第35話 ひといき、放課後の後日談

 部屋を仄かに彩る光は、朝焼けの朱色。

 俺と佐藤をロックオンした照明の白は、なんのつもりかド・ピンクに変わっていた。


「この刺激はっ、はうぅっ!!」


 鼻血を噴水みたく放ち、ミドウがぶっ倒れる。

 その血で遺されたダイイングメッセージは、


 “お次は、B”


 やかましわ。


「郡さん、“B”ってなんですか?」

「死んでも言いたくねぇ」

「?」


 きょとんと首を傾げるザラメ。

 お前にはまだまだ早いみてぇだな。


「ところで青年、先程から微動だにしていないようだが」


 思いがけない大人への入学式を終え、俺は動けなくなっていた。


「カチコチ……」

「氷みたいになってますねぇ。“こおり”さんだけに」


 うるせぇやい。


「郡ってば、想定外に弱いんだねぇ」

「誰がその“想定外”を作ったと思ってんだ?! おいザラメ、俺の身体担いで連れて帰ってくれよ」

「……」

「ミドウも大人しくなったし、解決だろ?」

「……」

「それとも、燃やして温めたら動くかね? ほら、今氷みたいに固まってるんだし」

「……」


 ジト目で俺を見つめるザラメ。

 まるでゴミ屑を見るような、冷ややかな視線だ。

 しかも照明のせいで、表情がいつもよりくっきりと見える。軽蔑が痛い。


「友人にあれだけのことをしておいて、自分のことは連れて帰ってほしい、ですか」

「そ、それがなんだよ」

「サイテー」

「はぁ?! そもそも俺たちを利用したのは佐藤の方だろ?! 悪いのはこいつじゃねぇのかよ!」

「だからってあれはナンセンスです。郡さん、人の嫌がることはしちゃダメって教わらなかったんですか?」


 ザラメに説教されてる。

 しかもけっこうガチトーン。

 加えて、掃除機の吸い込み口を頭に見立てて、前後左右に動かすザラメ。


「ほら見てくださいよ。メイプルちゃんも苦言を呈してます。『吸うにも値しない愚かな人類』って」

「メイプルはそんなこと言わねぇ」

「郡さんはメイプルちゃんの何なんですか」


 知らねぇ。


「ザラメじゃ話にならねぇな。デウス……!」

「正直私も引いたぞ。あれは無いわー」


 佐藤の縄を解きながら、デウスも突き放すように言う。

 さらにはコスズが俺と佐藤の傍に屈み、不満げに見上げる。


「ラムネ……」


 お前はそっちか。

 ラムネ瓶を拾い上げるコスズの白い髪がピンク色に照らされて……


「いい加減照明を切れぇええ!!」


 そんなこんなで、ポルターガイスト異変は幕を下ろした。

 新たな学校の怪異、“夜明けの炭酸魔”によって。






 ————


 ——ポルターガイスト異変が収束して一週間。

 俺たちは三度みたび、佐藤塚高校へとやってきていた。

 今回は、黄昏時の放課後に。そして、入校許可証を首から下げて。


「お邪魔します!」

「来たぞ、佐藤」

「いらっしゃーい」


 生徒会室の扉の先で、ソファに腰かけた佐藤が出迎える。足元には紙袋が置いてある。


「佐藤青年、ミドウは今いないのかね?」

「ええ、備品の準備に行ってまして」


 言いながら、佐藤はティーカップにシロップを垂らしている。

 その後ろから、背もたれに手を掛けてコスズが呟いた。


「ラムネ……飲みたい」

「それはミドウちゃん次第だなぁ。あれ、全部あの子のだから」


 あの後、ミドウは正式にポルターガイストとして学校に居つくこととなった、と。

 とは言え、今までの騒動の清算は必要で。

 今は生徒会に所属し、雑用をしているらしい。

 佐藤は紅茶をすすり、こう続けた。


「で、僕はミドウちゃんの監視役」

「違う違う、アタシがせんせーの監視役だヨっ!」

「ゔわぇあ?!」

「デウス様、おっかなびっくりしすぎだヨ」


 ミドウの声がしたと思えば、いつの間にか佐藤の膝に頭を乗せていた。

 床からでもすり抜けてきたのか? 相変わらず、神出鬼没なツカイマだ。


「せんせー、糖分摂取量が凄まじいの。このままじゃ糖尿病で人生RTAだヨ」


 ミドウが口を尖らせながら、袖を高く掲げる。

 すると、まだ使っていないシロップの容器が宙に浮かび上がる。

 佐藤が手を伸ばすも、天井近くまで浮き上がって届きやしない。


「ああっ!」

「だからせんせーの食生活は、アタシが監視してるんだヨ!」


 得意げに言ってスカートのポケットから取り出したのは、朱色の手帳。

 パラパラと捲ったページには、佐藤が摂った食事と糖分量が細かに、しかも毎日記されていた。


「ははっ……僕の寿命は、ミドウちゃんに握られちゃったとさ」


 すっげー無念そうに呟く佐藤だが、同情の余地が全くない。


「ミドウ……ラムネ、飲みたい……」

「いいヨ~」


 コスズの声に、両腕を前に出して上体を起こすミドウ。冷蔵庫の扉を開け、中のラムネ瓶を宙に浮かべてコスズの元へ運ぶ。


「おお〜……」


 ラムネ瓶をキャッチしたコスズは、佐藤の向かいに腰かけてちまちまと飲み始めた。

 念願のラムネ瓶。足を上下に動かし満足そうだ。


「ところで、トキメキの方はどうなんです?」

「それがねー、毎日いっぱい大発見だヨ!!」


 ザラメの問いに、くるくると舞いながらミドウは答えた。アホ毛がぴょこぴょこ動いている。


「初めても盛りだくさんで、とっても楽しいの!」


 その言葉に、ザラメの顔も穏やかだ。


「この間なんかねー、生徒会長クンと書記クンが密着してて……禁断の恋、見ちゃったヨっ!」


 ミドウが嬉々として緑青色の日記を見せる。そこに書かれていたのは、その時の詳細だった。

 俺とザラメ、デウスが寄り合って目を通す。

 ノート5ページにもわたる情報量。2人の一挙手一投足だけでなく、イラストや当時の台詞も記されており、情景が嫌でも想像できてしまう。

 俺は途中で目を離し、


「磨きがかかってねぇか?」

「これも皆のおかげだヨっ! これからも、もぉっと色んなトキメキを見つけるつもり!!」

「やっぱこいつ野放しにしちゃ駄目だろ。またやらかすんじゃねぇの?」

「そこは安心したまえ、青年」


 落ち着いた声とともに、デウスが片手を挙げる。


「暴走した分の力は、私がきっちり回収している」

「それに、いざとなればこれで」


 そう言って佐藤が、紙袋をテーブルに乗せる。勢い余って滑り出した中身は、マゼンタ色の細長い冊子だった。白い犬のキャラが書かれたそれは、今も昔も生徒がお世話になるあれだ。

 佐藤がそのうちの一冊を手に取ると、ミドウの顔が一瞬で真っ青になる。


「そ、それはもしやっ……漢字ドリル?!」


 袖先を頬に当て、素っ頓狂な声をあげるミドウ。

 さながら、橋の上で叫びをあげる絵画のようだ。


「ミドウちゃん、漢字ドリルで囲まれるのに弱いみたい」

「猫か何かか?」


 俺には、ミドウの生態がまるで分からない。

 ……ミドウだけじゃねぇか。

 俺は顔を上げ、教室を見回す。


 佐藤と談笑するデウス。

 ミドウにラムネのおかわりをねだるコスズ。

 部活に励む生徒を、窓辺から興味津々で見下ろすザラメ。


 人間っぽいくせに、人間じゃねぇこいつらが。

 人間じゃねぇくせに、人間っぽいこいつらが。

 分かりそうで、俺にはやっぱり分かんねぇ。


「ところで佐藤青年。最近私のザラメが、さらに魅力を増して困っているのだが」

「しゅわしゅわ……好き」

「郡さん郡さんっ! ザラメも部活やりたいです、一緒にやりましょう!!」


 いや、分かんなくて良いや。

 そう結論付けて、1つ大きく息をついた。






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