第32話 探索、現場は生徒会室

「うごぁ?!」


 発射したデウスは、骨格標本にストライク!

 ボウリングのピンを倒すような爽快な音を立て、標本はバラバラに崩れた。

 モップの行き場を失い固まっていると、ザラメのドヤ顔が迫ってくる。

 うぜっ。


「見ました郡さん? ザラメの力、メイプルちゃんの一撃♪ “足手まとい”って言葉、今すぐ取り消」

「ねぇ2人とも! デウスさんがボヨンボヨン跳ね回ってるんだけど?!」

「なんでだよ!!」

「ザ、ザラメのせいじゃ、ないですよ?」

「お前のせいだよこの足手まとい!!」


 身体を丸めて、壁やら天井やらを縦横無尽に飛び回るデウス。

 書類の入った棚を倒し、テーブルを凹ませ、それでも全然勢いが落ちねぇ。

 筋肉標本の姿はない。片割れの骨を拾って逃げたんだろう。だがそんなことはもうどうでも良い。


「誰か私を止めてくれぇええええ!!」

「ここはメイプルちゃんの主であるザラメが!」

「いやいや、学校の問題なんだから教職の僕が」

「ツカイマのワタシが……」

「え、じゃあ俺が」

「「「どーぞどーぞ」」」

「ざけんな!」


 お約束に乗せられた。

 よりにもよってこいつらに。

 苦虫を噛み潰したような気分でいると、その原因3人が俺の後ろに隠れ背中ぐいぐいを押している。


「お前ら俺を盾にしてんじゃねぇ!」

「君ならできるよ郡」

「ファイトです!」

「骨は……拾う」


 お・ま・え・らぁ……!

 

 他力本願3人衆を睨むまもなく、壁を跳ね返ったデウスが一直線!

 もう知らん、どうにでもなれこの……

 

「クソッタレがああ!!」 

「うぎゅあっ!!!!」


 手に持つモップで打ち返した先、壁際のホワイトボードに激突するピンボール神。

 倒れるホワイトボードの下敷きになり、ようやく止まった。


「デウスさん、生きてますか?」


 ザラメがボードを押し退けてやると、仰向けになったデウスの顔にモザイクがかかっていた。


「おいデウス、顔どうしたよ」

「神としての配慮だ、見せられないからな」


 モザイクのせいで表情は見えないが、とりあえず無事みたいだ。

 腐っても神。そう簡単にはくたばらない。


「……コスズ、私死んでないぞ。線を引くのをやめなさい」


 デウスの輪郭をかたどるように、黙々とチョークで線を引くコスズ。

 そんなコスズに合わせる佐藤もノリノリだ。


「コスズ警部。今回の事件、どう見てます?」

「そんなことよりあんぱん食べたい……」

「今切らしてるなぁ、シロップなら」


 白衣のポッケから出したのは、ガムシロップ。

 相変わらず常備してやがる。


「そのままは……ちょっと……」


 あの暴食コスズが引いてる。


「それよりデウス様……顔、修復は……?」


 どうやらこの神、自分の顔を直せるらしい。

 力の大半は無いって言いながらも、ちょいちょい器用な真似をするヤツだ。

 だがデウスは、毅然として答えた。


「まだしない」


 不思議そうに小首を傾げるコスズに、デウスは仰々しく語りだした。


「あの掃除機はザラメの地脈がたっぷり注がれているのだ。すなわち間接キス……いや、もはやディープキッス!! このあっつぅ~い余韻に、もう少し浸りたいのだ!」

「ザラメー、もういっぺん吸ってやれ」

「やですよ!! メイプルちゃんがデウスさんの味を覚えちゃったらどうするんです!?」


 掃除機を慌てて後ろに隠すザラメ。

 過保護な飼い主だ。


 その脇から、佐藤が怪訝な表情で耳打ちをする。


「この人、いつもこんな感じなのかい? 壊れたとかではなく」

「ああ、いつもこんなだ。平常運転だな」


 佐藤が引いているが、無理もないか。


「将を射るならまず馬を。さぁ掃除機メイプルよ! 私なら何度吸っても構わんぞ! そして掃除機だけど言わず、ザラメも味わってくれたまえ!! その艶やかな唇で私を吸い尽くして……」


 と空想に浸るデウスをガン無視し、


「それにしても、生徒会室って初めてです!」


 掃除機を抱えながら、部屋を歩き回るザラメ。

 部屋の隅に据えられた四角いモノを、興味津々で見つめていた。


「冷蔵庫もあるんですね、ここ。しかもラムネがいっぱい!!」

「夏に、ぴったり……」

「うわぁー、あんなに溜めちゃってまぁ……」


 コスズと佐藤も、遠目で覗く。

 飲みたそうに前のめりになるコスズに、飲みたくなさそうに苦々しい顔をする佐藤。反応は対極だ。


 冷蔵庫からは、白い光が溢れている。

 闇の中に映えるくっきりとした明かりは、暗順応した目には眩しくて。

 ……ん? 明かり? つまりこの部屋、もしや。


 俺の予想は正しかった。入口近くにあるスイッチを押すと、一瞬で色が蘇る。

 どうやらここは、不思議と電気が点くらしい。

 光に吸い寄せられる虫のように、全員の目が照明へ向かった。


「電気が点くと雰囲気変わりますねぇ」


 トロフィーをまじまじと観察したり、生徒会目標に目を輝かせたりしていたザラメだったが。


「ん? なんでしょう」


 散らばった書類の前で、立ち止まる。

 その中からザラメが拾ったのは、手帳だった。

 手のひらより一回り大きいぐらいのもので、表紙の緑青色は褪せている。

 手帳を覗き込む俺に、ザラメが側面を向けた。


「すごく分厚いです」


 もはや辞書だ。


「だいぶ使い込んでるみたいだな。何が書いてあるんだ?」

「見ちゃうんですか?! 郡さんにプライバシーを守る思いやりは無いんですか?」

「んなもんねぇよ、お生憎様」


 ザラメから手帳を取り、表紙を捲る。


「ちょっ、郡さんったらデリカシーが無いです!」

「お前だって勝手に冷蔵庫開けてただろ」

「それとこれとは話が別です! とにかく、もうちょっと他人への心遣いを持ってですね……」

「おおっ、これは当たりかもしれねぇぞ!」

「当たり?」


 ザラメに1ページ目を見せる。

 書かれていたのは、この言葉。

 聞き覚えのある4文字が、確かに記されていた。


 ——“私”は、トキメキを探している。

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