♯ 夏休みだよ!五行戦隊ウーシンジャー!【後編】♯

「翔真が戻ってない!?」


 金田先輩が青褪めている。いつもの冷静さや穏やかさは見る影もない。

 優しそうな先輩のお母さんは両手を胸の前で揉み絞り、今にも倒れそうになっていた。


「お父さんが探してくれてるけど…あの子、事故以来視力が弱ってるのよ?また何かあったら……」

「大丈夫だよ、お母さん。僕も心当たり探してくる……大島さんには聞いてみた?」

「あちらからご連絡があったわ。あの子またお邪魔したみたいで……萌絵もえちゃんには会わせて貰えなかったみたい。そこからどこに行ったのか分からないわ」

「分かった。連絡が入るかもしれないし、翔真が戻って来るかもしれないから、お母さんは家で待ってて」


 金田先輩は涙を流すお母さんの肩に優しく手を置いて顔を覗き込む。彼女は頷いて、縋るように先輩を見上げた。


「お願いね、当真」




 夏の宵はまだまだ明るいけれど、足元は暗く人の顔も定かではない時間になりつつある。

 僕達も協力して探すことにして、二手に分かれた。井原先生と本多先輩と飛原先輩、金田先輩と古川先輩と僕は、しらみつぶしに翔真君の行きそうな所を探し回った。

 近所のコンビニ、転校するまで彼が通っていた小学校、その裏山、よく遊んでいた空き地。

 大島萌絵おおしまもえちゃんという幼馴染の女の子は、度胸試しで川に飛び込んだ時一緒にいた子で、事故の時以来会わせて貰えないそうだ。それはそうか。2人とも一歩間違えれば命の危険もあった。親御さんとしては心配だろう。


 幸い、翔真君はすぐ見つかった。昔飛び込んだという川の橋の近くで、数人の男の子に囲まれていた。僕達が近づくと、彼らの会話が聞こえてきた。


「……お前よく戻って来れたな」

「………」

「お前のせいで俺達まで萌絵に会えなくなったんだぞ」

「………」

「いつ行っても習い事かなんかで家にいないしよ。あいつ面白かったのに」

「………」

「なんとか言えよ、翔真」


 翔真君なら何か言い返すと思いきや、彼は俯き唇を噛み締めて黙っている。元同級生らしき少年達は、彼の細い肩を小突き始めた。


(ああ、あれはまずい)


「翔真、帰ろう。お母さんが心配してる」


 金田先輩が前に進み出ると、翔真君は弾かれたように顔を上げた。泣いてはいなかったけれど、眼鏡の奥の気の強そうな瞳は少し潤んでいる。少年達はバツが悪そうにもごもご言いながら、散り散りになって逃げて行った。

 先輩が家に電話を掛けながら肩を抱くと、彼は一瞬体を強張らせたが黙って従った。



 寺に戻ると、カンカンになったご住職が翔真君を本堂の床に正座させて説教したが、彼は「ごめんなさい」と言ったきり、そこから一言も口を利かなかった。


 僕達は宿坊に戻り、先生は奥さんの待つ家に帰った。遅めの夕飯をいただいて、寝る準備をする。朝から暴れたし、ずっと走り回ってクタクタだった。


(結局部活何もしてない……)


 合宿中は金田先輩もここで寝泊まりするらしく、母屋の方には戻らないまま、飛原先輩と一緒に黙々と布団を敷いている。いつもは笑みを浮かべたような形の薄い唇も固く結ばれたまま。


(心配だったんだろうな)


 僕もシーツを伸ばすのを手伝いながら様子を伺っていると、視線に気づいた金田先輩が力なく微笑んでみせた。


「ごめんね。家のことに巻き込んじゃって」

「……いえ、無事で良かったです」


 一番暴れ回っていた本多先輩は、お風呂と夕飯をいただいた後すぐに畳の上に寝転がって既に爆睡している。昼間も寝てたのに、古川先輩もうつらうつら舟を漕いでいる。彼らの図太さに呆れたけど、少し羨ましい気もした。


(小学生と同じレベル……本能のままに生きてるなあ)


「おい、蛍、古川、布団で寝ろ」

「んあ?」

「ほら、蛍、起きろ。お前デカいんだから運べないぞ」

「んんん……」


 飛原先輩に蹴飛ばされた古川先輩はモソモソと布団に潜り込んだが、本多先輩は寝惚けた声を上げて、そのまま寝転がっている。どうやら寝起きが悪いようだ。飛原先輩は諦めて放っておくことにしたらしい。


(夏だから風邪ひかないと思うけどね)


 本物の小学生はどうしてるかな、と考えていると、部屋の襖が静かにほとほとと叩かれる音がして、開いた隙間から枕を抱えた翔真君がそっと顔を覗かせた。


「……兄ちゃん、一緒に寝てもいい?」

「いいよ、おいで」


 金田先輩の唇に本物の笑みが戻る。翔真君はほっとした表情で、隙間から猫のように部屋の中に入ってきた。

 昼間は「当真」と呼び捨てにしていたけど、本当は「兄ちゃん」と呼んでいるんだなと思ったら微笑ましくなる。僕には兄弟はいないけど、金田先輩のような優しい兄がいたら、それこそ甘えまくるに違いない。


 金田先輩は昼間のことには一切触れずに、自分の隣に布団をもう一組敷いて翔真君をそこに寝かせた。眼鏡を外してやって夏用の薄い上掛けを体の上に掛けてやる。翔真君は安心したように体を丸め、目を閉じてすぐに寝息を立て始めた。


「おやすみ、翔真……僕達も寝ようか。明日も早いし」

「はい、おやすみなさい」


 電気が消えて、暗闇の中に外の常夜灯のぼんやりした光が入り込む。僕はなんだか眼が冴えてしまってしばらく天井の木目を数えていたが、疲れもあってそのうちいつの間にか眠ってしまった。



「ごーごーごぎょー♪かーすいもくきん♪どーどーどー♪」


 誰かが小さな声で歌っている。目を擦りながら見渡すと、縁側に続く障子の向こうに小さな人影が見える。


(誰……?)


 まだ声変わりしていない高い声。僕は静かに起き上がって、縁側の方へ歩いて行った。開けた縁側の縁に腰を下ろして足をぶらぶらさせながら歌っていたのは。


「……翔真君」

「なんだコーハイか。びっくりさせんなよ」


 僕が声を掛けるとビクッとした翔真君が歌を止めて振り向いた。その生意気さが戻った口調に笑いが漏れる。


(少しは元気になったのかな)


「僕の名前はコーハイじゃないよ。綾人。方倉綾人って言うんだ」

「……綾人、早く寝ろよ。また明日も戦うぞ」

「そうだね。翔真君も早く寝ようよ」

「俺はいいんだよ」

「よく寝ないと背伸びないよ?」

「お前もな」


(ああ言えばこう言う)


 本多先輩なら「口の減らないガキだ」とキレそうなところだけど、僕は苦笑して彼の隣に座った。


「さっき歌ってた歌なに?」

「五行戦隊ウーシンジャーの歌」

「ふーん」

「教えてやるからお前も勉強しろ」

「……ありがとう」


 半ば一方的に歌詞を覚えさせられ、彼の歌うメロディを追って小さな声で一緒に歌う。


「ごーぎょーおーのせんしー♪ごーごーうーしんじゃー♪」


 最後の方はアレンジを加えてハモってあげると、翔真君は感心したように目を見開いた。


「綾人、お前すげーな。俺の子分にしてやる」

「……ありがとう?」

「なんだよ、変な顔して。子ザルは喜んでた、ぞ……」

「子ザル?」

「……萌絵。俺の子分」


 口に出したことを後悔するように言い淀んで、外の灯りに目を向ける。寂しそうな、悲しそうな。その黒い瞳は常夜灯の光を反射してゆらゆらと揺れる。


(金田先輩が言ってたのはこれかなあ)


「仲良かったんだね」

「……まあな。一番の友達だった……今は会えないけど」

「そうなんだ」

「…………会いたいな」


 ポソリと漏れた震える声に、慰める言葉を探した。でも気の利いたことなんて思いつかなかった僕はただ黙って彼の隣に座っていた。

 昼間は暑かったけど、今は頬を撫でる夜風が心地良い。どこからか蛙の合唱が聞こえる。少し外れに在るだけでここも結構 町中まちなかなのに、どこから聞こえるのだろう。

 しばらく耳を澄ませていたら、隣にいた翔真君がもたれかかってきた。見ればすやすやと寝息を立てている。


(やっぱり眠かったんじゃないか)


 目尻に光るものをそっと拭ってやっていたら、部屋の中から金田先輩が出てきて、「ありがとう」と声に出さずに呟いて、翔真君を抱き上げて連れて行った。


(秘密の蔵か……)


 ほんの少しだけど、翔真君の蔵の中身を教えてもらったような気がした。



 翌日、元気いっぱいで母屋の方へ戻って行った翔真君は、昨日の罰として本堂の床の拭き掃除往復10回命じられていたけど、本多先輩達と勝負して優勝していた。狭い隙間も入り込める小柄さの勝利。


 驚くべきことに合宿が終わる頃には翔真君と本多先輩はすっかりマブダチになり、肩車をして巨大ロボごっこまでするようになっていた。

 調子に乗った本多先輩が「五行戦隊ウーシンジャー」の歌を大声で歌い始めると怒り狂っていたけどね……



◇◇◇◇◇



【後記】


実は萌絵ちゃん地元のアイドル。(*´艸`*)カワイイ

「香水~香りの物語~」【ロータス編】に登場。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649642278134/episodes/16817330649841863283


【曲】(捏造)


『整え俺たちウーシンジャー』作詞・作曲/鳥尾巻

GoGo五行♪火水木金土DoDo♪

戦え俺たちウーシンジャー♪

五悪のゴアークぶっとばせ♪(五行相乗)

五行相克♪五行相生♪(勝復勝復)

体と心を整え護れ♪(地球を護れ)

五行の戦士♪GoGoウーシンジャー♪

Yeaaaaaah!!(←シャウト)


【註】

五行相乗・・・「五行相克」の度が過ぎた状態

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