♯ My Generation ♯

「最近、男子棟の敷地内に女生徒が入り込んでいるという報告がありました」


 夏休みも終わり、クラスごとに集まったSHRで担任の北村先生がそう話していた。僕は一瞬ヒヤリとして、周りを伺う。授業は選択制なので席順は流動的だけど、早い者勝ちに埋まった後方の席で、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる男子生徒と目が合う。

 オリエンテーションの時に、僕の自己紹介を聞いて鼻で嗤っていた奴だ。確か苗字は鴇田ときた、下の名前は聞いたけど忘れた。


「うちの学校は特に男女交際は禁止してないが、もうすぐ男女合同の球技大会も近いし浮かれて羽目を外さないようにな」


(葵ちゃんに連絡しとかないと……)


 先生がそう締めくくり、鐘が鳴る。みんながそれぞれに散らばっていく中で、僕も素知らぬ顔で教室から出ようとしたら、鴇田が目の前に立ち塞がった。背の高いニキビ面の奴で、一応制服は着ているけど、だらしなくネクタイを緩めて着崩している。


(こんな着方するなら私服でくればいいのに)


 ぼんやりそんなことを思っていると、鴇田は嫌味な笑いを浮かべたまま、僕を見下ろした。


「方倉、お前んちの親、音楽家なんだってな。なんで普通科来たんだ?」

「………」


(お前に関係なくない?)


 中学の時は地元でよくいじられたけど、どこで聞きつけたのか高校に来てまでそんなことを言ってくる奴がいるとは……。こういう手合いは相手をすると面倒なことになる。無視して通り過ぎようとしたら、肩を掴まれた。


(やけに絡むなあ……うざい)


「ああ、才能ねえの悟った?そのくせ軽音部なんか入って未練がましいな。どうせ誘われたのだって親の七光りだろ」

「………」

「俺、第一軽音入ってるけど、お前んとこの第三、ちゃんと練習やってんの?本多先輩の雄叫びしか聞こえてこねえけど」


(まあ、それは否定しないけど……一応防音なのに外まで聞こえるんだ……)


 鴇田は僕が黙っているのをいい事に、何故か得意げに自分の話を始める。いかに周りの先輩に恵まれているか、どんな練習をしているか、学祭は必ず成功させるとかなんとか……どうでもいいことばかりだ。


「本多先輩は元々第一にいたんだけど、他の先輩達と合わなくて。腕はいいけど性格がなあ」


(腕は知らないけど否定はしない。むしろ激しく同意する。ていうかこの話いつまで続くんだろう)


「金田先輩まで引っ張り込んで、悪影響なんじゃねえ?こないだもさあ……」


 他人の悪口と噂話ほど退屈なものはない。鴇田の声を打ち消すように、僕の頭の中で音楽が流れ始める。


Why don’t you all f-fade away

みんな き、き、消えてくれないかな

(Talkin’ ‘bout my generation)

(俺の世代の話さ)

And don’t try to dig what we all s-s-say

俺らの い、い、言うことを真に受けないでくれよ

(Talkin’ ‘bout my generation)

(俺の世代の話さ)


「……ふぁ」

「おい、聞いてんのかよ」

「ごめん。聞いてなかった。話終わった?」


 思わず欠伸が出た。鴇田が顔色を変えて肩を掴む手に力がこもる。痛いなと思ってじっとニキビ面を見つめたら、なぜか怯んだ様子の鴇田がパッと手を離す。

 握り締めた拳。殴られるのかなあ、なんてやけに冷静に考えていると、様子を見ていたらしい北村先生が僕を呼んだ。


「方倉、ちょっと」

「はい」


 そのまま鴇田を置いて国語教諭の準備室までついて行くと、北村先生は少し困った顔で僕を見た。髪を七三分けにした眼鏡の真面目そうな先生は、気遣わし気に僕の顔を覗き込む。


「クラスで困ってることないか?」

「いえ、別に……」

「君は授業態度も真面目だけど……親御さんのことで色々言われることもあるだろう。先輩達とか同級生とか、何か困ったことがあったら先生に相談してくれよ?」

「はい。ありがとうございます」


(いい先生なんだろうな)


 そうは思うけど、何か心に響くかといえば、そうでもない。常識の範囲内で生きてきたであろう大人は、もっとアナーキーな世界を見てきた僕の理解を拒む。こう言っては難だけど、まだ本多先輩の言動の方が理解できる気はする。


(いや、あの人は誰にも理解不能か)


People try to put us d-down

やつらは俺達を こ、こ、こき下ろそうとする

(Talkin' 'bout my generation)

(俺の世代の話さ)

Just because we get around

俺らのやることなすことにけちつけて

(Talkin' 'bout my generation)

(俺の世代の話さ)



 国語準備室を後にして、部活に行くために音楽棟への道を歩いていたら、また鴇田が待ち構えていた。


(しつこいな)


「お前、むかつくんだよ」

「………だから?」

「お前みたいな陰キャがなんで皆に目掛けられるんだよ」

「………それで?」

「しかもあんな可愛い子とイチャイチャしやがって」

「それ関係ある?」


(こいつが先生に密告したのかな?)


 意味が分からない。ただの言いがかりだ。喧嘩を売るならもう少し頭を使った方がいいんじゃないだろうか。

 僕は白けた気分で鴇田を見ていた。僕は臆病かもしれないが、鴇田のような奴に凄まれても、怖くもなんともなかった。言い返さないのは面倒だからだ。

 最後の一言でキレたらしい鴇田が手を振り上げる。でも殴られたところでどっちに非があるかは明らかだろう。あわやという瞬間に、後ろから誰かが鴇田の腕を掴み、捻り上げる。

 見れば、いつものようにニヤニヤ笑う本多先輩。そして飛原先輩、古川先輩の後ろには金田先輩もいた。


「おやおや~?なんか面白そうなことしてるね。うちの可愛い方倉君に何してるのかな?」

「いでででで、ほ、本多先輩!?」

「いかにも俺は偉大なる本多蛍だが、そういうお前は誰」

「第一軽音部の鴇田 まもるです!本多先輩も古川先輩も一緒に部活やってたじゃないですか」

「そうだっけ」

「そう言えばいた気がする……」


(衛っていうんだ……)


 先輩達は鴇田を囲むように見下ろしながら、じりじりと追い詰めていく。青褪める彼が気の毒な気がしたけど、自業自得と言えばそれまでのこと。飛原先輩は爽やかに笑いながら眼鏡のフレームを押し上げて、本多先輩の肩に手を置いた。


「蛍は興味ない事すぐ忘れるからな」

「しょうがないだろ、俺の『記憶の迷宮』は入り組んでるんだよ」

「それを言うなら『記憶の宮殿』だろ。迷ってるじゃないか」

「こまけーこと気にすんな、金田。禿げるぞ」

「か、金田先輩も、この人達に毒されてるんじゃないですか?盆の時だって酷い恰好だったじゃないですか!」

「……ああ、君かぁ。そうかそうか。最後に回ったの君んちだったもんね。教えてくれてありがとう」


 元々低い金田先輩の美声が氷点下に下がるのを、憐れな鴇田は気付かなかったようだ。味方を得たとばかりに必死に縋るも、その手を払いのけられて絶望の表情を浮かべる。


「さあ、君は第一だったっけ?鴇田君とやら。親切な先輩達が送り届けてあげよう」

「そうだね。俺らと『お話』しながら行こうか」


 本多先輩と飛原先輩に両脇を抱えられ、鴇田は何か喚きながらずるずると引き摺られていった。古川先輩と金田先輩は何故か合掌して見送っている。


(大丈夫かな……鴇田)


 


「……ってことがあったんだけど」


 僕はフェンス越しに葵ちゃんに事の顛末を話していた。

 男子棟に入るとまた何か言われるかもしれないから、と連絡したら、境目にあるフェンスの所まで来てくれたのだ。


「そっか。その後大丈夫だった?」


 葵ちゃんはフェンスに凭れかかるようにして、少し心配そうに僕を見つめる。そんなに押し付けたら、おでこに網目模様がついちゃう……。


「うん。なんか謝られた。羨ましかったんだって。あの人本多先輩達のファンだったみたい」

「そうなんだ……変わってるね」

「……そうだね」


(しかもかなりマニアック……)


 一方的に崇拝してるらしい先輩方の周りにいる僕が妬ましかったと言った鴇田は、あちこちボロボロで、その割に妙に晴れ晴れとした表情だった。

 何があったのか聞きたくもなかったので、謝罪を受け入れたものの、ほんとに謎だ。このまま穏便に済めばいいけど、厄介ごとの予感もする。


I'm not trying to cause a big s-s-sensation

セ、セ、センセーションなんか起こす気はないんだ

(Talkin' 'bout my generation)

(俺の世代の話さ)

I'm just talkin' 'bout my g-g-g-generation

単に俺らのせ、せ、世代の話をしてるだけだよ

(Talkin' 'bout my generation)

(俺の世代の話さ)


「綾人君」

「何?」


 名前を呼ばれて、思考が戻る。ずっと「方倉君」と呼ばれていたから、まだ少し慣れない。

 フェンスに引っ掛けた指をきゅっと握られ、一瞬胸が詰まった。ドキドキして見下ろせば、葵ちゃんは優しく頬をほころばせ、僕を見上げる。


「中に入ると怒られちゃうから、また外で遊ぼうね」

「う、うん」

「うふふ、おでこに網目ついてる」

「あ……葵ちゃんもついてるよ?」

「え、うそ」


 硬くて冷たい金属越しなのがもどかしい。でもこれがあるから僕も平常心を保つことが出来たのかもしれない。

 僕らはフェンス越しに手を繋ぎ、しばらくお互いのおでこを見て笑い合っていた。


This is my generation

これが俺らの世代

This is my generation, baby

これが俺らの世代さ、ベイビー



◇◇◇◇◇



【後記】


色んな趣味嗜好の方がいますからね。


ところで方倉少年は微妙にズレてるので、日本人らしい「付き合う」という概念がほぼありません。ちなみに本多先輩にもありません。


【曲】


『My Generation』1965年

The Who

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る