の技術も人間達より上手だが、科学技術においてもかなりのレベルまで進化を遂げているのだった。インターネットも普及しているし、テーブルの上に3Dの映像を表示させるくらいわけないことである。やっと電話と電車が普及し始めたレベルの人間界と比べれば、各段に便利な世界であるのは間違いなかった。残念ながら資源に乏しいのは変わらないため、食糧の多くは工場で作られた人工缶詰に頼っている状況が続いているが。


「まず一人目、ケンイチ・タジマ。この集団のリーダー的存在ですね。スキル名は“絶対停止”。敵の時間を止めて、その隙に攻撃することができる強力な力です」


 表示されたのは、黒髪のボサボサ頭の少年。可もなく不可もなく、といった地味な顔立ちの少年だ。


「二人目、マリナ・クラハシ。ケンイチの幼馴染とされる少女です。スキル名は“絶対寵愛”。敵をメロメロにすることで、自分が攻撃されるのを防ぎます」


 次は、長い焦げ茶髪の少女。いかにも上品で可憐な美少女といった風貌だ。


「三人目、ナコ・ワタベ。このメンバーの参謀的ポジションと言えばいいでしょうか。スキル名は“絶対防御”。誰にも突破できない、鉄壁の防御壁を作って攻撃から身を守ります」


 その次は、大人しそうなショートヘアに眼鏡の少女。なんとも賢そうな容貌だ。


「最期の四人目が、ユキト・シノハラ。前三人……特にケンイチの金魚のフンとでも言えばいいでしょうか。スキル名は“絶対回復”。どんな傷でも一瞬にして治すことができるのだとか」


 とても小柄な、小学生のような見た目の茶髪の少年が表示される。なんというか、いかにも苛められっこといった風貌だった。四人ともが元々同じ中学のクラスメートで、全員が十四歳であるはずなのだが。


「どの能力も厄介です。ただ、我々の魔法を使えば、この中の一人くらいならチートスキルを封印することもできそうだ、という話になっています。常に四人で動いているため、一人だけ封印しても大きな成果を挙げることが難しいのですが……」

「なるほどな」


 アダムバードは彼等の資料を念入りに読み込む。この転生者四人、全員が元々同じ学校のクラスメートであり、仲間であったと言う話だ。その四人が歩いているところに女神がトラックを突っ込ませ、全員をブチ殺して強制的に異世界転移させたという流れであるらしい。彼等も気の毒なことである――自分達が転生した元凶がそもそも女神のせいなどと、露ほども思っていないに違いない。


「他にも、ナコが寵愛の力で操った現地住民が数名仲間として共に行動しており、そのせいで真正面から打ち破るのは相当な困難を伴うとのこと。……いかがなさいますか、アダムバード様?今は向こうの軍にも多少被害が出ているため、乗っ取ったシトロン基地で進軍も一度とまっているようなのですが……」


 あまり時間はない、ということだろう。早急に手を打たなければ、次の基地まで破壊されることになりかねない。

 こうなったら、手段を選んでいる場合ではあるまい。アダムバードはジョナサンにこう尋ねたのだった。


「ジョナサンよ。……奴らの結束を崩す方法に、何か心当たりはないか?」

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