1章 トツゲキ、隣のキャンプ飯!

第3話 お披露目、朝の風景

 郡遠弥の朝は、それなりに早い。

 というのも、朝の陽ざしが、否応にも目を覚まさせるからだ。

 カーテンを閉め忘れ、好き放題部屋を照らす光。

 東向きの部屋の構造を恨みつつ、俺は置時計に目をやった。


「まだ7時か‥‥‥」


 寝起きの髪をぐしゃぐしゃと掻き、欠伸を漏らす。

 頭はまだ起きていない。

 もうちょい寝ようかな‥‥‥。パチンコ屋の開店時間までまだ余裕あるし。午後からは競馬場にも行きたいし……今日はやること盛りだくさんだ。そのためには、今英気を養っとかないとな。


 よし、おやす

 


 ドカアアアアアアン!!


 爆発音とともに、部屋が上下に激しく動いた。


「な、なんだぁ?!」


 キッチンからか?

 部屋の扉を慌てて開け、キッチンに走った俺を待ち受けていたのは……。


「お料理、また失敗しちゃいました」


 青い火柱の昇るフライパンを握ったザラメだった。

 俺はバケツに水を入れ、ザラメに問いかける。


「……言い残したことは?」

「てへぺろ☆」

「黙らっしゃい!!」


 その水を、ザラメに思いっきりぶっかけた。

 



「もう……びっちゃびちゃじゃないですかぁ」

「誰のせいだと思ってるんだ」

「……はっ、ちょっと待ってください」

「なんだよ」

「これがホントの、『水も滴る良い女』……?!」

「水かさ増したろか」


 さっきの火災未遂は、俺の懸命な消火活動により事なきを得た。

 雑巾がけをするザラメは、黒いTシャツに着替え、首からタオルをかけている。

 ついさっきまでは水に濡れてびしょびしょだったわけだが、身体から落ちる水滴のせいで掃除が進まないから、とっとと着替えさせたのだ。ちなみに濡れザラメだが、身体がコートに引っ付き、ただでさえ良いプロポーションが強調されていた。

 だが興奮しない。なぜなら、ザラメだから。


「はあ……まるでザラメ、可哀想なシンデレラ」

「誰がいじわるな姉さんだコラ」


 お前の自業自得だ。


「終わったら風呂入れよ、風邪ひいて移されても困るし」

「必要ないですよ。ザラメ、冷たさとか感じないですし」

「そういやそうだったな」


 ザラメは、一度死んでいる。

 いつどこで死んだかも、その原因も覚えていないらしい。

 それで土葬されていたところ、俺が掘り出しちまった、というわけだ。

 だが今だに、ザラメが死んだって認め切れていない俺がいた。だってこんなにもザラメは生き生きとしてて……死んでいるようには見えなかったから。

 まあ、だからといって同情も贔屓もしないが。


「生前のことで、なんか覚えてないのか?」

「うーん……覚えてるのは、自分の使命だけです」

「デウス・エクス・マキナを倒す……だっけ」

「そうです!」


 ザラメは雑巾を持ったまま、勢いよく立ち上がる。


 ――デウス・エクス・マキナ。

 終焉の神と名乗ったそいつは、幾星霜を経てこの世界を終わらせると宣言した。

 そんな話が、大昔の文献で語られている。

 だが、大方の人間にとって、それは珍妙なオカルトで。信じる者はごくごく少数だ。

 俺だって信じちゃいない。

 

「なのに、郡さんのせいで復活が予定より早くなっちゃったんですよ! 力の蓄積が不十分なんです」


 土の中で眠っている間に、デウス・エクス・マキナを倒すための力を蓄える算段だったらしい。それを俺が邪魔したと。


「だから郡さんには、ちゃあんと責任とってもらいますよ」

「はあ?! 勝手に埋まってるそっちが悪いんだろ!」

「勝手に埋まってるってなんですか! 掘った方が悪いんです! 第一ザラメも参ってるんですよ。まさかザラメを目覚めさせたのが、ギャンブル狂のクズだなんて」

「俺も、こんな口うるせえヤツ御免だぜ」

「口うるさくさせてるのは郡さんですよ! 郡さん、今月ギャンブルでいくら刷ったんですか?! おかげで水道以外全部止まっちゃいましたよ」

「倍にして返すの!!」


 バシャア!

 ザラメに水ぶっかけられた。しかもこれ、雑巾洗ったやつじゃねーか!


「ぺっ、ぺっ! 何すんだおめぇ!!」

「家計を乱した罰です」


 こいつ……。


「あっ、もうこんな時間! カフェの開店しないと」

「いってら」

「郡さんも行くんですよ! ザラメの従業員なんですから」

「ストライキを発動」

「じゃあ今月の給料は没収ですね」

「ぐっ」


 ザラメは店長で俺は下っ端従業員。上下関係がある以上、こう言われると逆らえない。


「……分かったけど、こんなに濡れてるのに行けるわけねぇだろ」

「じゃあお風呂からあがってくるまで付き合います! ささっ!」


 と背中を押されて、脱衣所に入る。


「ちょっ、おま、自分で脱げるって!!」

「呑気に待ってられません! 開店時間も迫ってますから」


 と追い剥ぎをされ、


「ザラメが洗ってあげます! 座ってください!」


 と風呂に侵入される。そしてザラメは、有無を言わさずシャワーの蛇口を捻った。

 ん? そういや今水道以外止まって……。


「冷たっ!!!!」


 勢いよく、が出てきた。




 そんなこんなで、俺とザラメの一日が始まる。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る