第4話 寒いよ、ザラキャン△

「ぶるぶる……」


 吹雪がピチピチと肌を叩き、冷気が肺を刺す。


「ぶるぶる……」


 真っ白な塊は視界を阻み、防寒着の上に降り積もっていく。


「ぶるぶる……」


 辺り一面の雪景色に、感動など起こらない。


「寒い! ただ寒い!!」


 声を震わせながら、俺は寒空に叫んだ。

 しかし、灰色の雲に覆われた空は、俺の切なる訴えを虚しく吸収するだけで。


 そしてそれに答えたのは、


「もう、郡さんも手伝ってください!」


 さっきからテント張りに難航している、ザラメだった。

 

 ここは隣町の山頂。

 季節外れの雪が降る異変――そのど真ん中だ。

 今は、春。なのに景色は冬空だ。


 どうしてこんな場所にいるのか。

 それは、一日前に遡る。




――――


「異変ですよ! 郡さん!」

「あぁ?」


 競馬新聞を眺める俺を覗きながら、ザラメは興奮気味に言った。

 俺はあくまで、顔を上げないまま。

 

「隣町の山で、季節外れの雪が降ってるんです! これはきっと、デウス・エクス・マキナの仕業に違いありません!」

「ふぅん」

「なので退治に行きましょう!」

「行ってら〜」

「郡さんも行くんです!」

「はぁ? なんでそんなこ……場所はどこって?」

「隣町の山です」


 「ほら、あそこの」と、ザラメは窓の外に目を向ける。家々を隔ててあったのは、麓から上を白く染めあげた季節外れの景色。


「あの山って確か…………よし、行くぞザラメ」

「やったぁ!!」


 という経緯いきさつで今に至るのだが。


「だからって、なんでキャンプなんてしないといけねぇんだよ!」

「だってやりたかったんですもん!」

「一人でやれよ!」

「一人キャンプなんて、寂しいじゃないですかぁ。それに、ここが異変の中心なら、デウス・エクス・マキナをおびき寄せられるかも……!」

「出てくる気配ねぇだろ!」

「諦めたら試合終了です!」

「んなところで名言使うんじゃねぇ! ……ぶぇっくしゅ!」


 吹き出た鼻水がみるみるうちに凍っていく。

 ここ、人間がいて良い場所か……?

 分厚いコートに手袋、帽子にマフラーまで完備してるってのに、冷気は俺の身体に染み込むばかり。


 というかザラメのやつ、温度感覚がないからピンピンしてやがる。いつも通りの裸コートで、挙句の果てに鼻歌まで歌いやがって……。

 こんなことなら、協力しなきゃよかったな。


 ザラメは今だテントの組み立てをしている。かれこれ20分近く待っているが、一向に完成の兆しが見えない。遅い、遅すぎる。


「……だぁもう! 俺がやる!!」


 俺はザラメを押しのけ、テントに手をかける。

 すると、バサッという音とともに一瞬で開いた。


「これワンタッチ式じゃねぇか!! 何に手こずってたんだよお前は!」

「えへへ……文明の力ってすごいですねー」

「時代遅れのキョンシーが……」


 恨み言はザラメに届かなかったらしい。

 テントから離れたザラメは積もった雪をじっと眺め、


「雪合戦しましょう!」

「はぁ?! なにいってぶふぇあ?!」


 ちべたい! 顔がちべたい! つかイタイ!!

 そんな俺を見て、ゲラゲラと笑うザラメ。


「やーい! 郡さんよわーい」

「やったなこのクソザラメが」


 俺は雪玉をつくり、ザラメの顔めがけて投げるも……。


「効きません!」


 ザラメは指先から炎を出して雪玉を溶かしてしまった。


「あっ! ずりぃぞザラメ!!」

「これがキョンシーの力です! 時代遅れとは言わせませんよ!!」


 聞こえてたのか、さっきの悪口。


「やろぉ……ん、ちょっと待てよ。お前、俺を燃やせるか?」

「? もちろんですけど」


 と言い、ザラメは間髪入れずに火の玉を投げつけた。

 炎は俺に直撃し……


「ああ〜あったけぇえ〜」


 火炎に包まれた俺は、風呂に入るおっさんみたいな声をあげた。

 ここの寒さと炎の熱さが合わさって、ちょうどいい温度になっている。頭まで湯船に浸かってるみたいだ。これなら寒空も怖くない。


「そんなにあったかいんですか?」

「ああ、めっちゃあったかい」

「……どんな感じなんですか?」

「え?」

「“あったかい”って、どんな感じなんですか?」

「そりゃ、“あったかい”は“あったかい”だよ。それ以上説明できんな」

「……そうですか」


 そう言って視線を落としたザラメは、少し切なげに見えた。


「んだよ、言いたいことあるなら言えよ」

「いえ……“あったかい”っていうのが、気になって。ほら、ザラメにはそういう温度的なのが分かんないですから」

「あー……」


 どうしようもない悩みだ。

 それこそ、神様にしか解けない命題。

 俺に分かるわけがない。

 分からないから、黙って雪玉をこねる。

 こねこね。


「分かんなくたっていいんじゃねーの? そんなに不便なのかよ」


 こねこね。


「不便とかじゃなくって……気になったんです」

「ふーん」


 そして、丹精込めて作った雪玉を掲げ……


「郡さん、さっきから何してぶふぅ!?」


 投げてやった。

 玉は、くいっと上がったザラメの顔にクリーンヒット!

 綺麗に雪玉は弾け、ザラメは雪原に倒れ込んだ。


「ははっ、さっきのお返しな!! いやぁすっきりしたー!」

「……ザラメを本気にしましたね」


 ゆらりと起き上がったザラメは――般若の形相をしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る