6章 リトライ、アナタだけのトキメキを

第30話 名案? ザラメの新装備!

 もはや日常と化した、“記録的な熱帯夜”。

 汗がじっとりと、肌に貼り付く。風は無く、空気は生暖かい。人の息が充満しているみたいで、息苦しさを覚える。


 そんな、丑三つ時真っ只中。ほっそりとした下弦の月が居座る空の下。

 俺達は1日ぶりに、佐藤塚高校の門を乗り越えていた。もう何度目かの不法侵入。道理で手際が良くなるわけだ。


「それでザラメ。作戦ってなんだよ」


 運動場を横切りながら、コードレス掃除機を抱えているザラメに問いかける。

 紺色のボディに橙のライン。どことなく持ち主似の掃除機を愛おし気に撫でながら、ザラメは言う。


「ミドウさんはポルターガイスト。色々な物を動かし飛ばしてくると思います」

「そうだな」

「そこでです!」


 ザラメが、自信満々な笑みとともに掃除機を近づけてきた。


「この子で吸いこみます!」

「なんて?」

「この子で、吸い込みます!!」


 暗がりでもはっきり分かる、「ザラメってば天才ですね♪」と言わんばかりのドヤ顔。

 そんなザラメに、俺は爽やかな笑みを浮かべ……


「お前、とうとうおバカを隠さなくなったな」

「おバカなんかじゃありませんよぉ!!」


 俺の身体をポコポコと叩くザラメ。


「そんなんで吸えるわけねぇだろ。どこぞのゲームじゃあるまいし」


 俺のツッコミに、ザラメは人差し指を左右に振りながら言い放つ。


「チッチッチ、それが吸えるんです! この子にはザラメの地脈をたっぷり注ぎ込んであってですね。ツカイマにも効果テキメンのはずですよ!」


 そんな器用なことできるのか。


 コスズが掃除機と目線を合わせている。

 心惹かれているようだ。長い前髪の隙間から見える目は、キラキラと輝いている。


「ザラメ……すごーい……」

「でしょでしょ〜?」


 褒められてよっぽど嬉しいのか、得意げに胸を反らすザラメ。主人に褒められた飼い犬みたいだ。架空の尻尾を、ぶんぶん振っている。


「ほう……!」


 デウスも興味があるらしい。鑑定でもするかのように、掃除機をしげしげと見つめている。


「地脈を注いだ道具……か、面白い。して、どれほどの効果があるのかね?」

「それはー…………使ってみてのお楽しみです!」

「なるほど。ドキドキ感の演出というわけか……! 流石は私が見込んだフィアンセ!!」

「えへへっ、それほどでも〜」


 照れるザラメ。

 多分、最後のフィアンセどうこうは聞き流しているな。

 ……つーか。


「さてはお前、何が起こるか知らないな?」

「そそっ、そんなわけないじゃないですかぁ」

「図星じゃねぇか、がっつり目ぇ泳いでんぞ」


 露骨に顔を逸らすザラメ。

 その行き当たりばったりっぷりに、さっきまでの感心が全部吹き飛んじまった。

 やっぱ心配だわ、こいつ。


 そんないつもの俺たちの後ろで、おずおずと手を挙げる新入りがいた。


「……というかさ、僕いる?」


 この学校の教師、甘党に定評のある佐藤だ。

 今晩は、首根っこ掴んで連れて来た。


「正直、足手まといだと思うけど」

「そんなことねぇって。俺も校舎のことは正確に覚えてねぇし、見落としだってあるかもだろ? 現役教師がいる方が、確実だと思ってな」


 とでも言っておく。

 困ったように髪を弄る佐藤の元へ、ザラメが駆け寄る。


「仲間が増えれば、心強さも倍増です!!」


 期待の眼差しを惜しみなく向けるザラメ。


「よろしくお願いします、佐藤さん!」


 嬉しそうに言いながら、佐藤の両手をしっかり握るのだった。




 校舎に着いた俺たちは、来賓用のスリッパを拝借し、旧校舎内に足を踏み入れる。

 前にミドウと出くわしたのがここだったし、今回も旧校舎にいる可能性が高い。


 電気をつけるべく、スイッチに手をかける。

 だが、何度押してみても虚しくカチカチと音がするだけだった。


「っぱ駄目か」


 前もそうだったが、明かりはついてくれない。

 その上、閉ざされた空間だからか、外よりも暗く感じた。

 

 スマホのライトをつけ、上下左右に光を照らしながら進む。教室を一つ一つ確認して、ミドウを見つけるのだ。

 ザラメはしきりに見回しながら、「出ませんよね、ホントに出ませんよね……」と、俺の腕を掴んで呟いていた。

 タネが分かっていても、怖いものは怖いらしい。


 音楽室の扉を開ける。見渡しても、机とピアノと、あとは骨格標本と筋肉標本しかない。

 ここも違うか。

 これで2階は見終わったから、残りは1階ってことになるな。前にザラメがミドウに会ったらしい家庭科室は、ここの真下だった。っつーことは、やっぱ1階が有力だな。

 扉を閉めようと手に力を入れる。

 ……と、その前に。


「そんなに怖いなら留守番しとけよ」


 引っ付いて離れないビビリを冷たくあしらう。そのビビリは、不服そうに頬を膨らませていた。

 相も変わらず、怖いのを我慢しながら。


「それはイヤです。ザラメ、ミドウさんと話がしたいんですよ」


 ——「それでどうする気だよ」と。

 そう問い詰めようと口を開くも、思わぬ割り込みが入った。


「話して、どうするんだい?」


 尋ねたのは、意外にも佐藤だった。

 その心意気を試すかのように、ザラメをまっすぐ見つめる。


「そうですねぇ、トキメキ探しを手伝おうかと」

「へぇ」

「お前は面倒事にダンクシュートしないと気が済まねぇのか?!」

「はい! 例え面倒事でも、最後までやり遂げたいんです!!」


 はっきりと、ザラメは言った。

 その目には生気こそないのに、やたらと力強い。

 こうなったザラメは、満足するまでとことん追求しにいく。


「ひょっとしたら、この教室にも探し物のヒントがあるかもです! …………あったら良いなぁ……」


 そのくせ、足は生まれたての子鹿状態だ。


「あのなぁお前。机とピアノと標本しかねぇ教室に、そんな都合よくヒント、が…………」


 うん?

 ……おかしくね?


 俺の肩に、デウスの手がかかる。


「青年。私は学校の知識に疎いのだが……音楽室に、標本は置いてあるものなのか……?」


 デウスも気づいている。

 声を震わせ、恐る恐る「異物」を指さす。


 ——空気が張り詰めた。

 その反応を待ってましたと言わんばかりに、標本どもが顔だけをこっちに向けたのだ。

 剥き出しの眼球が、俺達に狙いを定めた。





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