第33話 読解、トキメキ探しのダイアリー

 ——“私”は、トキメキを探している。

 

 トキメキ。

 その丸っこい単語が、嫌でも目についた。

 宙をぷかぷか浮いてはしゃぐ、薄緑のおかっぱ生徒が脳裏を過る。


「トキメキって、もしかして」


 ザラメがハッとして声を零す。

 多分、こいつも俺と同じことを考えている。

 俺は、その答えを探るべくページを捲った。


 ——4月8日

 今日は入学式。

 新入生への挨拶をする生徒会長がすごくキラキラしていた。

 憧れちゃう。トキメキを感じる。

 私も、あんなふうになれたら良いな。


 ——4月9日

 今日は初めて、副担任の先生と話した。

 男性は苦手だから最初は緊張したけど、優しくてすぐに馴染めた。ぽかぽかと穏やかな気持ちになったけど、これもトキメキ?

 先生はお菓子を作るのが好きみたい。今度教えてもらおうかな。


 1日も欠かすことなく、日記は続いていく。

 毎日出てくる「トキメキ」の言葉。繰り返される4文字が、予想を確信へと変えていく。

 そして、秋の3周目に差し掛かったところで答え合わせの時が来た。

 で、こう書かれていたのだ。


 ——“トキメキ”って何?

 “みどう”の、欲しかったもの。 

 “みどう”が、この世界に満たしたかったもの。


「やっぱこれ、ミドウの……」

「ですよね」


 次のページに進む。


 ——“みどう”の探していたトキメキは、キュンってなるもの。

 でも、どうやったらキュンなトキメキが見つけられるの?


 さらには、


 ——せんせーが言ってた。恋はトキメキだって。

 恐怖に追い込まれると、恋をしやすくなるって。


「吊り橋効果ってやつか」

「つまり、ミドウさんは生徒を怖がらせることで、キュンってなるトキメキを引き出そうとしたってことですかね?」

「だろうな」


 日記を閉じ、教室を一望する。


「他にもなんかあるかもしれねぇな」


 ここがポルターガイストの頻発する場所だったのは、物証があったからだろうか。

 

「探してみましょう!」

「だな」

「捜査……」

「まずはここの書類を……あれ? 佐藤さん、どこへ行くんですか?」


 抜き足差し足で出口に向かう佐藤。


「ちょ、ちょ〜っとお手洗いに行こうかな〜って」

「行かせねぇよ?」


 佐藤の肩に右手を置く。

 そんでもって、がっちり掴む。


「い、痛いな郡。離してよ郡」

「なんで逃げるんだ? まさかここに、不都合なもんでもあるのか?」

「まっさかぁ、そんなことは……」


 左手で、佐藤の左手首を握る。


「お前、この異変に関わってるだろ」

「ナ、ナンノコトダカサッパリダヨォ」

「ミドウがガムシロップ持ってたんだよな。お前がいつも持ってるのと同じやつ」

「うわぁ~、す、すっごいぐうぜ~ん……」


 目が泳いでるじゃねーか。

 つーか死んだ魚みたいに虚を仰いでるぞ。

 滅茶苦茶怪しい。むしゃくしゃしてきた。

 握る手に力が入る。


「ちょ、いだい! 逃げないから優しくしてぇ!」

「嘘つけ! 絶対とんずら決めるだろお前」

「郡さん、いくらなんでも友達を疑うのは……」

「ひどい……」

「俺が悪いの?! どう考えてもこいつ黒だろ!」


 ザラメもコスズも騙されるな。

 見たか佐藤のほくそ笑み。「数で勝ったんだけど郡君?」みたいな顔。

 1対3、俺が完全アウェーだ。勝ち目がねぇ。

 決め手に欠ける尋問。苦虫を嚙み潰したような心地でいると……。


「なぁ佐藤青年。ホワイトボードに、ミドウの名とともに君の名が書いてあるのだが」


 救世主がいた!! 鶴の一声ならぬ、神の一声。モザイクのせいで雰囲気台無しだけど。

 この一言で、ザラメとコスズが頷き合う。俺たちを回り込み、扉の前で両腕を広げ立ち塞がった!


「ザラメを騙すなんて100年早いです!」

「早い……」


 さっき普通に騙されてたんだがな。


「犯人……確保……」

「観念してください!!」


 あっさり手のひらクイックターン。すっげぇ切り替えの速さ。ともあれ形勢逆転だ。


「ぁ、あわ……わ」


 佐藤はか細く鳴き、丸い汗を滝のように流す。

 それを目の当たりにした途端、何かが爆ぜた。今までぐつぐつと腹の中で煮えていたものが、泡を立てて一気に噴き出したような気がして。

 佐藤の耳元に顔を寄せ、囁くようにして再度問い詰める。子どもに尋ねるかのごとく、ねっとりと。

 

「なぁ佐藤クン。ミドウに、協力してるんだよな」

「…………はぃ、その通り、です……」


 わななく佐藤の顔は、アンデッドもびっくりするぐらいに青ざめていた。

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