第31話 はたまた、追いかけっこはデジャヴする

 標本どもの目力に、足がすくむ。

 固まる俺たちへ、じりじりと距離を詰めてくる。


「ザっ、ザラメ、そのヘンテコ掃除機を使え!」

「分かってます! って、ヘンテコとはなんですか?!」

「んなこと気にしてる場合か! ってやべぇ!?」


 俺とザラメの口論などお構いなしに、標本の腕が真っすぐ迫り――。


「セーフ……ギリギリ……」


 コスズが腕を凍らせ動きを封じていた。

 デウスがほぅと息をつき、努めて冷静に言う。


「2人とも、言い合いは後にしたまえ」

「そ、そうですね。とにかくスイッチオンです!」


 びくびくと身体を震わせつつ、ボタンを押す。

 すると掃除機は、右往左往に首を振り……。


「ふごごごぉっ!?」

「あわわっ、デウスさん吸っちゃいました!」

「なんでそうなる?!」


 デウスの顔が掃除機の吸込口に密着してやがる。

 引っ張っても全然取れない。むしろ、引っこ抜こうとしてるこっちの身体が持っていかれそうだ。

 風を切るような鋭い音と、デウスの呻き声が重なり木霊する。


 一方ザラメは、掃除機をポンポンと叩きながら叫んでいる。


「メイプルちゃん! ペッしなさいペッ!!」


 掃除機に名前付けてたのかよ。

 しかも全然躾けできてねぇ。

 ……なんて、そんなことは今どうでもいい。


「走るぞ!!」

「はっ、はい!」

「佐藤も!」

「えぁっ?! ちょっ、待って……!」


 ザラメとコスズの腕を掴み、廊下をダッシュ。

 デウスは顔面を吸われて鯉のぼりみたいになってるが、後でなんとでもなるだろ。

 佐藤もぜぇぜぇ息を切らしながらついてくる。


「追いかけてきますぅ!!」

「前と何にも変わんねぇじゃん!!」

「デジャブ……」

「こんなはずじゃなかったんですよぉ!」


 標本どもは、陸上選手顔負けのやたら綺麗なフォームで走ってくる。

 しかもこいつら、全然ペースが落ちねぇ。疲れ知らずか……!

 ぐんぐん距離が縮まる。


「郡、このままじゃ僕ら……!」

「分かってる!」

「どうしましょう?!」

「一旦逃げ込むぞ!!」


 俺達は、雪崩れるように教室へ飛び込んだ。



 ――――


 駆け込んだのは、目の前にあった教室。

 使い古されたソファが、テーブルを挟んで向かい合うようにして置かれている。棚にトロフィーが並び、壁に生徒会目標が掛けられたその部屋は、生徒会室だった。


 掃除用具入れの扉に手をつき、呼吸を整える。

 顎から滴る汗を拭って顔を上げると、ホワイトボードが目についた。そこには、丸っこい字で何か書かれていて――。


「――り、郡!」


 佐藤の声で、我に返る。

 そうだった、今はこの窮地をどうにかしねぇと。


「コスズちゃんが呼んでる」


 佐藤の目配せに合わせ、コスズは扉を指さして尋ねる。


「凍らせる……?」

「あ、ああ。頼んだ」


 俺の返しにコクリと頷いたコスズは、扉に冷気を吹きつけ始めた。

 猛暑で氷が溶けやすいとは言え、多少の時間稼ぎにはなる。

 

「こっからどうすりゃ……」


 酸欠気味の頭で考えを巡らせる俺の横で、ザラメの動きがうるさい。


「……お前は何やってんだ」

「デウスさんが取れないんですよぉ」


 ザラメは掃除機のボタンを色々と押してみたり、ブンブンと本体を振ったりしていた。


「叩けば直りますかね……?」

「んなわけねぇだろ、古い家電じゃあるまいし。貸してみ」


 ザラメから掃除機を分捕り、如何にも電源っぽい赤いボタンを押すと、


「おごおおおおおおお!!!!」

「あ、わりっ。違ったわ」

「違いましたね」


 風音マックス。吸引力、上がっちまった。


「やっぱり、斜め45度で叩くしか……」

「なんでそこまで叩くのに拘んだよお前は!」

「だってそれしか思いつかないんですもん!」


 そうこうしているうちに、扉を殴る音が大きくなっていく。分厚い分、打撃が身体の芯まで響いて心臓に悪い。

 コスズが張る氷も、すぐ溶けちまう。その上から氷の膜を覆っても、振動に合わせてあっという間にヒビが入る。


「クソっ、逃げ場もねぇし……」


 2階となりゃ、飛び降りるのはリスクが高い。下がコンクリートだから尚更だ。

 まさに八方塞がり。背水の陣だ。


 髪を乱雑に掻く。こうなりゃ自棄やけだ。

 膝を思いっきり叩き、向かうは掃除用具入れ。

 呼び止める佐藤の声が、一瞬裏返る。


「ちょっ郡、何を」

「決まってるだろ」


 じっとしてるなんざ柄じゃねぇ。


 用具入れを開け、手に取ったのはモップ。

 勢いのまま、扉の前へ向かう。

 そんな俺の腕を掴んだのは、ザラメだ。


「まさか、戦う気ですかっ?!」

「それ以外何があるってんだ。ほら、足手まといは下がってろ」

「足手まとい!?」

「自分の武器すら碌に扱えないんだ、どう見ても足手まといだろーが。しっし、ハウスハウス」

「むくぅ……!」


 手の甲を上にして親指以外の指を奥から手前に往復させる俺に、わなわなと身体を震わせるザラメ。

 その手を振り払い、前を向き直す。


「無茶だって郡!」


 佐藤の制止も聞き捨てて、頷くコスズも視界から外して。


 氷が亀裂を走らせて、あちらこちらで砕けてく。

 重い扉が打撃に耐えかね、幾度となく口を開く。

 そこから覗く白の脚が、一層激しく打ち鳴らす。

 俺はモップを構え、扉の向こうの奴らを睨んだ。


「来いよ標本ども!」

「ザラメだって……」


 宣戦布告を轟かせ。

 足を大きく踏み出して。


「俺が!! 相手になってや……」

「ザラメだって戦えますしぃいいいい!!??」


 ドアが蹴破られるのも、土煙から標本どもが現れるのも気に留めず、ザラメは言い放つ。

 そしてその雄叫びとともに、掃除機からデウスが発射した!



 



 

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