第7話 タタカイ? vsツカイマ

 身体の末端は悴むものの、芯は寒さを忘れつつあった。

 これも、誰かさんがやいのやいの突っかかってくるせいだ。寒さ冷たさどころじゃないぐらい、そいつが鬱陶しいからだ。ザラメって言うんだけど。


「話を戻すぞ話を!」


 俺は声を張り上げ、強引に話を進める。


「こいつ、デウス・エクス・マキナの下僕らしいんだ。つまりお前の敵ってことだろ、ザラメ」

「うーん……。使命には含まれませんが、デウス・エクス・マキナ側なら、倒しちゃった方がいいですね」


 僅かに悩んでいたザラメだったが、割りとあっさり思い切る。指を鳴らし、いつもの調子で告げた。


「倒す……? ワタシを……?」


 コスズは首を傾げきょとんとしている。


「こんな小さくて可愛い子を倒すのは気が引けますが、悪く思わないでくださいね、シモベさん」

「……ワタシの敵……なら、コロス。あと……名前は、コスズ……」

「コスズちゃん、ですね? では、いざ尋常に!」

 

 それを合図に二人が立ち上がり、距離を取る。

 殺気を感じ、俺もその場を離れた。


 雪を混じえ吹き荒む風は、誰の味方だろう。


 ザラメは、両手を頭の前で構えている。肉弾戦に持ち込む気だろうか。じりじりと、相手と距離を詰めていく。いつも俺の前で見せるウザさは影を潜め、視線はどこか冷たささえ感じる。

 一方のコスズも、両足を肩幅程度に広げている。暴れる冷風でフードは外れ、前髪から緑色の眼光が垣間見える。その目は、小動物を狩る肉食動物のよう。勝てるという余裕と純粋な殺気、そして倒さねばという義務感が、ザラメの身体を射抜く。


 固唾を呑み、勝負が始まる時をじっと待つ。


 寒風が僅かに弱まった一時ひととき

 互いが同時に足を踏み出したその瞬間――、


 ぐうぅ。


 腹の虫が、空気を読まずに鳴りやがった。


「……お腹……空いたぁ……」







 灰色の空から、彷徨うように雪が降りてくる。花びらが散るように、チラチラと。


「郡さぁん、まだですかぁ」

「黙って座ってろ」


 鍋の中身――淡い肌色のクリームをお玉でかき混ぜる俺の周りを、チョロチョロとザラメが動き回る。そして急かす。とにかく急かす。

 真っ白な大地の上には、淡い緑色のレジャーシートが敷かれている。

 その中央には、コスズが体育座りをしていた。


「ご飯……ご飯……」






 ――それは、戦いが幕を切って落とされようとした直前のことだった。


「お腹……空いたぁ……」


 腹を押さえ、蹲るコスズ。

 途端、轟音をたてて雪が流れていく。豪雨時の川みたいに、せき止められるものを失い氾濫している。


「ペコペコ……ペコペコ……」


 しゃがんだまま動こうとしないコスズ。

 それを見たザラメは、俺のそばに駆け寄ってこう言った。吹雪でかき消えないような大声で。


「郡さん、何か食べるものありますか?」

「え? 非常用のお菓子なら……まさかお前、あいつにやるつもりなんじゃないだろうな」

「そのまさかです」

「バカかお前、せっかく倒せるチャンスなんだぞ」

「だって、こんな卑怯なやり方嫌ですもん!」


 敵との戦いに正々堂々なんてあるものか。それに、そんな温情のせいで負けたらどうする気だ。

 そう問いただしても、


「ザラメ、負けませんから! 大丈夫です!!」


 ガッツポーズで返されるだけだった。


 また身体が冷えてきた。

 俺が粘ったところで、凍傷になるだけだ。

 それに、ザラメの目は煌めく砂糖のように輝いていて……もしかしたら、上手くいくかもしれない。根拠もないのに、そう思わせる眼差しだった。

 ……吉と出るか凶と出るか。読めねぇあたり、まさにギャンブルだ。


「しょーがねぇな……ほら、これやってこいよ」

「やったぁ! ありがとうございます!!」


 クッキーの入った袋をザラメに渡すと、自分が食べるものを貰ったかのように喜ぶ。そして、コスズの元へ駆けて行った。


「はい、どうぞ」

「……ぁ」


 差し出されたクッキーをコスズはおずおずと受け取る。手のひらほどの大きさのそれを、コスズは一口で飲み込んだ。


 それと同時に、ほんの少し風が弱まった……気がした。


「もっと……いっぱい」

「え? あ、どうぞ」


 ひょいひょいと擬音が聞こえそうなほど、コスズは素早く袋からクッキーを摘み上げる。そんでもって頬張る。その顔は餌を口に溜め込むリスのようだ。

 長い前髪のせいで表情は見えにくいものの、心なしか嬉しそうに見える。クッキーを取る手が生き生きとしている。


 変化は、コスズだけじゃない。雪も風も、少しずつおさまってきていた。まるで、コスズがクッキーを食うのに呼応するかのように――。


 ということはだ。この異変を解決する方法。

 それは、コスズの空腹を和らげること。だが、今あるお菓子では心許ない。

 だから、今俺たちに必要なもの……それは――。


「キャンプだ!!」





 というわけで、俺は今シチューを煮込んでいる。

 キャンプと言えばこれだろ。


「郡さん、あと何分ですか? 何秒ですか?」

「うるせぇ! ほら、お前もコスズを見習え。あんなに大人しく待ってるぞ」

「むぅ……」


 ちょこんと座っているコスズを指さす。コスズは僅かに体を揺らし、つま先を上下させ、


「ごっはん……ごっはん……」


 小さな声で歌っている。


「つーか、味覚のないお前が、なんでそんなに楽しみにしてんだよ」

「だってだって、一度キャンプご飯を堪能したかったんですもん! 味を感じられなくとも、普段と違う雰囲気は感じられるんですよ」


 そういうもんなのか。

 まあ確かに、同じ料理でも、場所が違えば味が変わるって言うしな。

 と考えていると、ザラメが指先に火を灯しているのが分かる。その表情は、やはり期待に応えようとする犬のようで。


「そうだ! ザラメも手伝います! 燃やせば良いんですよね?」


 ジュッ。


「そうそう、米が釜ごと灰に帰すぐらい強火で……って加減しろバカ!!」


 米と釜は帰らぬモノとなった。

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