第22話 うちきり、他愛無いもめごと

 梅雨場の曇天。

 ザラメと青年。

 仲違いによって気まずくなっていた二人がばったり出会う運命のような構図。

 まぐれで起きないはずもなく……。


「ぐぬぬぅ……」


 私――デウス・エクス・マキナは、向かい合う二人を建物の影から眺めている。

 手前にいるコスズが、私を見上げる。


「デウス様……不機嫌……」

「それはそうだろう! 麗しのフィアンセに笑顔を取り戻す方法が、この私ではなく青年との仲を取り持つだなんて……!」

「しょうがない……あの二人……運命だから」

「くうぅ!」


 ハンカチを噛みながら、涙をダバダバ流す。

 ハンカチが千切れそうだ。いやもう千切っちゃる。

 ぐやぢい!!




 ——


「うわぁ……バッチリ見てやがるよ」


 物陰からデウスとコスズが、俺とザラメの様子をじっと見つめている。

 さしずめ、俺とザラメのことが気になって出張ってきたのだろう。


「……ちょっと、はやく回してくださいよ」


 ガラガラを挟んで、俺を睨むザラメ。

 そんなご機嫌斜めなキョンシーに、俺は耳打ちしてやる。


「おい、この“おまぬけ”」

「……“おまぬけ”とは何ですか」

「気づいてないのか、ほら」


 俺が指さす方向を見て、ザラメも一瞬目を見開いた。


「あいつら、俺たちが仲直りするよう見張ってるんだよ」

「うぬぬぅ……そんなことしてもムダなのに。ザラメと郡さんの関係は、修復不可能です。絶対に許しません」

「俺もお前に頭を下げる気はねぇ……ん?」

「どうしたんですか」


 ご機嫌斜めなザラメに、俺は囁く。


「あいつらの話、よく聞いてみろよ」

「え?」




 ——


「おおっ。二人が何やら話しているようだぞ」

「でも……よく聞こえない」

「きっとお互いの非を認めているのだろう。そうだそうに違いない! なんせ私が、ここまで手を回したのだからな!!」

「デウス様……頑張った」


 神は人心を操るものだとよく言われるが、そんなことしなくとも人は動かせる。


 そう——。

 ここまでの状況のセッティングは、全て私によるものだ。


 ザラメのシフトが今日になるようにしたことも。

 青年が外に出るよう、実家の食料を隠したのも。

 店員に、福引券を渡させたことも。

 勿論すべて、周囲の人間への許可をとってある。


 私めっちゃ頑張った!! ほめてザラメ!!!!

 そして非常に癪だが早く仲直りするのだ!!


「デウス様……声に、出てる」

「おっと失礼。ちなみに、どこから出ていた?」

「ザラメのシフトのところ……から」




 ——


「あいつらの仕込みか……」


 仰々しく自供するデウスの声が、ここまで聞こえてきた。

 つかデウス声でけぇな。


「ここまで、あいつの掌の上ってことかよ」

「なんだか釈然としません」

「俺もだ」


 誰かに操られるのは、良い気がしない。

 そしてこういう時、抗いたくなるのが人の性ってもんだ。


「……あいつらの作戦、失敗させようぜ。そんでもって、あいつらを諦めさせるんだ。そうすりゃ、俺たちのよりを戻そうとするヤツはいなくなる」


 ザラメは少し考えたのち、


「やりましょう、やられっぱなしは悔しいです」


 そう言い、デウスへ呼びかけた。


「というわけで、正々堂々勝負です!!」

「偉そうにしてるのも今のうちだぞ! お前たちの魂胆、潰してやる!!」


 俺たちがそう宣言すると、それを合図にするようにデウスは物陰から姿を現した。

 そして、俺たちのもとへツカツカと歩み寄る。

 まるで、演劇の役者みたいに。堂々と、威勢のいい声を張った。


「そうきたか……だが神たる私に勝てると思うな! ふははは!!」


 向かい合う両者。

 飛び散る火花。

 風が笛のような音を立て、俺たちの髪を揺らす。


 いつの間にか集まった野次馬も、固唾を飲んで見守っている。


 そして、ゴングが——いや、鐘が鳴る。


「うん?」


 この音って、ガラガラの……?


「おめでとうございまぁす!」


 男の声が、“終わり”を告げる。


 ガラガラの受け皿には、二等を示す赤色の玉が。

 そして——。


 コスズがお菓子の袋を掲げ、俺たちを見上げた。


「おやつは……世界を救う」

 

 ……なんか、もうどうでもいいや。

 そう思わせたんだから、本当の“デウス・エクス・マキナ”は、こいつかもしれない。







 焼けたような空が、西の地平線に広がっている。

 一年分のお菓子を抱えたコスズが、俺たちを置いて軽やかに歩く。


「るんるん……」


 そんな小唄を挟みながら、住宅街を進んでいく。


 俺たちの十数メートル後ろには、両脇に荷物を抱えるデウスの姿があった。荷物の中身は、福引で使った道具らしい。


「君たち、ぜぇ……少しぐらい、はぁ、持ってくれ……ぜぇ」


 生き絶え絶えなデウスが、乾いた口を開く。


「ぜぇ……フィアンセを支えるのが、はぁ、私の仕事……だが、もう……げんか……」

「その程度じゃ、ザラメと結婚なんて百年早いですよ~」

「鬼かお前は」

「キョンシーです♪」


 ザラメは何故かご機嫌だ。

 うんと伸びをしながら、夕日を仰いでいる。


「そういや、カフェを盛り上げる案はどうなったんだよ」

「ああ、それなんですがね。メイド服の案は廃止しました。ザラメのお気に入りを汚されたくないですし」


 おいなんだ? 消火器ぶっぱなした俺への当てつけか? 


「でも!」


 ザラメが指を鳴らす。と……、


「ビャアアアアアアァ……!!」


 尻に火を点け、デウスがどっかに飛んでった。

 キラン。

 空高くで、星の煌めく音がする。


「この案は残しておこうと思います! あくまで裏メニュー、希望者限定ですが」


 デウスはキレて良い。


「はいはい、じゃあ頑張れよ」

「何言ってるんですか、郡さんも働くんですよ」


 至極当然のように、ザラメは言った。

 言いやがった。


「はぁ? ハタラク? クビにしたんじゃねぇのかよ」

「再雇用です。郡さんのことだから、ザラメがいないと人の脛かじることしかできないに決まってます。だから、ザラメが使いつぶしてあげますよ♪」

「訴えてやる!」


 また、こいつに振り回される日々が始まるのか。

 無職なあの日には、もう戻れない。


「それに……その方が、きっと楽しいです!!」


 振り向いて俺と目を合わす、もう死んだそいつ。

 なのにその笑みは、今までで一番嬉しそうで。

 ひび割れたコンクリート——そこに落ちる影さえ、生き生きとしていて。


 琥珀色の斜陽が、砂糖のように煌めく瞳が、眩しかった。


「あ、それから」


 ザラメはけろっと、言いやがる。


「キッチン燃えた修理代でお金飛んじゃったので、今日からまたもやし料理です☆」

「燃やすぞお前ぇ!!」


 やっぱこいつといると、碌なこと起きねぇわ。

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