♯ 八面六臂(はちめんろっぴ)BOUZ ♯

 金田先輩がお亡くなりになっている。

 いや、本当に死んだ訳ではないが、いつもは本多先輩が陣取っているソファの上で死んだように眠っている。さっきからピクリとも動かない。


(お疲れなんだなあ……)


 思わず心配になって口と鼻の前に手をかざしてしまった。


(良かった、ちゃんと息はしてる)


「ほお……こんな風になってるのか」


 先ほどから金田先輩の着ている僧衣をあちこちめくってはメモを取っていた飛原先輩が感心したように頷いている。

 本多先輩はマジックで額に「肉」と書いて眉毛を繋げているし、古川先輩は彼のサラサラの髪をヘアオイルでまとめて細かく複雑な編み込みにしている。みんな寝ているのをいいことにやりたい放題だ。



 成果があったのかなかったのか分からない合宿を終えて、盆休み前の部活に参加していたら、金田先輩がフラフラと現れた。

 夏用の紗の僧衣を身に着けて、目の下に酷い隈を作った先輩は「地獄の釜が開いた……」と呟き、ソファに倒れ込むようにして眠ってしまった。

 どうやら檀家回りの途中で抜け出してきたらしい。8月に入ってから家業が忙しいようだ。


 僕はいよいよ父から譲り受けたギターを部室に持ち込んで、作曲しようと頑張っていたが、これがなかなか上手くいかない。作詞のセンスもないしどうしたらいいのだろう。

 他の先輩達のように何か楽器以外の特技でもあれば、もう少し視野が広がるかもしれないのに。


(結局僕には音楽これしかないのかな)


 思い悩む僕の目の前で、自分のバッグからマイドライヤーを取り出した古川先輩が鼻歌を歌いながら金田先輩の髪を仕上げている。

 彼の綺麗なマッシュヘアーをキープする為にいつも持ち歩いているそれは、マイナスイオンで髪の保水率をアップさせ髪にツヤと潤いを与えるのだと得意げに話していた。


(いやいや、待って?やり過ぎじゃない?また怒られるよ?)


「せ、先輩?もうやめた方が……」

「大丈夫、冷風だから熱くないよ♪出来た!可愛い〜!」


(そういう問題じゃないよ!)


 出来たと言われてつい目を遣れば、どうやったのか金田先輩のサラサラヘアーは見事なアフロヘアーになっていた……。

 しかしフワフワモコモコでも男前は変わらない。例え額に「肉」と書いてあろうが眉毛が繋がっていようが神々しさは何一つ失われていないのがすごい。


「アッフロ軍曹はア・フ・ロ♪フ〜♪」

「歌ってる場合ですか!ごめんなさい、金田先輩!?先輩?起きてください!大変ですよ!」

「……ん?ああ、ごめん。寝てた?」


 起こすのは可哀相な気がしたけど、これ以上寝てたら僧衣に電飾とか巻き付けそう。ゆさゆさと肩を揺すると、金田先輩は眠そうに目を開けた。顔色は少し良くなったみたいだけど、他が酷い。


(何しても似合うけど……いや、そうじゃない!)


 腕に嵌めた趣味の良い腕時計をちらっと見た金田先輩は、慌てて起き上がった。


「ヤバい、鴇田ときたさんちに行く時間だ!起こしてくれてありがとう、綾人。じゃ!」

「あ、あーー!先輩、待って!!その頭じゃ……!!」


(アフロだし眉毛繋がってるし「肉」って、おでこに「肉」って書いてあるよーーー!)


 止める間もなく部室から走り出て行った金田先輩。他の先輩達はお腹を抱えて笑い転げている。

 僕は慌てて携帯を取り出して先輩に電話を掛けたけど、気付かないのか全然出ない。諦めてメッセージを送ったけど、大丈夫かなあ。檀家さんに怒られないだろうか。



 翌日、更に酷い顔色で現れた制服姿の金田先輩は、無言で本多先輩と古川先輩に拳骨し、不貞腐れてソファに身を投げた。


「お、五体投地か?」

「いらんこと言うな、蛍」


 こそこそ小突き合う先輩達と一緒に彼を見守っていると、金田先輩は大きな溜息をついてソファの座面に顔を埋めてしまった。何やらブツブツ言っているので心配になって恐る恐る近づいた。


「金田先輩……?大丈夫ですか?」

「……翔真に嗤われた……」

「は?」

「地獄に堕ちろ、本多、古川……奈落の底まで堕ちろ……等活地獄とうかつじごくで引き裂かれて糞尿に塗れて蟲に喰われて火で焼かれろ鉄 かめで煮られて縛られたまま突き落とされて犬に喰われて鉄棒で貫かれて燃やされろ」

「せ、先輩……?」


(ヤバいヤバいヤバい、目がイッちゃってる)


「その後 黒縄地獄こくじょうじごく……ふふふ……衆合地獄しゅごうじごくで磨り潰したら叫喚地獄きょうかんじごく大叫喚地獄だいきょうかんじごく……灼熱地獄しゃくねつじごく……ふ…ふふ……大焦熱地獄だいしょうねつじごく巡って最期は阿鼻地獄あびじごくだ……無間地獄むけんじごくで血塗れの鉄釘を喰うがいい……ふふ、ふふふ……」


(あ、壊れた)


 どうやら気付かず家まで戻って翔真君に大爆笑されたのがショックだったみたいだ。実情はどうあれいつでも優しくてかっこいい兄貴を目指していたのに…。

 檀家さんもすぐ教えてあげればいいのに、後から密告があって御住職お父さんにも叱られ、今日は手伝いをしなくていいと言い渡されたらしい。

 簡単に「●ね」と言わない語彙力と地獄の知識の豊富さがリアルで怖い。僕は金田先輩を敵に回すのは絶対にやめようと固く心に誓った。


(特に翔真君絡みでは……)




 しかし本多先輩は地獄の話を聞いて面白がり、更に次の日歌詞を作って持って来て、「聞けえ、者ども!」と朗読会を開催した……。


八面六臂はちめんろっぴBOUZ』作詞・大日如来マハーヴァイローチャナ

「1.地獄の釜が開きゃ 極卒どものバカンス さ (jigokujikgokujigoku)

But BOUZにゃ退屈してる暇はねえ

ウッランバナ ウッランバナ 逆さ吊りだぜ

五体投地で拝み倒しな Ah (Chorus:na-mu×3)


2.西へ東へダーナパティ 盆Danceだ生者も踊れ (echoechoecho)

But BOUZにゃ飲食おんじきしてる暇もねえ

ウッランバナ ウッランバナ 徳を積め

彷徨う亡者を救い導け Ah (Chorus:na-mu×3)


3.地獄巡りはもう飽きた 胡瓜に跨り九里を駆けろ (horokuhorokuhoroku)

But BOUZは韋駄天走りさ

ウッランバナ ウッランバナ 苧殻おがら燃やすぜ

迎え火目指して突っ走れ Ah (Chorus:na-mu×3)」


(いや、ダメだよね!?9里って35kmくらいだよね?地獄近くない?いやそうじゃなくて!?誰かダメって言ってあげて!?)


「さ、さすがにそれはまずいでしょ!本多先輩!」

「ウケるーーー!!」

「ちょっと音入れてみようぜ」


 あまりに酷い歌詞に僕はかなりパニくっていたが、面白がった飛原先輩と古川先輩がそこにデスメタル風のメロディを乗せ始め、僕を巻き込んで即興のセッションが始まった。


「ほら、綾人も!」

「うえええ!?」


 久しぶりの演奏は探り探りでもそれなりに楽しくて、僕もつい乗ってしまったのがいけなかった。

 更に調子に乗った本多先輩が歌おうとしたから皆必死で止めたけど、コーラス部分のデスボイスはなかなかいい感じだった。


(だからそうじゃないよ!普段何聞いてんの、本多先輩!)


 いつの間にか顧問の井原先生が現れて、しばらくポカンとしながら聞いていた。そして演奏が終わると拍手喝采、大声で笑いながら「いいね!」と、どこぞのSNSのようにサムズアップして去って行った。


(え、いいの!?金田先輩助けてー!?)


 しかし金田先輩は魂が抜けるくらい疲れて感情が麻痺していたのか、はたまた翔真君が遠縁の寺に戻ってしまって打ちひしがれていたのか、盆が終わった頃に現れて「いいんじゃないか……」と、まさしく仏頂面で呟いただけだった。


(本当にいいの!?ボーカルなんだから歌うの先輩だよ!?肝心なとこで使いものにならないよー!)


 僕には暴走する先輩方を止める力がない。かくして記念すべき「ドット虚無」の第1曲目は、文字通り地獄の様相ようそうていしたのだった―――。



◇◇◇◇◇


【後記】


色々申し訳ございません。

ほぼ作者がやった悪戯です。


【註】


金田先輩が呟いていたのは八大地獄のこと。


八面六臂・・・多方面にめざましい活躍をしたり、一人で何人分もの働きをすること。元は阿修羅 (三面六臂)などの多面多臂の仏像を表したもの。八面六臂の仏像は存在しない。

五体投地・・・両手・両膝・額を地面に投げ伏して仏や高僧などを礼拝すること。

ダーナパティ・・・布施のこと。日本においては「布施をする人・陀那鉢底」旦那。

ウッランバナ・・・盂蘭盆会

苧殻・・・迎え火の時に焚く麻茎の皮を剥いだもの。

胡瓜・・・先祖を迎える精霊馬、帰りは茄子で作った牛。

韋駄天・・・増長天の八将の一神で、四天王下の三十二将中の首位を占める天部の仏神。伽藍の護法神。よく走る神、盗難除けの神 (俗信)

デスボイス・・・jigoku (地獄)echo (回向)、horoku (焙烙・迎え火を焚く皿)


【曲】

『アフロ軍曹』2004年

アニメ「ケロロ軍曹」1stシーズンED

作詞・作曲・編曲・歌:ダンス☆マン 

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