2章 知ってる? なんとかは風邪をひかない

第9話 危機です? 風邪ひき郡さん

 日の差す部屋の中、俺は布団から出られずにいた。


 瞼が、身体が重い。

 頭がぼうっとする。

 身体が熱い。

 なのに、寒気が止まらない。

 火照った額に手を当て、俺はひとりごちた。


「かんっぜんに、風邪だわぁ……」


 絶対、寒空の下キャンプをしたのが祟った。

 雪合戦して、凍らされて……風邪をひかない方がおかしいぐらいだ。


 ベッド横の棚上に置かれたスマホに手を伸ばす。

 電源を押すのにも一苦労だ。

 その上、普段はなんてことないブルーライトが、今日はやたら眩しく感じる。

 スマホのロック画面には、9:15と映し出されている。


「もう、そんな時間か……」


 スマホを雑に置き、仰向けになると、電気の薄暗い天井と目が合う。

 布団のこすれる音が、俺の浅い息の音が、閉め切った部屋に響く。


「今日は……寝とくか」


 布団を首元まで被って目を閉じていると。

 ドタドタと廊下を走るうるっさい足音。

 そして次の瞬間、勢いよく扉が開かれる。


「郡さん! まだ寝てるんですか? 早く起きないと、カフェの開店時間に間に合わないですよ!」


 その正体は、案の定ザラメだった。

 ぷんぷんと擬音が聞こえそうな表情をして、ベッドに近づいてくる。


「ぐーたらしてたらメッ! ですよ。ほら、早く起きてください!!」

「や、やめ……ろ……!」


 布団をギュッと掴むザラメ。

 俺も抵抗して布団を持つ指に力を入れるも……。


「ええい!」

「さむっ……!」


 ザラメの馬鹿力には、到底及ばなかった。

 身体が自然に縮こまる。そんでもって、小刻みに震える。


「……風邪ひいてんだ、寝かせろ」

「カゼ?」


 首を傾げるザラメ。


「“カゼ”……って何なんでしょう」


 不思議そうに、そして不安げに俺を見下ろしている。

 どうやら風邪を知らないらしい。


「“なんとかは風邪をひかない”とはよく言うが……風邪も知らないバカとは、ゲホッ、ゴホッ」

「ザラメを悪く言ってることだけは分かりますよ」


 ザラメは悔しそうに眉を顰める。

 だがコロコロ調子の変わる女だ。

 次の瞬間には俺のスマホを手に取り、手早く電源を入れて何やら打ち込んでいた。


「えーっとなになに……? カゼとは、“空気の流れのこと”……」

「その“風”じゃねぇ」

「あれ? ……あ、じゃあこれですか?」


 指で画面をスワイプしながら、ザラメは文字を読んでいく。


「“風邪”とは……正式名称を風邪症候群と言い、鼻や喉にウイルスが感染することで、熱やくしゃみなどを伴う……つまり、どういうことですか?」

「超しんどいってこと」

「しんどい?」

「ゴホッ……元気じゃねぇってことだ……」

「な、なるほど。それは大変です……!」


 ベッドの傍で、困ったようにザラメは言う。


「どうすれば元気になるんですか?」

「……寝たら治る……と思う」

「わ、分かりました! じゃあ郡さんは寝ててください」


 ザラメはおどおどしながらもそう言って、俺をじっと見つめる。


「じぃー」

「……」

「じぃー」

「……」

「じぃー」

「なんだよ」

「早く寝てください」

「そんな見られたら……寝られん……部屋、出てけ……」


 朦朧としながら俺が言うと、ザラメは素直に従い、部屋を出ていった。

 そうしてザラメを追い出すと、静寂が戻ってくる。


「はぁ……」


 風邪なんて、いつぶりだ。

 こんなにしんどかったっけな……。


 ゴロゴロバッターン!


「……」


 ボァトゥン!


「……」


 バリバリドーン!!


「何してんだクソザラメええええ!」


 あまりの騒音に飛び上がり、リビングに押しかけた先で。


 ザラメが謎の儀式をしていた。

 部屋を暗くし、部屋の四隅に蝋燭を灯して。

 白いビニールテープで、魔法陣らしきものを作って。


「……」


 言葉が出ない。


「バイト先の先輩が教えてくれました! 風邪にはこれが一番だって」

「なわけあるか!」


 誰だよそいつ。絶対ヤバいだろ。


「これで、部屋にはびこる邪悪なリビングデッドがいなくなるらしいです!」

「じゃあその先輩の言ってることはハズレだな! そのリビングデッドってやつは全然いなくなってねぇし!!」

「なんで分かるんですか?」

「目の前にリビングデッドがばっちりいるからだよ!!」

「え、どこですか? どちら様ですか?」

「お前だ!! ……ゴホッゴホッ」


 くらりと目眩が襲う。

 ツッコミで体力を浪費した俺は、その場に崩れ落ちた。


「こ、郡さん?! 大丈夫ですか?」


 屈んで俺を支えるザラメの胸に、体重を預ける。


 やばい。汗が止まらない。

 動いたせいで、身体が沸騰したみたいに熱い。

 それなのに身体が、ぶるぶると震えてる。


 ザラメに抱えられ、俺は自室に戻っていった。

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