第2話 おはよう、土葬少女

 秋の某日、夜明け前。

 季節のわりに、空気はひんやりとしている。

 コートがないと、少し肌寒さも覚えるぐらいだ。


 俺は、この町で密かに伝わる「素敵なお宝」を発掘すべく、母校佐藤塚高校に向かっていた。


 お宝と言うと、やっぱ金銀財宝大判小判。さらには「素敵」ときたもんだ。

 ひょっとすると、現代に合わせて、福沢さんが眠ってたりして……!

 お手軽に億万長者も夢じゃない!!

 

 紺色のコートに身を包んだ俺は、シャベル片手に暗がりに沈むの佐藤塚高校の門をよじ登る。


 え? 不法侵入? 母校だからヘーキヘーキ。


 校舎に入れた俺は、あらかじめ目星をつけていた旧校舎裏へ向かう。足音立てず、忍者のように。


 旧校舎裏へ着いた俺は、周りに人がいないか一通り確認し、シャベルの先を土の中に突き刺した。そして、掘っていく。


 土の匂いが鼻をくすぐる。これぞお宝の匂いだ。


 掘っているうちに、本格的に朝がやってきた。空の低いところは、淡く紫がかっている。

 そろそろずらからないと。


 紺色のコートに身を包んだ俺は、シャベルの先を土の中に突き刺した。

 そして、ザクザク掘っていく。


 土の匂いが鼻をくすぐる。これぞお宝の匂いだ。


 掘っているうちに、本格的に朝がやってきた。空の低いところは、淡く紫がかっている。

 もうそろそろ、引き際か? 


 ……いや、俺は賭ける。

 もうちょい掘れば、一生もののお宝に在りつける未来を——


 そう思っていると、何かが当たった。

 肌色のもので、シャベル越しの質感としては柔らかい。

 金目のものじゃないにしろ、「お宝」には違いない。そう思って掘り進めると、やがてそれは姿を現す。


「は……?」


 眠っていたのは、お宝ではなく…………裸の女だった。


 オレンジ色の髪を胸のあたりまで伸ばした女。バッテンの髪留めが左側の前髪を留めている。年齢は、大学生ぐらいか。ちなみにデカい。いや、それはどうだっていいんだが。


「ザラ、メ……」


 俺がこう呟いたのは、“ザラメ”と書かれたお札が、額に貼られていたからだ。


「どうしよ……」


 心臓がバクバク言ってるのは、身体を動かした所為なんかじゃない。

 学校に女の死体?

 それを掘り起こした俺、もしかしてヤバい……?

 警察案件は、流石に勘弁だ……!


「……う、埋め直すか……?」

 

 面倒事には巻き込まれたくない。

 手汗まみれの手でシャベルを握りなおしたその時だった。


「ん……うーん……」


 土をぽろぽろ落としながら、女が立ち上がったじゃないか。

 目をこするその様子は、寝起きみたいだ。


「あっ……え」


 声が掠れる。

 なんで埋まってたヤツが、動いて……まるで、キョンシーじゃないか……。

 つーかこいつ、履いてない。

 流石の俺にも羞恥心はある。顔が熱くなる。


 思考が知恵の輪の如くこんがらがる俺を差し置いて、女は寝ぼけた顔で俺をじっと見つめていた。

 そして自分の身体を見下ろすと、さっき起きたとは思えないほどの大声で叫んだ。


「きゃああああああああああああああああ!!」




 ————


 それでコートを奪われ、なんやかんやで今に至る。


 嫌なこと思い出しちまった……。

 俺は採掘の気力を失い、再び窓際の椅子に座る。

 こいつは、俺と出会ったあの日のことをどう思っているのだろうか。

 そう思う俺をよそに、ザラメは買い物袋の中から何かを取り出した。


「じゃーん! 金平糖です!」

「太るぞ」

「死体は太りません♪」

「というかお前、味覚ないだろ」

「食べた時の音を楽しむのです!」


 るんるんと歌うザラメ。

 俺の隣に腰かけたザラメは、金平糖の袋を器用に開けた。


「郡さんも食べますか?」

「ああ、もらう」


 糖分摂取は頭の回転効率を上げるのに必須だからな。

 金平糖を一粒噛みながら、俺は天井を見上げる。


「にしても、まだ電気点かないんだな」

「郡さんのせいですよ! 今月の電気代競馬で刷っちゃうから」

「刷ってるんじゃねぇ! 博打のスリルは有料なんだ!」


 俺が熱弁していると、ザラメはコートのポケットから紙を二枚取り出した。


「ここに馬券が二枚あります」

「ん? ちょっそれ俺の」


 ポケットを探ると、あったはずの馬券が消えている。こいつ、俺のいない間に取りやがったな……!


「これを……」

「おい馬鹿、罪を重ねるな!」


 馬券への危機を察して身を乗り出したが時すでに遅し。

 次の瞬間、ジュっと音がした。


「なんとびっくり、消滅です♪」

「なああああああああああああああ!!」


 燃やしやがった!!

 しかもこいつ、「種も仕掛けもありません、ドヤ」みたいな顔しやがって。


「ザラメの炎があれば、何でも燃やせるのです!」


 人差し指に緑色の炎を出しながら、ザラメは得意げに言った。

 これが、キョンシーことザラメの力だ。


「いや、まだ馬券はある……!」

「なんですと……?!」

「はははは! 買えばよいのだよ買えば!!」

「なら郡さんごと燃やしますね」

「あああああああああああ!」


 あぢゅい、あぢゅい!

 だが俺は諦めない。燃え滾る足を踏み出し、匍匐前進で玄関扉へ向かう。


「なっ……!? まだ、動けるというのですか! 一体何が、郡さんを突き動かして……!」

「……夢だよ」

「夢!?」


 一攫千金への熱い思い……夢があれば、例え火の中……。


「強火DEATH」

「ウェルダアああああああああン!!」


 俺はこんがり焼かれた。

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