第25話 ときめけ、恋に駆ける少女

 ――オカシイ。


 そう呟くデウスの声は、今まで聞いたことないぐらいに低かった。

 眉を寄せ、思いつめたように呟く。


「ツカイマに、こんな真似できない。できてはいけないのに」

「ど、どういうことだよ」

「……ツカイマは本来、これほど強大な“奇跡”を行使できない。ここまで広範囲に、力を使うことも……そもそも、そこまでの力を、“奇跡”を与えていないはずだ」

「つまり、これは異常だと」

「ああ。コスズに続いて、二人目なんて……」


 眉間を抑えていたデウスだが、やがて深い息を交えて言う。


「……いや、考えるのは後だ。まずは、ツカイマを見つけよう」

「ザラメは……?」


 心配そうに、コスズが首を傾げる。

 その問いに、デウスは腰に手を当てて答えた。


「ツカイマがザラメを攫ったんだ。となれば、攫った張本人に聞けば良いだろうな」

「なるほど……」

「そういうわけだ、タネが分かれば怖くない!! いざ尋常に、ザラメ奪還といこうじゃないか! コスズ、青年!!」

「おー……」

「がんばれ~」


 二人が意気揚々と拳を上げる中、俺は手を振って送るとしよう。


「青年!? 他人事すぎやしないかね?!」

「郡……やる気ない……」

「いやだってこれ、お前ら内輪の問題だろ? だったら、お前らでなんとかするのが筋ってもんだ」


 佐藤には、こいつらが解決してから言えばモーマンタイ。


「俺は影から応援してるよ」

「こんなにも薄情な人間に、ザラメは世話を焼いて……ぐぬぬぅ、羨ましい!! 私だってザラメにお世話されたいのに……」


 と、ここまで嘆いたデウスだったが……。


「いや、待てよ」


 顎に手を置き、さっきと同じぐらい神妙な顔つきに戻る。

 異変解決に関するアイデアでも思いついたか?


「ここでザラメを助けられれば、ザラメのハートは私のものになるのでは……? 今こそ、青年に差をつけることができる!!」


 マジでブレないなこの神。


「デウス様〜……」


 デウスの顔の前でコスズが手を振るも、デウスは意に介していない。

 テンションと比例して、カッコつけ度が上がる。

 もはやミュージカルだ。音楽があれば、マジで踊りだしそうだ。


「窮地に追い込まれるザラメ、そこに颯爽と現れる私……そしてザラメはこう言うのだ――」


「『愛しのデウス様、結婚しましょう』――と」


 やたら色っぽい裏声でなんか言ってら。


「そういうわけだ、青年。後悔してくれるなよ? 華麗な解決っぷりを、地団駄でも踏みながら見ていると良い!!」


 そう高らかに宣言しながら、デウスは廊下を駆けてゆく。


「デウス様……待ってー……」


 デウスを追いかけるコスズ。

 遠ざかる二人を、俺は満面の笑みで送り出し――。


「よし、帰るか」


 校門へと、踵を返した。






 ――――


 ここは家庭科室。

 真っ暗闇に埋もれた教室の中央で、眩い光がけたたましく点滅していました。

 光の正体は、テレビ。しかも、ダイアル式の分厚いものです。

 そのレトロなテレビに、郡さんが映っています。

 今まさに、帰ろうとする郡さん。廊下をすたすた歩いています。


「ちょちょっ、郡さん!! 何帰ろうとしてるんですか?!」


 テレビ越しでは、声が届かないみたいです。

 ぐぬぬぅ……そっちに行けるなら、今すぐにでも行ってやりたいです。

 でもって、「ザラメちゃん☆ファイア」(3割増し)を、お見舞いして……!


「なんと大胆な!! 焦らすなんて策士だヨ!!」


 ザラメの横には、頬に手を当てながら歓喜する女の子がいます。

 青みがかった薄い緑色のおかっぱ頭がゆさゆさと揺れ、左右に生えたアホ毛は、触覚のように動いています。魔訶不思議です。

 ベージュ色のベレー帽にセーラー服、そして白いミニスカートが似合っていて可愛らしいです。両腕は袖に隠れ、素足には包帯が巻かれています。

 ちょっぴり変わった風貌のその子は、ネオングリーンの瞳を輝かせていました。外の夜空にぴったりの、星のようなきらめき。眩しいぐらいです。


「このラブ・マイスターこと、ミドウにお任せ! 二人の恋路は、アタシが応援するヨ!!」


 ミドウさんのアホ毛が、ぴょこぴょこと跳ねています。まるで生きているみたい。


「これでもアタシは、神様のツカイマ。とっておきの力で、二人をくっつけちゃう!!」

「そんなことより、ザラメをここから出してください!」

「ダメダメ。せっかくのゲストなんだもん。逃がすわけにはいかないヨ」


 扉も窓も閉ざされ、密室と化した家庭科室。

 開けようにもびくともせず、隙間すらつくれませんでした。

 助けを呼んでも、声が空しく反響するだけで。

 身体こそ自由に動かせますが、囚われの身であることには変わりありません。

 地脈もまだ回復していないので、「ザラメちゃん☆ファイア」も使えなさそうですし……。

 今は、ミドウさんの様子を見ておくしかないみたいです。


「以前コスズちゃんにも勘違いされましたが、そんなにお似合いに見えますか? ザラメと郡さん」

「そりゃもう! 二人はきっと、運命の赤い糸で導かれた関係……! ただならぬ因縁で惹かれあっているんだヨ!!」

「まっさかぁ。絶対あり得ないですって」

「うーむ、夢がないヨぉ」


 お手製の分厚い冊子を開き、口を尖らせるミドウさん。

 その見開きには、隅々まで丸っこい字がびっしり敷き詰められていて……見ているだけで、眠たくなってきます。


「アタシの考えたシナリオでは、今頃アナタの胸元へ、彼が飛び込んでいる予定なのに」

「フィクションがすぎますよ?」

「これからノンフィクションにするんだヨ!! 人も神も人外も! 恋は等しく尊いんだもの!!」


 鼻息を立て、ミドウさんは顔を寄せます。


「は、はぁ……。ん?」


 ふと、気になったことがありました。


「ツカイマなら、デウスさんの肩をもたないんですか? あんなにザラメのこと好きなのに」

「——そう見える?」


 底なしだった明るさが、地にべちゃりと堕ちたような気がしました。


 恋は等しく尊いって。

 さっきは、そう言っていたはず……なのに。


 その顔は、声は、酷く冷めていて。

 興味がない、とでも言いたげで。 

 遠くの地方で起きた事故に対して、「大変だね」と茶を啜るような。

 全くもって専門外。その乾いた笑みからは、関わる気概を、微塵も感じません。


 そしてそれ以上に——。


「あんなに、かわいそうなのに」


 その瞳は、憐憫に揺れていました。


 デウスさんが、かわいそう?

 全然、そんなふうには見えないのに。


 ——そう言えば。

 どうしてデウスさんは、ザラメのことが好きなんでしょうか。


 ザラメは、会ったことなかったのに。

 それとも——デウスさんは、ザラメに会ったことがあるのでしょうか。


 考えに耽るザラメでしたが、ミドウさんの声に引き戻されます。

 元の、好奇心いっぱいの声が教室に響きます。


「と、いうわけで! ここからは密着取材だヨ!」

「密着取材、ですか?」

「そう! 彼に直々インタビュー、隠れたキモチに迫るんだヨ!!」


 いつの間にかマイクを取り出し、ミドウさんは宙に浮かびあがりました。

 足の包帯が、しゅるしゅると解けていって——。


「じっとしてちゃ始まらない! しゅっぱーつ!」

「み、ミドウさん?!」


 ミドウさんの姿が、一瞬でテレビの中に吸い込まれてしまうのでした。









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