<28・決戦>
次元の狭間で暴れて、この空間が壊れたら上層部に叱られてしまう。一端ここは人間世界に避難するか、とエリオーネが思った矢先のことだった。
「……聞き捨てならない台詞ですね。私の聞き間違いかしら」
今、女神としてエリオーネが最も警戒するべきは、魔王アダムバードとその部下のジョナサンに他ならなかった。
勇者の四人にはチート能力を与えてある。彼等の能力も警戒するべきところはあるが、実質彼等の力は誰のものを取っても自分に決定打を与えられないことを知っていた。マリナの寵愛能力は、女性である自分には無意味。ナコは防御壁は張れても攻撃できる力はないし、それは回復役のユキトも同じ。唯一ケンイチの時間停止能力だけは多少有効だが、彼はただの中学生で一撃あたりの攻撃力があるわけではない。時間を止めて一時的にエリオーネに攻撃できたところで、彼が自分の装甲を越えられるほどダメージを与えられるとは思っていなかった。ケンイチの時間停止能力は、長く使えば使うほど解除した時の反動が大きいものだからである。
というか、万が一彼等が自分に反抗してきた時を見越して、全員のチートスキルに隙を作ったのだ。それを与えた女神であるエリオーネがわかっていないはずもないのである。
――そもそも、神である私は瀕死になってもすぐ回復する。実質不死身。……莫大な魔力を持つ魔王本人さえ警戒しておけば、恐るるに足らない……!
面倒事は嫌だし、ひとまず撤退しようと思っていたが――やめた。さすがに女神である自分への侮辱がすぎるではないか。
「臆病者?嫉妬深い?……誰のことですか」
「皆まで言わねばわからぬか?」
フン、と魔王アダムバードは鼻を鳴らす。
「ずっと二つのことが引っかかっていたのだ。一つは、お前が勇者達に与えたチートスキル。……時間を止めたり、誰のことも魅了できたりと絶大な力を誇るが……どの能力にもなんらかのデメリットや弱点が存在している。もし魔王たる我を何が何でも倒したいのならば、そのようなデメリット作る意味などないではないか。何故、お前は勇者たちに完全な能力を与えるということをしなかったのか?」
そしてもう一つ、と彼は指を立てる。
「何故、お前はそこまで意地になって魔族を滅ぼしたがる?二千年前、魔族が人間界を追われた経緯がまず妙だった。人間達に、確かに魔族は差別を受けていたが……それを煽って確実に対立させ、魔界まで追い立てた黒幕はお前自身であろう?魔族は人間の出来損ないだと、そう聴いていたが……それもよくよく考えてみればおかしい。我々は人間よりも身体能力、体格、魔力と優れた種族であるぞ?勿論、我らが人間よりも遥かに醜く恐ろしい見た目であるというのならわかるし、我もずっとそう認識されていると思っていた。だが、実際ユキト達に話を聴いてみれば違うらしいではないか。皆、我の容姿を美しいと申すぞ」
「とんだナルシストな魔王様ね。それが一体何だというのです?」
「話を逸らすではない。……我らの見た目が人間以上に美しいとみなされるのに出来損ない扱いされ、迫害される理由が謎でしかないと言っている。そういえばこういう話も聞いたことがあるな。最初の魔族たちの多くが今の我と同じ、金髪に赤眼であった……と。そう、女神、お前と同じようにな」
ああ、まったくだ、とエリオーネは憎々しい気持ちでアダムバードを睨む。
この男が、魔力だけでいうのならば前二代の魔王を超える素質を持っていることを、エリオーネはよく知っている。その金の髪こそ、高い魔力の証なのだから。
そう。
赤の眼と金の髪を持つのは――エリオーネの同胞である、神々と同じなのだ。
「……この二つの情報から、見えてくる事実は一つ。お前はいつだって恐れている。自分の目の前に、自分より力を持つものが現れ、己の地位を脅かす時が来ることを」
びしり、とまっすぐ人差し指をつきつけてくる、魔王。
「ゆえにチートスキルは全て、万が一お前自身が勇者と戦うことになっても対応できるものを用意した。自分以上の美貌と魔力を持つ魔族が己を神の座から引きずり下ろすことを恐れ、嫉妬し、全て始末しようとした。違うか」
「――っ!」
ぎりり、とエリオーネは奥歯を噛み締めた。ふざけたことを言うな、と怒鳴り散らしたかった。自分は恐れてなどいない。ただ、神は必ず、己の作った世界のすべての存在より上でなければいけないからこそ、念入りな調整をしてきたまでのこと。間違っても自分の作った世界の誰かが自分より力をつけ、己を倒して神に成り代わることがあってはならないのだから。
それは、臆病者だからでも嫉妬したからでもない。
自分は神として、ただあるべき仕事を成しただけのこと。
「……私は神として、この世界の創造と管理を任されているのです」
やっと、自分は一人前となり、上の神様たちから世界を一つ貰えたのだ。もっともっと素晴らしい世界を作り上げて認められ、上の神様へと出世しなければならないのだ。
自分があるべきと思う世界に、神に比肩する者など生まれてはならない。そうであるべきだったはずなのに、一体どこで操作を誤ったのか。
「私より強い力を持つかもしれない者などいてはならない。私がこの世界の神でなければ、世界のバランスを正しく保つことなどできないのですから」
「正しく?己に都合よく、の間違いだろう。お前が無理やり魔族と殺し合いをさせた結果、“お前が理想とする人間達”でさえ何人死んだ?魔界に突入させていたらもっと被害は増えていたんだぞ。それでも自分は善だとでも言うつもりか」
「この世界のものは全て私のものです。私が自由に扱う権利を持つ……この世界に転生してきた時点で、転生者達もそれは同じ!私が神なのです、それの何がいけないのですか?ゴミ掃除を綺麗に行えば世界は理想通り美しく回る、そのために僅かばかり犠牲が出るだけのこと。それのどこが罪だというのですか?」
「本性現したな、このクソ女め」
アダムバードは吐き捨ててくる。何とでも言えばいい。所詮出来損ないの魔族の王などに、自分の尊い心などわかるはずもないのだから。
「灸を据えてやらねばならぬらしい。……ケンイチ、マリナ、ナコ、ユキト。話は聞いたな?こいつはトチ狂っている。我とジョナサンで成敗してくれよう。お前達は下がっているがいい」
「わ、わかった……」
魔王は勇者達を後ろに下がらせると、腰から剣を抜いた。恐らく代々魔王に伝わるとされる覇王剣だろう。柄に埋め込まれた青い宝石がギラリと光る。
「ええ、そうね。……あんまり暴れたくなかったけれど、仕方ない。お前だけは、私の手で始末をつけてやるしかないということ、ね」
「やってみろ!」
それが、開戦の合図だった。魔王が地面を蹴り、剣を構えて一気に突進してくる。いきなり近接戦闘を挑もうとするとは、なんとも勇ましいと言うべきか無謀と言うべきか。
「大地よ、我を讃えなさい!」
真っ黒な闇の世界であろうと、実際は全てが黒いだけで地面はあるし空もある。エリオーネが右手を掲げて魔力を込めた瞬間、黒い地面が大きく隆起してアダムバードの行く手を遮った。
「なんのっ!」
しかし、そこは百戦錬磨の魔王。目の前に現れた土の壁を一瞬にして切り伏せ、道を切り開いてくる。見た目以上に膂力も魔力もあるということらしい。魔力を込めれば込めるほど斬撃の威力が上がる剣というのも本当であるようだ。
「足元が御留守ですよ!」
「!」
防御するか回避か。エリオーネが一瞬迷った瞬間、足元に紫色の魔法陣が展開されていた。慌てて一歩後ろに退いた途端、そこから光の剣が次々と突きだしてくる。あとコンマ数秒遅ければ、見事に串刺しになっていたはずだ。
「ちっ……!」
悔しそうに顔を歪めるジョナサンは、魔導書を持って舌打ちしている。あの部下も、魔王の側近というだけあってアダムバードに次ぐ力を持っているようだ。この二人を同時に相手にしなければいけないなんて、なんとも損な役回りである。
実際、アダムバードの力は発展途上とはいえ、その魔力の高さや素質は確実に神の領域に迫るものだと知っていた。だからこそ、この男が四代目を指名する前に始末してしまいたかったのである。ああ、勇者達がもっと有能だったらこんなことには――いや、多少手間がかかってでももっと大量の人数を一気に異世界転生させておけばよかったのか――否、今そんなことを考えてもどうしようもない。
「調子に乗るんじゃないわよ!」
エルオーネは背中に銀色の翼を顕現させた。ジョナサンの魔法発動の速さと威力、アダムバードの脚力と膂力、どちらも馬鹿にできない。真正面から打ち合うのは愚か者のすることだ。
「ミスティ・ウィング!」
大きく広げた翼に光を集め、アダムバードとジョナサンの上から大量に撃ち放った。一発一発が、人間世界で言うところの拳銃と同等の威力を持っている。まともに喰らえばハチの巣になり、さらに傷口から焼けて全身に燃え広がっていく。人間ならば、一発食らっただけでも即死級の威力があるはずだった。
「ぐうううううううううう!」
「うふふふふふ、いつまでもつかしら!」
とっさにジョナサンがアダムバードの前に躍り出て防御魔法のドームを作った。この攻撃を防ぐのは大したものだが、それもジョナサンの魔力と集中力がもっている間のみだろう。
鉄壁のスキルを持つナコを下がらせ、回復のスキルを持つユキトをも離れさせたのがアダとなったなと思う。彼等を危険にさらす勇気があれば、もう少し自分を手こずらせることもできただろうに。
――不老長寿の魔王とはいえ、不死というわけではない!大して私は絶対に死なない神!私に喧嘩を売った時点で、お前達の負けは決まっているのよ!
びしり、とジョナサンの防御壁に罅が入るのがわかった。あと一押しで、奴らを粉々にすることができる。にやり、と勝利を確信してエリオーネは笑みを浮かべた。まさにその時。
「ならばその前に……貴様を撃ち落としてくれる、まで!」
「!」
トドメの一撃を加えるべく、力を収束させようとしたその瞬間。想像よりも早く、バリアが砕けた。
否、ジョナサンが自分の意思で解除したのだと知る。瞬間、いくつもの光の矢がアダムバードとジョナサンの体と貫き、血の飛沫を上げさせた。こいつらは何馬鹿なことをやっているのだ、と思ったその時。
「アルテマ・ブラック・レイ!」
千切れそうになった右手から左手に剣を持ち替えて、アダムバードは叫んだ。レイ系の魔法は、光か雷の属性。まずい、上から攻撃が来る。そう思ったものの、エリオーネが顔を上げた時にはもう、黒い雷は眼前に迫っていたのだった。
「まっ」
まずい、と思った刹那、全身を貫く凄まじい衝撃。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
黒い稲妻に貫かれ、爆風に吹き飛ばされ、エリオーネの体は黒い地面に叩きつけられた。背中の翼が弾けるように砕けて消滅していく。まさか、捨て身で最強魔法を使って来ようとは。早く動かなければ、否、まずは回復魔法を使わないと全身の筋肉が使い物にならない。掠れた喉で回復魔法を唱えようとした、その瞬間。
「俺達は、あんたの所有物なんかじゃ、ない。駒でも、ない!」
「!」
目の前に、ケンイチの顔が。そのすぐ横にはマリナとナコとユキトの姿もある。
絶対停止のスキルを使って、即座に自分の前に移動してきたのだと気づいた。あるいは、自分の体を時間停止を使って運んだのだろうか。
「もう、迷うもんか。これが俺達の、答えだ!」
怒りに燃えたケンイチの眼。ひょっとして、とここでようやくエリオーネは悟る。
最初から、アダムバードとジョナサンは、彼等の囮になったのではないかと。エリオーネが、勇者達の存在を重視しないことを見越して。
「ひぎっ!」
子供四人とはいえど、四人がかりのタックルなら相応の威力となる。ボロボロになったエリオーネの体を吹っ飛ばすには充分すぎるほどの。
エリオーネは彼等の体当たりを避けることもできずに吹き飛び、転がった。――そこは、いつ書かれたのかもわからぬ、魔方陣の上で。
「し、しまっ……!」
がこん、と。何かの機械が作動するような音と共に。
エリオーネの体は、真下に空いた穴に勢いよく吸い込まれていったのだった。
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