第5話 どこだよ、マイトレジャー

 吹雪は止むことなく、俺たちの身体をしきりにピチピチと打つ。

 甲高い風の音が響き渡る。

 それはさながら、魔女の笑い声だ。

 

「ぜえ、はぁ……今日のところは、ぜぇ、これぐらいにして、ぜぇ……あげますよ」


 俺の雪玉攻撃を存分にくらい、ザラメは雪だるまになっていた。

 顔だけ出し、身体が雪にすっぽり埋もれている。


「よっわいなぁ」


 このザラメ、意外なことにすぐバテる。キョンシーなのに。


「というか、痛覚はないのに疲れは感じるんだな」

「そう、なんですよぉ。体力に関しては、“地脈”を使ってるので、それが切れるとバテちゃうんです」

「地脈?」


 ザラメ曰く、地脈とは、この世界の大地に流れているエネルギーだと。ファンタジーで言う魔力みたいなもので、大昔の人類はこれを使って大きな動物を狩っていたとかなんとか。

 今も足元を流れる地脈を、現代の人間が享受することはほとんどないが、キョンシーであるザラメにとっては死活問題なのだ。

 なんせ、デウス・エクス・マキナを倒すための力であり、眠りの中でそれを蓄えるつもりだったのだから。


「あーあ。そんなザラメを郡さんが掘っちゃうから、地脈を上手く貯められないんですよね」

「知ったこっちゃねぇよ」


 どうやらザラメがバテやすいのは、予定よりはやくこいつを掘り出した俺の責任らしい。


「地脈切れのせいで“ザラメちゃん☆ファイア”も使えないですし……」

「まあいいんじゃねぇの? 雪だるまになんてなかなかなれないんだし」

「ぐぬぅ……脱出した暁には、郡さんを雪だるまにしてやります……!」

「お? やれるもんならやってみろ。お前にその体力があればな」

「むぅ……」


 頬を膨らませるザラメは、幼稚園か小学生のガキみたいだ。


 俺はその辺に落ちていた木の枝を拾い上げ、雪だるまの胴体に刺す。

 折角だし、これで腕っぽくしてやろう。


「うー。ザラメで遊ばないでくださいよぉ」


 普段ギャンブルを制限されるんだ。これぐらいやり返しても罰は当たらんだろ。

 あとは、頭に乗っけるバケツがあれば完璧なんだがなぁ。


 さて、お遊びはこれぐらいにして。

 ザラメを置いてテントに潜った俺は、手早く荷物を纏める。

 期待に胸を弾ませながら。

 

 こうして気分が高まるのには、理由があった。

 そしてそれは、俺がこんな危険を冒してまでここに来たことに直結する。

 なんとこの土地、埋蔵金が埋まってるらしい。

 

 ザラメの邪魔が入らない上、他の採掘者もいない今、神は俺の味方。

 一攫千金も夢じゃない。そしてその金でレッツ博打!!


 自分を勇気づけるように、シャベルを握る。

 黒を貴重としたオーソドックスなこいつは、所々錆びついている。それもそのはず、中学時代から愛用している、自慢の相棒なんだから。


「一応リュックも持っていくか」


 背負ったリュックには、軍手やらロープやらレジャーシートやら非常用お菓子やら、とにかく色々入っている。備えあれば嬉しいな。

 テントから出てきた俺を、ザラメがジト目で見つめる。いびるのが趣味な姑かお前は。


「……シャベル持ってきたってことは、埋蔵金を探す気なんですか? そんなことでお金を手に入れても、何の得にもなりませんよ! こういうのは地道に稼ぐからこそ価値があってですね」

「あーうるさいうるさい」


 説教臭いザラメに背を向け、歩き出す。足跡を刻みながら、着実に。

 雪はまだまだ止みそうにない。


「ちょっと郡さん! 待ってくださいよー!!」


 ザラメの声が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。






「にしても、どこに埋まってんのかねぇ」


 埋蔵金探しに旅立ってかれこれ3時間。今だそれっぽいものにお目にかかれていない。


 吹雪はさっきよりも強い。

 ……というか、ここら辺に来てから一層激しさが増したような……?


「前が……見えねぇ」


 テントからは大分離れてしまった。

 その上、夢中で歩き回ったせいで、今の場所も分からない。

 スマホも、吹雪のせいか繋がらない。


「これ……ひょっとしてヤバい……?」


 右も左も分からない。

 目印になるものもないから、完全な迷子だ。というより、遭難だ。


 身体が震える。

 寒い。

 凍えそうだ。


「ザラメの火、浴びてぇな……」


 ……。

 な、何言ってんだ俺?!

 寒さで頭がやられたのか。


 んなこと言ってもザラメは頼りねぇし、自分でどうにかするしかない。

 でも、どうすればいいんだ……。


 ダメだダメだ。

 弱気になったらおしまいじゃないか。


「……はぁああああクソったれ!」


 景気づけかヤケクソか。

 俺はシャベルで、その辺の雪を突き刺した。

 すると。


 ゴツン。


 何かが当たった音がした。

 音からして、なんか高級なものかもしれない。


 さっきまでの意気消沈っぷりはどこへやら。

 俺は無我夢中で、雪を掘っていた。

 そして――。


 出てきたのは、ブリキの人形だった。


 汚れ一つない、金属製のおもちゃ。

 そのデザインはと言うと、黒い頭巾を被り、白い長袖ブラウスに黒サスペンダー付きの黒いスカートだった。頭巾からはみ出ている髪の毛――両目を隠す前髪は、この雪のように白い。


 拾い上げて隅々まで見るも、どう考えてもガラクタだ。


 ため息が出る。希望を掲げられた分、それが取り上げられた絶望というのは計り知れない。


「はあ……ハズレかぁ」


 ガラクタには興味がない。

 それを後ろに投げ捨て、スコップを握り直したその時だった。


「お仕置き……」


 幼い少女の声がしたと思ったのも束の間。


「うぐっ……!」


 足に激痛が走る。

 力を入れても、動かない。

 何より、すっげぇ冷たい。


 嫌な予感がして、恐る恐る足を見下ろし……絶句する。


 ――俺の両足は、カチンコチンに凍っていた。

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