第37話 物憂げ、朝焼けのウォーミングアップ?

 窓から差し込む日差しが、瞼を緩める。

 木製の天井に、仄かに漂う畳の匂いで思い出す。

 俺たち、海の宿に泊まってたんだっけ。で、ザラメとコスズが隣の部屋。こっちの部屋が俺と……


「おはよう、青年」


 この端正な声の主が、俺と部屋を共にする男。

 振り向くと、群青の甚平を纏ったデウスが窓際の椅子に腰掛けていた。テーブルに急須を置き、緑茶を啜る仕草がやたらと様になっている。


「早いなお前、まだ6時前だぞ。寝られなかったのか?」

「神である私には、睡眠など不要なのでな」

「ふぅん」


 道理で眠そうに見えない訳だ。

 続けて、爽やかフェイスのデウスが尋ねる。


「飲むかね?」

「ん、じゃあもらう」


 その言葉を合図に、デウスは湯呑みへ茶を注ぐ。

 開いた窓からは、淡い朱の雲と閑散とした浜辺が見えた。俺たちには勿体ないぐらいの眺めだ。


「なぁ良いのかよ、旅費代は全部お前持ちで。ここって結構高いんだろ? しかも4人分」

「勿論だとも。これは、私から君たちへの気持ちなのだから」


 デウスは、慈愛に満ちた声音で言う。湯気の昇った湯呑みを差し出しながら。


「コスズにミドウ。2人のツカイマを鎮めてくれた礼だよ」


 義理堅いヤツだ。感心しちまうじゃねーか。

 俺としては、現ナマが良いんだが。

 そんなことを思いつつ、ゆっくり緑茶を流しこんでいると。


「……その顔、『俺としては、現ナマの方が良いんだが』と思っているのだろう?」


 どうやら、見透かされていたらしい。


「まぁな。なんなら、キャッシュカードの暗証番号を教えてくれても良いんだぜ?」

「君って奴は……」


 これにはデウスも苦笑い。


「ザラメも苦労しているのだなぁ」

「苦労してんのは俺の方だが? 今だって、キョンシー力UPなんて訳の分かんねぇことに付き合わされてんだぜ?」

「良いではないか。合宿なんてなかなか出来ないのだぞ? 折角の機会、活かさねば損というものだ」

「はぁ」


 何を活かすんだか。

 空になった湯呑みを、テーブルの上に乗せる。


「そんで、ツカイマってあと何人なんだ?」

「2人だな」

「まだ半分ってところか」


 先は長い。


「……私に力が戻れば、すぐ終わるというのに」


 ぽつりと、零す声。

 瑠璃の瞳は、心なしかくすんで見えて。


「今私に残るのは、“再起”の能力のみ。力の行方も今だ掴めんし……情けない限りだ」

「確かに、モノをきれいさっぱり直せるだけじゃ決定打にはならねぇもんな」

「直せる……か。本当は違うのだが」


 デウスが困ったように笑う。


「あの本質は、言うなれば——」

「郡さん、デウスさん! おっはようございまーっす!!」


 襖を思いっきり開け、隣の部屋からザラメが飛び込んできた。

 紅色の浴衣姿は、本人のプロポーションも相まって反則級に色っぽい。黙っていれば、文句無しの大和撫子だ。……黙っていれば。


「朝っぱらからうるせぇよお前は!!」

「郡も、うるさい……」


 コスズも、甚平姿でひょっこりと顔を出す。

 朝飯前なのに、部屋にあった饅頭を食いながら。


「浴衣のザラメも素晴らしい……私の思惑通り、ここにして正解だった……!」

「お前の狙いはそれかよ!?」

「下心……いっぱい……」


 俺の感心返せや。


「わわっ、また紐が取れちゃいましたっ」


 浴衣がはだけ、豊満な胸元を覗かせるザラメ。

 腰回りも露わになりそうで、ザラメは慌てて押さえる。


「もっときつく結んどけよ」

「やってるんですけど、すぐ解けちゃうんですよ」


 旅先でもしょーがねぇヤツだ。


 ザラメの前で膝をつき、括り直してやる。

 が……、


「なんだこれ、全然結べねぇ」


 一方をもう片方に通すも、するりと抜けていく。それにザラメが着てる布も、不自然に滑るのだ。


「不良品でも引いちまったか……?」


 蝶々結びに悪戦苦闘。

 そんな俺の背後から、悪役みたいな笑い声が。


「ふっふっふ……これぞ私の思惑通り」


 振り返ると、デウスが鼻血を垂らしていて。

 さっきまでのアンニュイは東雲の彼方。

 積年の願いが叶ったと言わんばかりの満足げな顔で、天を仰いでいた。


「こんなにも絶好の機会、活かさぬ手は無い……浴衣を買い取り、はだけやすいよう細工をしておいて良かった!!」

「…………郡さん早く行きましょう。ウォーミングアップに、デウスさんを丸焦げにしてやります」


 お前も、苦労してんだなぁ。

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