♯ 釈迦釈迦荒魂 【前編】♯

(体育なんて嫌いだ)


 特に体育祭なんて吐き気がする。運動神経は悪くないと思うけど、団体競技はあまり得意じゃない。暑い中走り回っていったい何が楽しいんだろう。


 青く晴れ渡った空、白い雲。休み明けのテストも終了して迎えた体育祭。


 学年ごと、クラスごとに縦割りに組分けして、それぞれ競う。

 例えば一般科目やHRのクラスはA~Gで分けるから、科やコースが違っても同じクラスになり得る。あまり興味はないけど、チーム・学年優勝すれば理事長や学院長から特別賞も貰えるらしい。

 遠方から来ている生徒は無理だけど、通いの生徒達の保護者は見学に来るので、毎年かなりの人数が集まる。


 そういえば出場競技を決める時に「なんでもいいや」とぼーっとしていたら、いつの間にかリレーの選手に決まっていた。どうせ鴇田辺りの差し金だろう。しかもアンカーだ。


天上天下てんじょうてんげ唯我独尊ゆいがどくそん!!!」

「きゃーー!!本多せんぱーい!かっこいいーー!!」


 罰当たりなことを叫んで右手を空に突き上げる本多先輩に黄色い声援が飛ぶ……。


『赤チーム、盛り上がってますね。応援団長は古き良き応援団の衣装でしょうか』


 アナウンスの解説通り、目立ちたがりの本多ゴリラ先輩は、赤のAグループで応援団長などやっている。普段制服など着ないくせに、長袖の長ランに赤いタスキとハチマキ、白い手袋までして気合十分。

 この日ばかりは男女入り混じってグラウンドを使えるので、女子にちやほやされてご満悦だ。


(どうか応援歌を歌いませんように……)


 眺めているだけならまだましというか、古川先輩が団長をやってるFグループじゃなくて良かったと言うべきか。あっちの応援団は全員黄色のキノコの被り物でパーカッションを打ち鳴らし、別の意味で悲鳴、もしくは笑い声が上がっている。

 古川先輩は幾つかのドラムを組み合わせたマーチング用のマルチタムまで装着して一人マーチングバンドと化していた。


『黄色チーム、今年は受けを狙ってきてます。ビタミンカラーのキノコも目に鮮やかで元気が出ますね』


 僕は金田先輩と葵ちゃんと同じピンクのBグループ。みんなお揃いのピンクのTシャツとハチマキでエール合戦。グラウンドに団長の金田先輩の美声が朗々と響き渡る。


「時は満ちた、いざ決戦!今こそ我らの闘志を互いに奮い立たせるもの!」


 いたって平和だ。しかしさっきから金田先輩が一声発するごとに女子がうっとりした顔でバタバタ倒れていくのはどうしてだろう。


(熱中症かな?)


『ピンクチーム応援団長、相変わらず素晴らしいお声です。おっと、女子がドミノ倒しのように倒れて行きます。大丈夫でしょうか』


 女子たちが続々と運ばれていく救護テントの隣の放送ブースでは、青いハチマキTシャツ姿の飛原先輩が、放送部の人達と音響機材をいじっているのが見えた。さっきからアナウンスまでやっていたのは飛原先輩だったらしい。相変わらずの器用貧乏。


(ああ、早く終わって欲しい)


 まだ始まったばかりなのにもう疲労を感じた僕は、先頭に立つ金田先輩の後ろでこっそり溜息をついた。

 でも葵ちゃんが観ているからサボる訳にはいかない。




「……この競技名考えたの金田先輩でしょう」

「ああ、会議が難航してたから軽い冗談のつもりで言ったらすんなり通っちゃって」


(それ!そのパターン、ダメ!!)


 金田先輩は少しはにかんだ笑みを浮かべ、黒い網に掛かってもがく参加者代表たちを眺めていた。「八大地獄めぐり」と名付けられたそれは、いわゆる障害物競走、八つの障害物を潜り抜ける競技だ。


『網にかかった亡者たち!果たして誰が最初に抜け出せるのか』


 何故だか金田先輩の提案は通りやすいので、本当に気をつけて欲しい。身をもって知る僕としては心からそう思う。声に法力ほうりきでもあるんだろうか。

 生徒会の執行部でプログラムと毎年新しい競技案を幾つか出すのだが、凝った名前を考えるのが伝統らしい。


「金田ー!あれ考えたのお前だろー!」


 古川先輩が顔を小麦粉で真っ白にさせて走って来た。口から何かはみ出してるけど、あれはどうやらグミのようだ。障害物の一つ「等活地獄」、飴食い競争の飴の代わりに使ったようだけど、やけに長くてにょろにょろしてる。


「面白いだろ?」

「なんでグミが虫型なんだよ!俺、ムシ、嫌い!」

「ふーん。提案したのは僕だけど、用意したのは他の人だから知らないよ」

「副会長が知らない訳ないだろ!」


(とか言ってグミはしっかり食べてるし)


 確か等活地獄には屎泥処しでいしょというのがあって、そこでは無理矢理糞尿を食べさせられ、孵った虫が腹を食い破って出てくる、というのを本で読んだ。それこそ死んでも行きたくないが、まだ小麦粉とムシのグミなら可愛いもんじゃないだろうか。

 金田先輩は汗と粉でまだらになった古川先輩の顔から目を逸らして明後日の方角を見ていたが、その薄い唇は笑いを堪えるように震えていた。


(アフロの復讐??他の人まで巻き込んで……意外と根に持つタイプ?)


 その後は「蜘蛛の糸パン喰い競争」「たま入れ」「因果応報 (綱引き)」「賽の河原の石崩し(棒倒し)」と、センスを疑うネーミングの競技が続き、いったん昼休憩となった。

 ピンクチームは意外と善戦して、赤チームに続き暫定2位。あれだけ倒れていたのにその後復活した女子たちの異常なほどの追い上げのお陰だろうか。さすが金田先輩の言霊パワー、なんて思ってしまった僕もたいがい毒されている。


 お弁当は各自配られるので、僕は葵ちゃんと一緒に食べる約束をしていた。以前から2人で会っていた蓮池のほとりに腰を下ろす。

 蓮の花が終わって花びらが落ちた後、たくさんの実を包んだ蜂の巣のようなグリーンの花托かたくが風に揺れている。ここはいつ来ても静かで、気持ちがいい。

 お弁当を食べ終わって蓮の葉に乗った雫がころころ揺れるのを見ていたら、静かすぎて落ち着かない気分になって来た。話さなくても気づまりではないはずなのに、どうしてか葵ちゃんの体温が間近にあるとそわそわする。


(何か、話さないと)


「葵ちゃんは次何に出るの?」

「えーと、『奪衣婆だつえば三途の川渡り (借り物競争)』だって。すごい名前だねえ」

「金田先輩……」

「綾人君は?」

「『修羅しゅらちまた(騎馬戦)』の騎手と最後のクラス対抗リレーだよ」


(なんだよ、修羅の巷って)


 改めて金田先輩のネーミングセンスを呪いながら、本多先輩はきっと大喜びで参加しそうだななんて考えていたら、柔らかい指先にきゅっと手を握られて、一瞬思考が止まる。


「リレーの選手なんてすごい」

「うん……」

「なあに?元気ないね」

「気が重いよ。運動は嫌いじゃないけど、何かを競うのが好きじゃないというか」

「そっかぁ……」


 葵ちゃんは少し考えた後、何か思いついた表情で僕を見上げた。期待に満ちてキラキラ輝く大きな瞳に心が疼く。 


「じゃあ、競わなくてもいいから、私を助けに来て」

「どういうこと?」

「私が悪者に捕まったと思って。綾人君は敵の攻撃を躱してそれを助けにくるのよ」

「ふふ、ゲームみたいで面白いね」

 

 可愛らしい提案に思わず笑ってしまった。自分にはそんな欲などないと思っていたのに、葵ちゃんの言葉は僕の英雄的ヒロイックな幻想を掻き立てるのに十分な効果があった。

 

(単純と言われてもいい。ここは死ぬ気で頑張るしかない)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る