第17話 よろしく、終焉の神(?)

 デウスの手料理を食べた後。

 ザラメは、リビングでテレビのバラエティ番組「クイズカモン」に釘付けになっていた。


「うう、全然当たんないです!」


 相変わらずのザラメ。

 テレビにかじりつくこいつ傍らで、俺は新聞を広げて胡坐を掻く。

 そんな俺の肩をザラメがぶんぶん揺らしてくる。


「郡さん!! これ絶対答えが間違ってると思うんですよ!」

「んなわけねぇだろ、つか揺らすな!」


 そんな俺たちから少し離れたところ……キッチンでは、デウスが皿洗いをしていた。鼻歌を歌いながら、手際よく洗剤を流している。


 コスズも台所で、デウスの手伝いをしている。

 すすぎ終わった食器をせっせと拭く姿は、心なしか上機嫌に見えた。


「助かるよ、コスズ」

「うん……」


 小さな声も、いくらか弾んでいる。

 蛇口を締めたデウスは、続いてゴミ袋を持つ。


「明日はペットボトルの回収日だったな……コスズ、手伝ってはくれないか?」

「分かった……手伝う……」


 そんな二人に、ザラメが駆け寄る。


「ああっ、すみません! ゴミ出しまでやってもらって」

「未来の夫としては、当然のことだからな!! ゴミ出しから風呂の掃除、はたまた全身マッサージまで、私が全て完璧にこなして……ってコスズ! 先に行かないでくれたまえぇ!」


 二人が出ていくのを見送ったザラメは、扉が閉まった瞬間深い溜息をつく。

 ……悲劇のヒロインさながら、ヘタリとしゃがみこんで。


「よよよ……郡さんにデウスさん……どうしてザラメの周りには、『困ったさん』ばかりが集まるのでしょう……!」

「『類は友を呼ぶ』ってだけだぞ」

「ザラメも『困ったさん』って言いたいんですか?!」

「ご名答!!」

「すっごい笑顔で断定された!?」


 だってホントにそうだもん。


「こんなにも郡さんの生活を支えてるのに?! この恩知らず!!」

しんに恩を売るやつは、主張しないんだよなぁ」

「ぐぬぬぅ……郡さんには、一度力関係を理解させてあげなきゃいけませんねぇ」

「教えてやろうじゃねぇか、どっちが上かってことをなぁ!」


 俺たちは、揃って同じ方向に顔を向けた。

 その先にあるのは、テレビ画面。

 そう。これから始まるのは、ズバリ――。


「いざ!」

「勝負だ!」

「「クイズカモン!!!!」」






————


「……それで、ザラメが負けた。と」


 十数分後。

 帰ってきたデウスが目にしたのは、顔を伏せて蹲るザラメの姿だった。


「ザラメ……ワカラサレマシタ」

「いやぁ、実に気分が良い」


 すっげぇ爽快感。10-0の、首位独走。

 少々大人げなかったか?

 だが、このぐらい圧倒的な差を見せつけとかねぇと、ザラメには分かんないかもしれないからなぁ。しょーがないよなぁ。


「なおバカにされてる気がしますぅ……」

「しっかりするのだ、ザラメ!!」


 駆けつけるデウス。

 ザラメの背中に手を回す様は、さながら悲恋もののラストシーンだ。

 コスズが部屋の電気を消した。そして懐中電灯を点け、背伸びして上から照らす。

 ……スポットライトのつもりか?


「このままじゃ……一生郡さんに顎で使われますぅ……クイクイ」

「そんな、ザラメ……!」

「デウスさん、お願いです……ザラメの、仇を……必ず……パタリ」

「ザラメぇえええええええええええ!!!!」


 叫ぶデウス。

 ここだけ切り取ると感動のワンシーンに見えるのに、その実茶番の摩訶不思議。


「君の思い、受け取ったぞ……さあ青年!! 今度は私と勝負……」

「番組……終わってる……」

「うそぉ?!」


 諸行無常とは、まさにこのことだ。


「無念だ……しかし次こそは! 神にして、お隣さんたるこの私が、ザラメを喜ばせてみせよう!!」


 ん……?

 ヤツの言葉が頭の中で反復する。そして数秒の後、思いっきりデウスに目を合わせた。

 と同時に、死人のくせして死んだふりをしていたザラメが、突然頭を上げた。

 俺たちの言葉は、重なって。


「「お隣りさん?!?!」」

「ああ、よろしく頼むよ。マイ・シュガー♪」


 俺とザラメが、「信じられない」といった表情で見つめ合う中。


「デウス様と……一緒……」


 コスズだけが、上機嫌だった。






 ————

 鉄製の階段を鳴らしながら、私とコスズはゆったりとした足取りで降りていく。


 無数の色が混ざり合った黒い夜。空気は生暖かく、少しずつ夏が近づいているのを感じた。

 月がぽつりと浮かび、星は疎らにしか見えない。

 野鳥のさえずりが微かに聞こえる。


 クリーム色の灯りが、アパートの玄関に染みている。一部チカチカと点滅しているのはご愛嬌だ。


「――吹雪を起こしたのは、君だけの力か?」


 一階の玄関スペース。

 その傍らに据えられたゴミステーションに袋を押し込め、コスズに尋ねた。


 ツカイマに、街の気候を局所的にでも変えることはできないはずだ。

 そこまでの力が、そもそも存在しない。

 まして私も力が無い以上、私から力を与えることも不可能。


 だからこそ、あまりに不可思議だ。


 ——あの力は、一体どこから来ている……?


 私の問いに、コスズは戸惑いながら答えた。


「分からない……急に、すごくお腹が空いて……ムカムカして……」


 感情の増幅……果たして自然に起こったなものなのか? 

 それとも——。


「他に、何か思い当たることはないか?」


 すると、コスズは首を横に振る。


「力になれない……ごめんなさい」

「気にするな。それに——」


 バッテリー切れ間際の電灯が不安定に点滅する。


「一つ、分かったこともある」


 私は、その事実を噛みしめるように言った。


「——私も君も、“覚えていない”ことがな」



















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