第28話 飢えてる? 帰って来た我が家で

 結局異変は解決できず、次に持ち越しとなった。

 教室を修復するデウスを残し、俺とコスズ、そしてザラメは一足先に学校を出る。

 くたくたな足で通学路を歩き、家に着いたのは、朝の5時前だった。


「ただいま……」

「コスズ、電気点けてくれ」

「らじゃ……」


 部屋の電気が点いてようやく、帰ってきた実感が湧く。ずっと暗い建物の中にいたせいか、馴染み深いはずの人口の明かりに新鮮味を覚えた。


 靴を雑に脱ぎ捨て、リビング横の寝室に向かう。

 そんでもって、ぐーすかなザラメを、俺のベッドに横たえた。


「気持ちよさそうに寝ちまってさ」


 今にもすやすやと擬音が聞こえてきそうだ。


「ほんっと、人の苦労も知らねぇで」


 自分でも荒いと思う言い回しのわりに、驚くほど口調が穏やかなことに気づいた。やれやれと吐く息には安堵の感触がある。

 ザラメという名の重荷をおろしたおかげか。それとももっと他の理由か。

 何故だか、心が軽くなったような気がした。



 

 少しした後、デウスから着信があった。


「終わったってよ、“再起”」

「さすが……デウス様……」

「そのまま出社するってさ。大変だなぁ」

「ハードスケジュール……」


 俺はスマホを充電器に挿し、ミニテーブルを前に腰を下ろした。

 肘をつき、溜息を漏らす。

 

「仕事より、ツカイマの教育をもっとやってほしいんだがなぁ」

「きょういく……?」


 向かい側に座ったコスズが、首を傾け聞き返す。

 ビスケットの入った箱を開け、続いて個包装を破っては、口に入れていく。


「人を攫ってはいけませんとか、人に対する配慮と力加減とか」


 コスズも、山一つを好き放題吹雪かせてたし。


「もうちょいTPOを弁えられねぇの?」

「ムリ……不可抗力……」


 コスズは首を振った。

 曰く、以前の自分をはじめとした暴走状態のツカイマは、力や自我が膨張して制御が効かない。

 だから、自身の暴走に抗うのは難しいんだと。


 ビスケットを呑み込み、ぽつりと言う。


「……多分、ミドウは何かに……」

「飢えてる? どういうことだよ」

「ツカイマになる前に……欲しいと強く願ったモノ……それが、無くなって……だから、取り戻そうとしてる……」


 あのポルターガイストは……ミドウと名乗ったアイツは、恋とかトキメキとか言ってたな。その2つが足りないから、求めてるってことか?


「ワタシが、吹雪を起こした時……」


 窓の外を眺めるコスズ。

 白髪から、緑色の目が垣間見える。


 青々とした空に、濃い影を底に孕むぶ厚い雲。

 眩しいとさえ思える日差しに、両目を大きく見開いて。


「“美味しいもの”が……ワタシの、欲しかったモノ……」


 言いながら、ブリキのツカイマはビスケットをまた頬張った。


「“強く願ったモノ”、ねぇ」


 そう独り言ちた俺は、美味そうにお菓子を齧るコスズに目をやり……すとんと腑に落ちる。


 ああ、そういうこと。

 だからお菓子やシチューで、吹雪が止んだのか。


「……それって単に、腹が減ってただけだよな?」

「ペコペコだった、昔も、今も…………朝ごはん、まだ?」

「この流れで?! 今『ツカイマ衝撃の事実が、明かされる』ってところだろ!?」

「お腹が空いて……電池切れ……」

「嘘つけ!!」

「もう……喋れません……もぐもぐ」


 どこまでも呑気に、ビスケットを頬張るコスズ。

 いつの間にか、箱は空っぽになっていた。

 テーブルの上は、小袋が散らばっている。


「そんなんで朝飯食えんのか?」

「よゆーよゆー……」


 自信ありげに親指を立てて、コスズは最後のビスケットを食す。

 

「これがほんとの……朝飯前」

「誰が上手いこと言えっつたよ」


 疲れて何もする気が起こらない。

 食べるのも面倒だ。

 まして他人の飯なんか、作れるわけがない。


「棚ん中に食パンがあったろ? あとインスタントのスープ。それ食っときゃ良い」


 フローリングに布団を敷き、潜り込む。


「俺はもう寝るから」

「分かった……おやすみ……」


 淡白なコスズの声を聞き流し、微睡の中へ落ちていった。






 ————


 どれぐらい寝ただろうか。

 夏の日差しがカーテンの隙間から差し、くっきりと白い筋を作っていた。

 壁にかかった時計を見るに、4時間近く夢の中だったらしい。

 どうりで、腹が減るわけだ。喉も乾いたし。

 

「食うか、朝飯……」


 上体を起こし……傍らに誰かがいるのに気づく。


「ザラっ!?」

「おはようございます。ふふっ、ようやく起きましたね」


 悪戯っぽく笑ったザラメが、俺の布団に潜りこんでいるじゃないか。


「お前、なんでここに」

「だってぇ、一緒に寝た方が賑やかで良いじゃないですか!」

「賑やかさとかいらねぇよ、慎ましく寝てろ」

「ええ~、つまんないですぅ」


 口を尖らせるザラメだったが、すぐ頬を緩める。


「良い夢でも見たのか? やけに嬉しそうだが」

「えへへ、そりゃそうですよ」


 ザラメは身体を寄せる。

 座っている俺の、足の付け根に顔をこてんと傾け、噛みしめるように囁いた。


「だって、独りじゃないんですから」


 ようやく願いが叶った。とでも言いたそうな、満ち足りた笑み。

 それがなんだか眩しくて、思わず目を逸らした。間髪入れず、ザラメに布団を押し付け立ち上がる。


「どこ行くんですか?」

「朝飯作んだよ」


 見下ろすとコスズが眠っていた。身体を縮こまらせ、控えめに寝息を立てている。

 台所にもテーブルにも皿が出ていないから、結局朝飯を食わなかったんだろうな。やっぱ、お菓子で腹が膨れたのだろうか。


 飛び起きたザラメが、袖を捲りながら駆け寄ってくる。


「ザラメも手伝いますよ! 腕によりをかけて!」


 左の掌に炎を灯し、ザラメは自信満々に言った。


「火加減ヨシ! 今日は上手く作れる気がします!!」

「それ絶対失敗するやつ!!」


 あの夜見たのは、ザアザア降りのにわか雨か。

 今のザラメは、雨雲の去った青空みたいに、晴れやかだった。


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