♯ 夏休みだよ!五行戦隊ウーシンジャー!【前編】♯

 赤いスカーフの少年が宙を舞う。華麗なドロップキックを受け止めた本多先輩が、そのまま足を掴んで振り回す。

 古川先輩は本堂の床に倒れ、飛原先輩は黙々と縫い物をし、金田先輩は御本尊の前で膝を抱えている。僕はただ呆然と立ち尽くし、2人の戦闘を見ていた。


「やるな!ゴアーク・カン!とぉおお!」

「ははははは、脇があまい、ウーシンレッド!くらえ、水克火すいこくか!!」


 一体何をやっているのかと言うと、「合宿」だ。

 夏休みに入る前、例によって本多先輩が思いつきで「合宿やろうぜ!金田んちの寺で!」と言い出した。

 そんなの無理だろうと思っていたら、金田先輩のおうちの方が仏のように広い心で許可してくださった。一応、顧問の井原先生にもお伺いを立てたが (飛原先輩が)、「いいんじゃないか」と豪快に笑って、あれよあれよという間に話が進んでしまった。


(合宿……とは?)




 当日、朝から寺に集まって先輩のお父さんであるご住職に挨拶した。僕達はお盆の繁忙を避けて一週間お世話になることになっていた。他の部も掛け持ちの先生は後で合流するらしい。

 金全寺は参拝客も受け入れているので広い宿坊しゅくぼうがあり、そこで寝泊まりをさせてもらう。いったん荷物を置いて貸し出された紺の作務衣に着替え本尊のある本堂に出向いたら、そこで一人の少年と出くわした。


 赤いスカーフを首に巻いて半ズボンを穿いた眼鏡の小学生男子が、姿が映るほどピカピカに磨かれた床の上に仁王立ちしてこちらに指を突き付けている。


「おい、お前たち!何者だ!名を名乗れ!」

「お前こそ何者だ!人に物を尋ねる時は自分から名乗るものだ!」


 唐突な声に即座に反応した本多先輩が、偉そうにふんぞり返る。僕は何が起きたのか分からずにただぼんやりしていた。


「俺はウーシンレッド・トヨクモだ!お前らさてはゴアークの手先だな!」

「うはははは、バレてしまっては仕方ない。貴様にはここで灰になってもらう!」


(いったい何が始まったんだ……)


 本多先輩があまりにも自然に少年と渡り合っているので、理解できない自分の方がおかしい気がしてきた。もしかしてこれは修行の一環なんだろうか……。


「こら、翔真しょうま、兄ちゃんの学校のお友達にちゃんとご挨拶しなさい」


 後ろからやってきた金田先輩の言葉にやっと理解が追い付く。この子は先輩の弟だ。眼鏡を掛けているが、確かに利かん気の強そうなやんちゃな顔をしている。先輩と面差しの似た彼は唇を尖らせて、そっぽを向いた。


「なーんだ、当真の友達か。そこの赤毛、極悪そうな顔してるから敵かと思ったぜ」

「失礼なガキだな。ほんとに金田の弟か?」

「ごめん、ちょっと元気なだけなんだ」


(ちょっと……とは?)


 終始にこにこしている金田先輩とは対照的に、翔真君は不機嫌そうな顔をしている。それでもこちらが気になるのか、ちらちらと視線をよこして体はうずうずと落ち着きなく動くのが可愛い。


「今、日曜の朝にやってる『五行ごぎょう戦隊ウーシンジャー』にハマっててね。誰かと遊びたくて仕方ないんだよ」

「おお。俺も見てるぞ」

「俺も。あれ面白いよな」


 頷く本多先輩と古川先輩に、翔真君がピクリと反応する。


(見てるんだ……)


 金田先輩の解説によると、「五行戦隊ウーシンジャー」は、安倍晴明あべのせいめいの末裔・安倍晴護あべのせいごに集められた陰陽五行おんみょうごぎょうの5人の戦士、レッド・トヨクモ(火)、イエロー・アヤカ(土)、グリーン・ウイジ(木)、ブラック・クニサチ(水)、ホワイト・オトノベ(金)で構成され、天候を操る怪人・五悪ゴアークの手先、「風」「寒」「暑」「湿」「燥」と戦う、という話だった。最終的には全てを灰燼かいじんすゴアークは人類の敵なのだそうだ。


(最近のヒーロー番組はマニアックだなあ……)


「じゃあ、俺がウーシンレッドやるから、お前ゴアークの手先な」

「あ゛?俺がレッドに決まってんだろ」


(あ、あ、子供相手に大人げない)


 いきり立つ本多先輩はかなりの威圧感なのに、翔真君は負けてない。睨み合ってバチバチと火花を散らす2人の間に金田先輩が割って入る。


「翔真、本多、まだ時間あるから遊ぶのはいいけど、役はじゃんけんで決めたらどうだ?」

「おお、いいぜ、3回勝負な」

「負けねえぞ」


 なぜか僕達も交えて行われたじゃんけんは見事に翔真君が勝利し、最後まで負けた本多先輩はゴアークの手先になった。と言っても、その番組を知らない僕と飛原先輩はほぼ見学だ。

 一番先にやられた古川先輩は、「床冷たくて気持ちい~」と言いながらそのまま寝てしまった。早々に飽きたらしい飛原先輩は、持ってきたライブ用の僧衣いしょうを着やすいように改造し始めた。


「くそ、負けるか!必殺・五行相克ごぎょうそうこく!」

「ぐぉぉぉぉおおおお」


 本多先輩と翔真君はまだ戦っている。囚われた設定の金田先輩は膝を抱え、幸せそうな顔で2人の様子を見守っていた。


(カオス……)


 それにしても本多先輩は元気だ。気温は30℃を超えていると思われるのに、小学生の激しい動きについていってる。いや、逆に翔真君の方がへばりそうだ。

 どうやら決着のついたらしい2人は、本堂の床に寝転がってハアハアと荒い息を吐いている。金田先輩は心配そうに翔真君に近づいて、その額に手を当てた。

 先輩によく似たサラサラの髪が汗で貼り付いていたが、かき上げて現れた額には薄っすらと赤い傷跡が真横に走っていた。古い傷みたいだけど、体温が上がって浮かんできたようだ。


「翔真、額が熱い。水を飲んできなさい」

「うるせえな、暴れたからちょっと暑くなっただけだよ!」


 翔真君は先輩の手を払いのけて、膨れっ面のまま外へ走り出て行ってしまった。

 その小さな背中を見送った金田先輩が、僕達の方へ顔を向けた。少し寂しそうな笑みを浮かべ、肩を落としている。


「ごめん、まだ反抗期なんだ。あれでもずいぶん落ち着いたんだけど……」

「気にしないでください。本多先輩に比べたら可愛いもんですよ」

「お前最近可愛くねえなあ」

「うわっ」


 本多先輩が首に腕を回してきて、本堂の床に引き倒される。冷たい木の床は確かに気持ちがいい。寺の周囲の木々からはセミの声が聞こえる。高い天井に描かれた龍の絵に見下ろされ、吹いてくる風に身を任せていたら眠くなってきた。

 結局、御勤めがあるからと一旦出て行った金田先輩と、後から合流した井原先生が呼びに来るまで僕達は熟睡してしまっていた。

 

 それから僕達は合宿中の注意事項を聞いたり、寺の敷地内を案内されて過ごした。翔真君が家に戻っていないと知らされたのは、もう陽も暮れかけた夕方のことだった―――。

 

【後編へ続く…】



◇◇◇◇◇


【後記】


五行戦隊(捏造)書いてたら長くなったので前後編に分けます。

そろそろ本格的に怒られそうな気がしてきました。


【註】

陰陽五行説・・・古代中国の世界観の一つ。陰陽説と五行説とは、発生を異にする別の思想であったが、戦国末以後、融合して陰陽五行説となり、特に漢代の思想界に大きな影響を及ぼした。


水克火・・・「水」は「火」の勢いを止め、場合によっては消すことができる。


五行相克・・・ある五行が強まったり、弱まったりしないように「五行相克」や「五行相生」が繰り返され、平衡の関係にしようとする。このような関係を「勝復しょうふく」という。

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