第24話 連れ去り?! 夜の廊下

 夜の学校、その旧校舎。

 人気ひとけもなく、本来なら静寂に包まれているはずの空間で、俺たちの阿鼻叫喚が響き渡る。


 それもそうだ。

 机がガラガラ雪崩れ込んできたら、誰だって悲鳴をあげたくもなるだろう。

 ってか……。


「思ってたホラーと違うんだがぁあああ?!」


 俺の心からの叫びに、コスズを俵担ぎしたデウスが応える。


「それなっ! 私はもっと、『忍び寄る影! 背後にはナイフを持った女!』的なのをっ、想像していたぞ……!」

「そりゃまた別次元のホラーだなぁ!」

「イッツストーカー……」

「呑気に話してる場合ですか?!」


 迫る机は勢いを落とさない。走れど走れど、距離が開くことはない。


「どこまでっ、走れってんだ……!」


 俺たちが走り続ける限り、止まらないんじゃないかとさえ思えてくる。


「この廊下っ、こんなに長かったかっ?!」

「デウス様……もっと速く」

「無茶をっ、言うでない!」


 言われてみればそうだ。

 廊下の先には階段があったはず。ってのにそれは一向に見えず、ただ同じ景色を繰り返す……コピペをしまくったような廊下を、永遠と走っている。


「あっ、地脈がっ……」


 ザラメの膝が、ガクンと折れる。

 地脈切れか。

 しゃがみこんだザラメが、絶え絶えの息で言う。


「皆さん……ザラメのことは気にせず先に……」

「分かってらぁ!」

「ちょっとは気にしてください!! うわああああああん行かないでぇえええええ!!」


 今にもザラメを飲み込まんと迫る机たち。

 だが、それらはザラメのすぐ側まで来ると、何故かピタリと動きを止めた。


「あ……あれ?」


 唖然と、止まった机に視線を向けるザラメ。恐る恐る手前の机に触れるも、変わったところはないようで。


「普通の机……ですね」


 俺たちも足を止め、ザラメの方向に振り返る。


「これも、ポルターガイストだってのかよ……」


 もはや何でもありだな。

 呼吸を整えながら、積み上がったものを遠目で確認する。

 ポルターガイスト……当初は見間違いや気の所為だと思っていたが、これは明らかに異常だ。

 ふと、コスズが発端の寒空異変を思い出す。規模としては、あれと比べても遜色がない。


 汗が全身から噴き出てくる。走っていた時の分を取り戻すように、ダラダラと肌を伝う。それを服の襟元で拭いながら、ザラメに声をかけた。


「おい、ザラメ。早く来いよ」

「郡さんが来てくださいよぉ。もう一歩も動けないですぅ」


 一難去って安心しきったのか、ザラメが駄々をこね始める。

 こんなのに構ってる時間はない。

 佐藤曰く、ポルターガイストが起こるのは夜の間だけ。

 今の時刻は午前2時45分。で、校舎が開くのが、だいたい5時45分だったはず。

 つまり、それまでに原因を突き止めないといけないわけだ。


「だっこしてくださ〜い」

「誰がするかよ、置いてくぞ」

「ちょっと郡さん! ザラメが可哀想だと思わないんですか?!」

「そうだぞ青年! ザラメが可哀想だ!!」

「じゃあお前が抱きに行ってやれよ」


 俺がそう言うと、デウスは周囲を見渡し、念を押すように尋ねる。


「も、もう何も襲ってこんよな……?」

「知らん」

「デウス様……ビビリ」

「慎重と言ってくれないか」


 そんなことを言い合う中で、緊張がほぐれたのかもしれない。

 だから、油断したのだ。


「キャっ!?」


 耳を突き刺すようなザラメの悲鳴が聞こえ、振り向くと……。


「なっ、あぁ……!」


 ザラメの身体に、包帯らしきものがきつく巻き付いていた。


「あれはっ……」


 デウスが、驚いたように呟く。


「た、すけ……っ」


 ザラメの腕と胴体、目の辺りをぐるぐる巻きにした包帯は、机同士の狭間から伸びている。


「クソっ、なんか良いもんは……!」


 こんな時に限って、愛用シャベルを忘れちまった。この場に応戦できるような道具もない。


「ワタシが……」


 コスズが意識を集中させ、空気を冷やしていく。

 だが、到底間に合わず……、


「キャァアアアアアアアアアア!!」


 ザラメは包帯ごと、机の隙間に消えていった。






 ————


「なんも無いな……」


 廊下はしんと静まり返っていた。

 さっきまでのうるささの反動か、俺たち以外の時が止まってるんじゃないかと思えてくる。

 窓越しに見える夜空には、疎らな星々と朧げな更待月が浮かんでいた。


 あの後。

 ザラメが吸い込まれた机と机の間をどかしてみても、もぬけの殻だった。

 ザラメはおろか、包帯の一枚も残っちゃいない。


「ザラメ……」


 俺の傍でザラメのヒントを探していたコスズが、心配そうに呟く。


「はぁ……手間かけさせやがって」


 俺は髪を掻き、考え込むデウスに顔を向けた。


「で、お前はなんだ。気になる事でもあったのか」

「……ああ。一つの場所に依存する地縛霊的性質に、あの包帯で確信した」


 デウスは俺とコスズに目配せすると、いつになく真剣な面持ちで告げた。


「ポルターガイストの元凶は……私のツカイマだ」










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