第16話 味わえ、私の手料理

 白いワイシャツの上にピンクのエプロンをつけ、笑いかける金髪のイケメン。

 その表情は爽やかながらも妖美さも秘めている。


「待ちくたびれたぞ、ザ・ラ・メ♡ さあ、風呂場でもベッドでも、はたまたリビングのど真ん中でも良い。私と、あんなことやこんなことをして愉しもうではないか!」

「もしもしポリスメーン?」

「通報はやめたまえ!?」


 携帯の画面に耳を当てるザラメと、慌てて制止するデウス。


「おいこら不法侵入、どうやって入ったよ」

「針金で、ちょちょいのちょい、とね。これぞ神の力」

「それ神関係ねぇだろ!!」


 俺がツッコむ傍らでコスズが靴を脱ぎ、デウスの元へ歩み寄る。


「ごはんの‥‥‥匂い」

「ああ、私が作っておいたのだよ。ザラメには、我が手料理を楽しんでほしくてね。ささっ、あがりたまえ」


 家の主導権を握ったデウスは、にこやかに笑いかけてキッチンへと駆けていく。


「ごっはん……ごっはん」


 コスズもデウスについていく。


「郡さん。ザラメのカリスマ性は、とんでもない人を惹きつけてしまったようです」

「え? 何? 誰がカリスマだって?」


 “とんでもない”ってのは合ってるが。




「「わーお」」


 俺とザラメは、なんとも間抜けな声をあげていた。


 それもそのはず。俺たち庶民を待ち受けていたのは、お高いレストランでお見受けするようなディナーだったからだ。


 いつの間にか敷かれていた白いテーブルクロス。その上に並んだオシャレな料理に、俺とザラメは棒立ちになることしかできなかった。


 中央には、青いカーネーションの花束が瓶の中で所狭しと顔を出している。淡い色が、テーブルを程よく映えさせていた。


 椅子の正面には、大きな皿が置かれ、その上にはチキンがドンと乗っている。持ち手の骨部分はアルミホイルで丁寧に巻かれている。


 左手前には、星型に切られたニンジンが特徴的なポテトサラダ。その奥には、フランスパンがある。ご丁寧にバターもついていた。


 右手前には、コーンスープが湯気を昇らせている。その奥には、オレンジジュースの注がれたワイングラス。


 チキンの皿のすぐ横には、ナイフやフォーク、スプーンが縦向きに整然と置かれている。


 一流のシェフでも呼んだのか? 

 思わずそんなことが頭をよぎったのは言うまでもない。

 なんせ、配膳も料理もガチガチのガチだったんだから。


「本当はもっと豪勢にしたかったのだが、私の手持ちが足りなくてね」


 残念そうに、デウスが控えめに笑う。

 マジかよ。十分すぎて俺は怖いよ。


「す……すごいです! お料理も美味しそうですし……!」

「ザラメには味覚がないのだろう? だから、見ていて心くすぐるようにセッティングをしたのだよ」

「あれ、ザラメが味覚ないって知ってるんですか?」

「ああ、天から見ていたからね。ザラメのおはようからおやすみまで、余すことなく堪能していたよ。しかし、生のザラメは格別だ……!」


 ザラメを舐めるように覗き込むデウスに、ザラメはどん引いていた。

 だろうな。


「出禁で」

「それだけは勘弁してくれ!! 分かった! 入浴中は見ないようにするかあっづ!!」

「変態!! エッチ!! ファイア!!」

「ザラメに罵られ……! なんという幸福!!」

「郡さぁああん! なんとかしてくだ」

「さ、コスズ。さっさと食おうか」

「うん……」

「あ、ちょっと! 抜け駆けなんてズルいですよ!! ザラメも食べます!」


 俺たちはさっそく席につき、フォークとナイフを手に取った。


「うまっ!」

「おいしい……」


 料理の味はというと、俺のような一般庶民が食うのが申し訳ないぐらい、美味かった。


 チキンは硬すぎず柔らかすぎず、歯ごたえを楽しめるようになっていた。噛むたび甘辛いタレと絡み合うのがまた良い。何度口に入れても飽きないのだ。


 ポテトサラダは、酸味と甘味のバランスが丁度よい。口を動かすたび溶けていく味わいは、庶民じゃ語れねぇ。


「星……かわいい」


 コスズも絶賛だ。


 コーンスープはまろやかで、甘い。パンをつけて食うのも美味く、俺的にはそれがお気に入りだ。


 だがあることに気づいた。

 全体的に、なんとなくだが味が濃くないか?


 そんな俺の感想を見抜いてか、あるいは神の気まぐれか。デウスは応えた。


「少し味を濃くしてみたのだよ。もしかしたら、ザラメが味を感じてくれるかもしれないと思ってな」

「うーん……分からないですね」


 ザラメは料理を口に入れながら、申し訳なさそうに言う。


「でも、お心遣いはとても嬉しいです。ありがとうございます」


 そう言って、ザラメが満面の笑みを浮かべる。

 するとデウスは、


「ああ! ……ああ! ……す、すまない。素直にそう言われると、なかなか気の利いたことを言えないものだな」


 出会った時の饒舌ぶりはどこへやら。

 頬を人差し指で掻きながら。はにかみ、照れ笑いをしたのだった。


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